第1話 鍋奉行、異世界に立つ!
――世界が、ぐるんと回った。
まぶしい光に飲み込まれて、目を開けたら、そこは知らない場所だった。
石造りの壁、天井は高くて、ステンドグラスみたいな窓から光が差し込む。
なんか、空気がピシッとしてる。……っていうか、ここどこ?
「異界より来たる聖女よ! どうか、この世界をお救いください!」
金髪の美人――たぶん姫?――が叫んだ。
後ろには、ローブを着た魔法使いっぽいおじさん、鎧姿の兵士たち。
うん、完全にファンタジー世界です。現実逃避したくなるほどテンプレ。
「え、えっと……え、私? 助ける? 世界を……?」
「では、スキル鑑定を開始します!」
魔法陣が私の足元に広がり、光の文字がぐるぐる回り出す。
ゲームの初期ステータス画面みたいに、数字が浮かび上がって――。
「スキル名……『鍋奉行』……?」
静寂。
広間がしん……と凍った。
え、え? 今、なんて?
聖炎の加護とか、癒やしの奇跡とか、そういうのじゃなくて?
鍋奉行って、あの……鍋パで仕切るアレじゃない?
「な、鍋……とは、料理か?」
「聖女にして料理人、ですか……?」
ざわざわと人々がざわめく。
姫の表情が、まるで“微妙なプレゼントを貰った人”のそれ。
「……とりあえず、下界で民の暮らしを学びなさい」
はい、やんわり追放決定。
異世界デビュー初日に職場クビとか聞いてない。
王都の城門を出ると、そこは市場の通りだった。
道沿いに並ぶ露店からは、肉を焼く匂いや、香草の香りが漂ってくる。
鼻が勝手に動くレベルでおいしそう。
「……いい匂い……。でも、腹減った……」
財布代わりのポーチを開けたら、銀貨が二枚。少なっ。
でもまあ、生きるには食べなきゃ。
なんかこう……鍋、作りたい。無性に。
目の前の露店で、見慣れない食材を見つけた。
灰色っぽい肉、紫の葉っぱ、赤く光る実。
ちょっと怪しいけど、試してみる価値はありそう。
「スキル起動――《鍋奉行:食材鑑定》!」
私の目の前に、金色のウィンドウがぽんっと開いた。
まじでRPGだこれ!
食材名:ロックウルフの乾燥肉
硬度Lv32/旨味Lv30/食感Lv10/ポテンシャルLv50
→ 下処理後、煮込みに最適。時間をかけるほどコクが深まる。
ルーメ草の葉
香りLv40/苦味Lv15/癒やし効果Lv25
→ 香り付け・疲労回復効果あり。入れすぎ注意。
ドラゴンベリー
甘味Lv60/魔力増幅Lv20/爆発リスクLv3
→ 煮ると魔力が安定化。疲労回復に効果的。
「……うわ、地味にすごい! 完全に『食材スカウター』じゃん!」
ちょっとテンションが上がる。
つまりこのスキル、素材の味と性能がわかるってこと?
しかも、鍋と相性抜群じゃん。名前に偽りなし!
というわけで、私は拾った古い鍋を焚き火にかける。
手に入れた素材をざくざく切って、水と一緒に放り込む。
じゅわっ――
鍋底で油がはじけ、乾燥肉が音を立てて弾ける。
すぐに、香ばしい匂いがふわっと鼻をくすぐった。
肉の脂が溶けて、ルーメ草の清涼な香りと混ざる。
ちょっと嗅いだだけで、胃袋がキュゥゥと鳴った。
「よし、スキル再起動。《鍋奉行:調理解析》!」
《調理完了:ロックウルフの香草煮》
・食した者の防御力+10%(3時間)
・疲労回復:小
・心温度上昇(士気上昇効果)
「心温度上昇……? なんか、ほっこり系ステータスだな」
私はおたまでぐるぐるかき混ぜる。
鍋の表面には、肉から滲み出た脂の膜がきらめいて、
そこに香草の緑が浮かんで――見た目にも最高。
スープをひと口すくうと、舌の上で旨味が広がった。
乾燥肉とは思えないほどジューシー。
最初にくるのは塩気じゃなくて、じわっと染み出る肉の甘み。
それをルーメ草の香りが軽やかに引き締める。
うわ、これ、完全にプロの味。
ていうか私、異世界来て早々、飯テロスキル覚醒してない?
「……おい、いい匂いがするな」
突然、背後から低い声。
振り返ると――銀髪の青年が立っていた。
鎧の肩には傷があり、真剣な目つき。たぶん騎士。
でも、その表情に似合わず、腹のあたりから“ぐぅうう……”と音が鳴った。
……可愛い。
「あ、すみません! 勝手に火使ってて――」
「いや、構わん。……ただ、腹が減ってな。匂いに釣られた」
「わかります、それ。鍋の匂いって罪ですよね」
「……?」
「あ、こっちの世界では言わないんだ。“飯テロ”ってやつです」
きょとんとする彼の前に、私はおたまを差し出した。
「よかったら、どうぞ。初作品ですけど」
「……いいのか? 見ず知らずの俺に」
「見ず知らずでも、腹は減ります。ほら、冷める前に!」
レオン(後で名乗られる)が鍋を見つめ、
そっとスプーンをすくって口に運んだ。
――その瞬間。
彼の瞳がわずかに見開かれた。
そして、ゆっくり息を吐く。
「……うまい。体の奥から力が湧いてくるようだ」
「でしょ!? ちょっと香草多めにしてみたんですけど、それが正解だったかも」
レオンの頬に赤みが差す。
鍋からは湯気がふわりと立ちのぼり、
その向こうで、彼の横顔がやわらかくほぐれていく。
《鍋奉行スキル:心温度共有》発動
共に食卓を囲む者の心をつなぎ、互いの信頼を上昇させる。
……あ。
胸のあたりが、じんわりとあたたかい。
この感覚、まるでこたつに入ってミカン食べてるみたい。
“心温度上昇”って、こういうこと?
「聖女殿……いや、君の料理は不思議だな。
ただの食事じゃなく、心が落ち着く」
「鍋ってそういうもんですよ。誰かと囲めば、どんな日でもあったかくなるんです」
「……まるで、哲学者みたいなことを言うな」
「元・高校生女子の知恵です」
私が笑うと、レオンもつられて笑った。
その笑顔を見た瞬間、
なんだか、この異世界も悪くないかもって思えた。
気づけば、通りの奥から人々がぞろぞろと集まってきて、
「なにこの匂い!」「聖女様が鍋作ってるの!?」とざわめき出した。
私は慌てて鍋を大きくかき混ぜる。
「……追加で作りますね!」
「ふむ、では俺も手伝おう」
「お、頼もしい! じゃあレオンさん、肉を切ってください」
「任せろ」
レオンが手際よく肉を刻む音。
私が野菜を放り込み、スープがぐつぐつと踊る音。
そのすべてが混ざって、まるで音楽みたいだった。
肉の香りと、香草の青い匂い。
鍋の表面に、細かい泡がぷつぷつと弾けて――
食欲をくすぐる香りが、夜の空に広がっていく。
その瞬間、私は確信した。
――このスキル、“役立たず”なんかじゃない。
鍋は人をあたためる。
きっと、この世界だって、あたためられるはずだ。
「結月って言います。鍋奉行、見習いです!」
「レオンだ。王国騎士団の一員だが……悪くない出会いだな」
「でしょう? 胃袋から世界平和、狙ってますから」
「胃袋……? まあいい。君の鍋、また食べたい」
ふたりで笑いながら、夜風の中、湯気に包まれる。
香り、温度、そしてこの小さな縁。
――これが、私の異世界での最初の“鍋パーティー”だった。
ぐつぐつ。
夜の市場に、小さな鍋の音が響く。
その香りに誘われた人々の笑顔が、ぽつぽつと灯る。
鍋の湯気の向こうで、レオンが少し照れたように笑うのが見えた。
うん。
悪くない、異世界ライフの始まり。
――聖女スキル「鍋奉行」、今日も元気に発動中!




