第2話 騎士と白菜のミルフィーユ鍋
朝の光が差し込む。
昨日の焚き火跡を見つめながら、私は伸びをした。
「ふぁ〜……朝から鍋食べたい気分」
異世界の朝は、空気がすっきりしてる。
鼻の奥がくすぐったくなるほど澄んでいて、なんか――ご飯が美味しくなりそうな気配しかしない。
隣で、レオンが剣を磨いていた。
朝日を受けた銀髪がきらっと光る。あれ、ちょっとズルいな。
寝起きなのにかっこいいとか、チートかよ。
「おはようございます、騎士様」
「おはよう、鍋奉行殿」
「……やめてください、その呼び方」
「はは、冗談だ。昨日の鍋、本当に美味かった。おかげで体の調子もいい」
彼はそう言って、軽く肩を回す。
たしかに、昨日の《ロックウルフ香草煮》には、体力回復と防御上昇の効果があった。
“美味しい+バフ付き”って、地味にチートなのでは?
「今日はどこへ行くんですか?」
「東の森を抜けて、アベル村へ向かう。そこに野営できる泉があるらしい」
「泉! 水のあるところなら、ちゃんとした鍋ができますね!」
「……君、食べ物の話になると急に目が輝くな」
自覚あります。
だって、異世界の食材、見てるだけでワクワクするんだもん。
昼前には、森に着いた。
小鳥の声と、風に揺れる葉の音。
その奥に、まるで鏡みたいな泉が広がっていた。
「きれい……!」
水面が光を反射して、まるで鍋のスープみたいにキラキラしてる。
……うん、比喩がもう鍋目線だ。
「ここなら安全だ。今日はここで休もう」
「了解です。じゃあ、私がご飯の準備を――」
と、辺りを見回した瞬間。
葉の陰に、ふわふわの白い葉っぱみたいな植物を見つけた。
「おっ、この葉……見た目、白菜っぽい!」
「バ、ハクサイ?」
「鍋界の王様です。キャベツ界の貴族。層が命の野菜!」
私は両手で抱えるようにそれを摘み取り、鑑定スキルを発動した。
鑑定結果:
食材名:ミルフル草
層構造Lv40/甘味Lv35/保水Lv45/魔力導伝Lv20
→ 煮込むと旨味を吸収し、層ごとに風味が変化。冷気属性の魔力を含むため、火加減注意。
「完璧……! これ、ミルフィーユ鍋に使える!」
そして、レオンの荷物から乾燥肉を拝借する。
「ねえレオンさん、この肉って使っていいですか?」
「構わないが……それ、硬くて普通は煮込み用だぞ?」
「問題なし! 鍋奉行のスキルにお任せあれ!」
私は鍋をセットして、ミルフル草の葉を一枚ずつ丁寧に広げた。
その上に薄く切ったロックウルフ肉。
葉、肉、葉、肉……。
層を重ねていくうちに、まるで料理番組みたいに集中モードになっていく。
「ふふ、見てください。層が綺麗に重なってるでしょ?」
「……見事だな。まるで剣の鍔を重ねたようだ」
「比喩が騎士っぽい!」
私は笑いながら、鍋にスープを注いだ。
昨日作ったスープを少し取っておいたんだ。
鍋の命は“ダシの継承”――これ、常識です。
ぐつぐつ……と音が立ち始める。
透明だったスープが、だんだんと黄金色に変わっていく。
ミルフル草が柔らかくなり、湯気と一緒に甘い香りが立ちのぼる。
ふわりと鼻をくすぐる香りに、思わずお腹が鳴った。
レオンも思わず唾を飲み込んでいる。
「いい匂いだ……。こんな香り、初めてだ」
「でしょ? もう少し待ってくださいね。今、旨味が鍋の底で“会議中”です」
「……旨味会議?」
「はい、肉と野菜が“どっちが主役か”話し合ってるんですよ。結果、どっちも美味しくなる」
彼が苦笑する。
でも、私は本気でそう思ってる。
鍋って、争わない料理なんだ。
火を止めて、味見タイム。
しゃもじで少しすくい、口に運ぶ。
「……っ!」
とろけた。
ミルフル草の層が、スープを吸って、舌の上でふわっとほどける。
ロックウルフ肉は下処理のおかげで柔らかく、旨味がじゅわっと溶け出す。
スープはほんのり甘くて、香草の爽やかさがあとを引く。
これはもう、異世界の味のハーモニー。
「……最高傑作、爆誕」
思わず口元がゆるむ。
でも、隣でレオンが真剣に見ていて、ちょっと恥ずかしくなった。
「試してみます?」
「ぜひ」
私は彼の器に、たっぷりとすくって入れてやった。
レオンが一口、スープを口に含む。
その瞬間、彼の肩が小さく震えた。
「……あたたかい。……それに、優しい味だ」
「でしょ? このミルフル草、層ごとに旨味が違うんです。だから――」
私はスプーンで一層を持ち上げて見せる。
スープをたっぷり吸った葉が、光に透けて黄金色に輝いた。
「上の層は野菜の甘味。下の層に行くほど、肉のコクが濃くなっていくんですよ」
「なるほど……。層を重ねるというのは、味の旅だな」
「詩人みたいなこと言いますね、レオンさん」
「いや、君の料理がそう思わせるんだ」
真顔で言われて、スプーンを落としそうになる。
やめてほしい、そういうの不意打ちで刺さる。
「ほら、鍋が冷めちゃいますよ!」
「ふふ、そうだな」
食後、私はスキルの結果を確認する。
調理結果:ミルフル鍋(極)
・体力回復+30%
・冷気耐性付与(6時間)
・信頼度上昇:中
・副効果《心温度共有・深》:共に食した者との絆を強化する。
……あ、これ恋愛フラグ立ってません?
“絆を強化する”って、完全にフラグじゃん。
「スキルの発動、確認しました」
「何か起きるのか?」
「えっと……たぶん、仲良くなりました」
「ふっ……それは悪くない結果だな」
レオンが少しだけ笑う。
さっきまできりっとした顔だったのに、今は少し柔らかい。
……ずるい。
鍋の残りスープを小さな器に移しながら、私はぽつりとつぶやいた。
「ねえレオンさん」
「なんだ?」
「私、役立たずって言われて追い出されたけど……こうやって料理してると、ちょっと救われる気がするんです」
「君の鍋は、俺の心を救った。だから、そのスキルは本物だ」
泉の水面が、焚き火の光で揺れる。
その明かりの中で、レオンの瞳がまっすぐ私を見つめていた。
……やばい、心温度上昇中。
「……ありがとうございます。じゃあ明日は、もっと美味しい鍋を作りますね!」
「ああ、期待している」
そう言って、彼は微笑んだ。
夜風が通り抜け、焚き火の炎がぱちんと音を立てる。
私の中で、確かに何かが温まっていた。




