存在の耐えられない軽さ
分岐です。
何とか真智子の魔の手に陥る事は逃れた……ぜひゅー。
が……武者小路バカ天才の魔の手には自らかかりに行かねばならない。
行きたくねェなぁ。ぜひゅー。
気が進まなきゃ、扉も重い。
「…………よいしょっと……」
教室の扉を開けた時……異様な光景が。
教壇に立つバカ天才はまあいいとして……。
その最前列でにやにや挑発的な笑みを浮かべ、座ってるのは……吸血鬼の彼女だった。
呆れ返る武者小路先生はくいっ、と眼鏡を指先で上げ、冷たい声で言い放つ。
「常識を疑いますね」
呼び出したてめぇに言われたかねェ。
彼女の隣の席に座り、小声で囁く。
「本気で受ける気だったのか……?」
「……さあね」
彼女はあっさりと受け流す。
「いいから……教科書見せてよ………………」
「勉強する気ですか? どんな物好きだよ?!」
「歴史の三百二十五ページから」
「何事もなかった様に始めるなよ。お前も!」
生き血、吸われてまえ。お前なんか。
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午後は用事がある、と武者小路は言った。
珍しい。あの義務感のオニが。
想像はつくけどね。
彼女と顔を合わせているのがいやだったのかもしれない。
彼女はヤツの失敗の象徴だからな。
そう気付いた瞬間に決意していた。
出来うる限り!! 補習は彼女と来ようっ。
「何、その握り拳?」
「秘かで深遠なる決意。明日も一緒にがっこうこようねぇ」
「やだ。気持ち悪い猫なで声。さむいわよ」
「上着着てないからだよ」
「そう言う寒さじゃないの。その言葉がさらに寒いっての」
冬だからねぇ……。
学校の中を散策する。
物珍しいのか何なのか、それとも……懐かしいのか。
「こんな雰囲気は久しぶり…………」
「久しぶりって……学校行ってないのか?」
「…………………………」
「……そうか。それは詮索か……。でも、聞いておきたい事もあるぞ」
「何?」
「前はどうしてたのか、と言う事。ここに呼び出されるすぐ前」
「特に何もしていない。これで納得していただける?」
「無理」
「ふふ」
「一言で否定しないで………………」
彼女は軽やかに微笑むと、花壇を覗いて回る。
今、この時期花は咲いていない。枯れ草がくたりと一面に残っている。
が、その俺から見たら寒々しいとしか言えない眺めに、彼女はうっとりと見とれていた。
「花咲いてないからつまらないだろ?」
「そんなことはないの」
「この枯れ草が……花に生まれ変わるんだから……これも花なの」
「回っている命だから……見ていて飽きない」
そんなものなのだろうか?
まぁ、それで彼女が楽しんでいるのなら、それでもいい。
俺は彼女のそばによって、枯れ草をつまみ上げる。
しんなりとした茶色のそれは、命とはかけ離れたものの様に見えた。
「住む所はどこでもいいし、食べ物はいらないし……」
彼女がしゃべり出す。
俺の質問の答えか……忘れてた。
「この姿だと……特に困る事はないの……絡んでくるバカを利用すれば……どこに行ってもどこにいても何かに困る、と言う事はないの」
「それって……メシの時間、と言う事か……???」
にっこりと笑う彼女。その直後、唇が開き……鋭く尖った歯をむき出しにした。
うっ……。
それは背筋がぞくり、とする様な、ホラーな眺めだった。
「そう……一人で歩いてると…………つまんない事言ってくるバカが多いの」
「そういうのからちょっと“献血”をね……」
「お食事タイムですか……それが」
ぞわわ。さぶいぼが……。
「すっごいまずいけどっ! バカはそれぐらいされて当然!」
蔑む様な目つきで吐き捨てる彼女。
でもそれは……。
「血を吸い上げて……昏睡させてから、お財布の中身をちょっと借りて……ふふ」
「犯罪者じゃん」
「人の法律なんて適応外なの。魔物だから」
「良心的よぅ……カードには手を出さないしぃ………………殺しはしないしぃ……」
そう言っている彼女の瞳に映る色は、確かに紛れもなく邪悪な……恐怖を感じさせる迫力がある。
けど、別のものも映し出されている。
倦怠感。
そんな感じがした。それと…………何よりも。
恐怖を呼ぶその瞳は……きらきらと……綺麗だった。
ふらふらとさまよい歩くだけの生活。
人との交わりを避けて生きて行きたいのかもしれないのに……彼女の宿命がそれを赦さない。
人に攻撃的なのは、自分が嫌いだからじゃないのか。
財布から金を引っこ抜くのは、そうしなければ生きていけないからじゃないのか。
家も居場所もないのなら……。
自分がそうなってみる事を想像してみた。
履歴書を書けない。仕事はない。偶然手に入るかもしれないけど……期待は出来ない。
家がない。日が暮れたら、どこで身体を横にしたらいいのか、それを考えなければならない。
そんな生活。
女の子が。
「何故、クルス? ダメなんじゃないの?」
彼女の胸に下がっているペンダントのクルスを手に取り覗き見る。
それは小さな小さなものだった。
「いいの」
「これは必要なものなの」
「神様なんていると思ってんの? 魔物がさ」
挑発的に言ってみる。少し怒らせてみたかった。
何故かは自分でも判らなかった。
あまりにも、彼女は一人だったからかもしれない。
「いるわけないでしょ。ばかじゃない。あんた」
ひったくる様にペンダントのクルスを取り戻すと彼女は言い放った。
「もし、いるんなら……」
「私の様な存在を、赦すはずがないじゃない」
「生まれた時から……こうなのよ。私は。気付いた時からこの年で……誰もいない所で目覚めて……それからずっと一人なの」
「……罪深き存在なのよ………………咎なき人の命を吸い取らずには生きられない……」
不意に気付いた。そのクルスは……必要なものだったんだ。
自らを罰する為に必要なもの。
生まれついたときから、罪深き存在。
それは誰もがそうではある、となんちゃらかんちゃらの宗教が言いそうな事だし、あまり真面目に考えた事もないけど……彼女にとっては…………。
「こんなおぞましい身に生んでくれなんて……誰も頼んじゃいないわ…………」
あ…………やべ。これはもしかして……。
じわり、と彼女の大きな瞳に涙が盛り上がる。
うわ……いじけモード突入……。
「なくなよぅ! 自分で言っておいてぇ」
「だって……だって…………言わせたんじゃない………………ひっく……」
ぐじぐじといじけ風味。はぁぁぁ。
俺がいじめたわけじゃないのにぃ。
これが出ると……一気に記憶の小学生のあの時の世界。
もう……どうしたものやら。
「とにかく、帰ろうよ。ここで泣かれると……俺が恥ずかしいし……」
「……………………ぐしっ………………」
手を引く。渋々とついてくる。
昨日と変わらない。
だけど……少しだけ引く手が軽くなっていた。
「何か途中で買ってくか? ホントになにも食わなくていいのか?」
「…………………………ひっく………………いらない……」
「お金ならまだ沢山預かってるから、多少高いものでもいいぞぅ」
「…………いらないったら、いらない…………………………ぐす……」
泣きながら、歩くなよ。もう。
歩かせてんの、俺だけどさ。
はぁぁぁ……………………。
近所のおばさんが咎める様な目つきで通り過ぎていく。
ああ、うわさ話がコワい。
親父とお袋が海外旅行から帰ってきたら、言われんだろうなぁぁぁぁ。
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本当に彼女は何も食べようとはしない。
だから、カーテンをつまんでいじいじするのは止めなさいっての。
彼女の為に買ってきた弁当は、すでにすっかり冷めている。
「好きにしろぃ」
食えないってぇならしかたがないさ。
好きにしろ。
こっちは好意で用意してやってんのに。
「………………明日は、学校いかない」
「そうですか。はい。了解しました。好きなとこに行ってください」
知らず知らずのうちに言葉に棘が混ざるのを自分でも押さえきれなかった。
「もう、寝るんで、後はご自由に。家から外に出るなら、鍵かけてってね」
「……………………」
返事はない。
もういいや。
俺は二階に上がっていった。
もう今日は考えたくない。どうなろうと知った事か。
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何でだ。
今日はあの野郎来ないな……。
俺は一人で、久しぶりに一人で通学路を歩いていた。
武者小路のヤツも最近、詰めが甘いな。
このまま逃げようと思えば、逃げられるじゃねェか。
逃げるか……。
そこまで考えて、少し驚いた。
それも少し、寂しい、と考えている自分に。
脳裏に家を出てくる時の彼女の姿が浮かぶ。
俺が家を出る時はまだ彼女はいた。
ただ、鍵を渡し、そのまま出て来た。
さて、どうするかねェ。
何となく重い胸の内を抱え、俺は空を見上げた。
考え事をしながら歩く脚は…………自動的に学校に向かっていた。
どうするか、はいろいろあって………………何も胸の中で固まらないうちに。
俺は教室への階段を上っていた。
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武者小路と二人だった。
俺は大人しく物理の公式の問題を解く。武者小路バカ天才は黙って教科書をめくっていた。
すっごく居心地悪。
「何で今日は彼女が来ないのか聞かないのか?」
「聞かれたいですか?」
そのとおりだけどさ。聞かれたらイヤだけどさ。
「ホント……他人には興味のない人だね。あんたはさ」
「そんな事はありません」
武者小路がはらり、とめくる教科書のページの音だけが、無音の教室に響く。
「もう悪魔は呼びださないのか?」
あの後、屋上に行ってみると……魔法陣は跡形もなく消し去ってあった。
消すのも完璧だった。この男は。
「その必要はなかったかも知れません」
武者小路は教科書から目を離さず、ページをめくる手も止めず静かに言う。
「私はもう、私のメフィストフェレスを呼び出しているのかも……しれないので」
はぁ? なんのこったい。
ま、どうでもいいか。
「後は年明けの再々テストでいつもの点を取れば、いつもの通りかぁ。余裕あっていいなぁ」
「………………」
「あんたは……自己嫌悪とかしなさそう……そういうのがいいなぁ」
「そんなわけないでしょ………………んっ…………」
何で口ごもる? 妙にくだけた……
「……何でも出来る人がいる、と仮定します。その人は秋元氏より幸せだと思いますか?」
「………………そう言う口調でもしゃべれるなら、何で最初からそうしない?」
「癖なもので。軽薄である事が赦されない家柄というものなのです」
「共感は出来ないけど、何となく判った」
「これを聞けば………………今この場だけ、軽薄な口調で語ってみましょう。何故か、そんな気になりました……明日には忘れる様に……」
はいはい。
「……これを聞けば、秋元氏は冗談だとお思いでしょうが、私は父母の食事風景を見た事がありません」
「何でぇ……?」
「それが武家の礼節と言うものだからです。それは常に別々に行われる行事なのです」
「大昔じゃあるまいし」
「江戸の昔そのままです。時代遅れでも何でも、現代にそぐわなくとも当家では連綿とそう為されているのです」
二十一世紀の人ではない、と言う事なのかな。
正しいか、そうでないかは俺には判らないけど。
「私、出来るの学業だけですから」
「こないだ嫌々やらされた体育の授業で、ソフトボールをやったんですが……十メートルとボールが飛ばないんです。ぎこちないですし。まぁ、下手だから、ぎこちないんだとずうっと思っていたのですが…………ふと思いついてグローブを嵌めている方の手で投げてみたんですが」
「十五メートル飛びました」
「その時、初めて知ったんですが……私、左投げのヒトだったんですね……」
「知恵の樹は生命の樹ならずです」
「ただ頭がいいだけ、と言うのは……自分がいかに辛い所にいるか、と言う事に鋭く、素早く気が付いてしまう、ただそれだけ、と言う事でもありますから」
「勿論……気が付いたからと言って、即、解決出来るという問題ばかりではありません」
「忘れて生きていける、気付かないニブさでのうのうと日常を過ごす秋元氏の方が、幸せじゃないと誰に言い切れるんですか?」
こんなにしゃべる武者小路は初めてだった。
「そうかぁ……俺の方が幸せだったのかぁぁぁぁ……知らなかったなぁ」
「そうですね。本能だけで生きていける人は幸せかもしれませんね」
「俺の事? 他に取り柄もあるぞ! 武者小路だって他に何かあるだろ。頭以外に」
「こう言うものとか……ですか?」
バカ天才は、そのいつもかけっぱなしの眼鏡を外した。
うっっっっ!!
眼鏡外すと、すっげえ二枚目。
思わず、うっ、と仰け反る、眩しいぐらいの二枚目くん。
顔も天才だったのかはっ!
「まあ……顔だけで生きていけたら……ソレでもいいんですけどね……ふふふ……」
てめぇ……ぜってぇ殺す。
俺が殺らなくても……いつか誰かが殺る。
「こういう風にしゃべるのは……心が軽いですね」
「って……お前……」
家でもそうだったのか?
家族全員そう言うしゃべりかっ?!
「なかなか楽しい時間でした……」
そう呟き、軽く笑みをもらす武者小路は、どこか晴れ晴れとした表情を浮かべていた。
自分でも重荷だ、と言う事を意味している様に俺には感じられた。
誰もが大変なのだ。きっと。
それは……俺なんかよりもずっと……かもしれない。
頭に浮かぶのは、俯いている……彼女の姿。
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そのままお昼でお帰り。午後は放棄だ!
武者小路バカ天才先生が帰っちまったんだから……いいんだよな!
これで今日の午後は自由の身。
俺は、朝起きてからずっとココロに引っかかっていた事をまず解消する気だった。
ケイタイを取りだし、自宅にかける。
家にまだいてくれ、と念じながら。
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来るかどうか……最後の最後まで不安だった。
その姿を見るまでは……。
ふと気付くと…………もう彼女はいた。まるで宙からいきなり現れたかのように。
そんな存在感。
軽く薄く…………人ならぬ存在、とも思わせた。その佇まいが彼女の言葉を証していた。
「……………………」
「……………………」
自分で誘っといて何だけど……声がかけづらい。
「…………まだ…………少し目が赤い?…………」
「いや、そんな事はないと思う……よくわかんないけど……」
話しづらいのはお互い様か。
何となく、言葉が出てこない。
一見見た目がクールなだけに、ああいう所を見せられちゃうとな……。
どう対処していいか、混乱したまま……。
俺達は並んで歩き出した。
この街中のどこかに何かあるだろう、と思って。
「そう言えば……この街を歩くのは初めて……」
「そうだっけ?」
本当は泣いてる彼女の手を引きながら、帰り道、少し通ってるんだけど。
憶えてないんだ。
「……何かしゃべってよ」
「……と言われても。また詮索になるよ」
「いいわ…………それでも……」
いいなら聞いてみよう。
「今までどこにいたの?」
「秘密。ここと似た様な街のどこか。誰かの家」
「何で事件にならないんだ? 見ず知らずの人がいて」
「血を吸った相手の記憶を操作出来るから。好きなだけそこにいて……気が向いたら出て行く…………そう言う暮らし」
そんな暮らしが楽しいかどうか、聞くのはやめておいた。
「まさか、この世にそう言う存在がいるとはねェ……小説とか映画とかだけのものだと思っていたけど」
「小説や映画は伝承を元にしている事が多くて、伝承は歴史的事実に基づく事が多いわ」
「うわ。かしこそうな物言いぃ」
「ふふ。だって長生きしてるからね」
「俺の代わりに補習受けてよ。年明けの再々テストとか」
「そんなの受けさせられるの? 頭悪いの?もしかして??」
「いいんだよっ! 勉強嫌いなだけだっつーの」
「やれば出来る子なのね」
「そうそう」
「そう言って甘やかされて、何も出来ない子になっていくのよ!」
「うお。きっつー」
「年上の言う事は素直に受け止める事ね。ふふん」
「年上って、いくつ年上なんだよ……?」
「女性に年を聞くのは失礼、と言う事からまず学ばないとね」
「けっ」
「けっ、てなによぉ」
並んで歩きながら、少しずつ、俺達は普段を取り戻していった。
その普段も、遠い昔からのものではなかったけど。
しかし、年上って……。
年上は……それもどれくらい年上なのか知らんけど……あんなに泣き虫かねぇ。
「いつも、街中にいた様な気がする……」
「この景色が好きだから?」
「ううん」
彼女はにっこりと笑っていった。
「“お食事”に事欠かないから」
にっこり笑った口から覗く…………控えめに言えばちょっと尖ってるかな、と言う八重歯がきらりと光った。
おおう。ぶるぶる。
「嘘。嘘。この景色も好き。人がざわめいているのが好き」
「こりゃ入れ食い状態だから?」
「よりどりみどり、お好きなものからお手にとって……ちゅーと吸い上げ……」
「しないわよ!」
うろうろと歩き回るうち、なにやら彼女が俯き始めた。
「…………どうした?」
「……………………………………疲れたぁ……ふぅ……」
って……まだ、そんなに歩いた気はしないが……やはり、女の子だからな。
「……どっかで休もうか……?」
「その台詞、何度聞いたか……」
じとっ、とした目で睨み付けてくる。なんだよぅ。
ヘンな事言ったか。俺。
「ハンバーガーでも食べるというのは? 安いし」
「……」
「いや……高くてもいいか。どうせ、親父達帰ってくるまでに使い切っちゃっていいんだから……まだ、かなり残ってるし……高いもの……寿司。お寿司でも……いくらするんだろう……」
あれ……?
彼女がいない。
喫茶店の入り口で、手を振っていた。
「はやくぅ、こっちこっち。スポンサーがいないと! お茶が飲みたいの!」
さいですか。
俺はその彼女の振る手に引き寄せられる様に、歩き出していった。
「はぁ……危うく、連れ込まれちゃう所だった」
席に着き、届いた紅茶を一口して、彼女はそう言いだす。
「ハンバーガーショップ、いやだった?」
「またまた……とぼけるのがおじょうずっ」
は?
ま、いいや。
「体力ねェなぁ。あんだけ歩いただけで」
「しょうがないの。女の子だから」
「いくら女性でも……」
「貧血気味なのよぅ」
「…………よし。武者小路のとこにいこ。好きなだけ吸え」
「え~~。あの人まずそう……」
「そ、それは言える!!」
俺達は声を合わせて笑った。
そうだ。ヤツの血はいかにもまずそうだ。
「ヒネた匂いがしそうだよな!」
「なんか、どろどろでぇ! 口当たりがざらっ、としてそう!」
「吸われてる間も、あの妙に座った目つきでぇ、ねちくどい文句言いそう!」
「あんなえらそうなもののしゃべり方が移ってきそう!」
「極めつけがぁ、おなかこわしそう!! やだぁ。飲みたくないっっ!」
笑った。笑った。
笑いすぎてウェイトレスさんにやな顔されちまったい。
でも、気分はほぐれたか。うん。
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「笑いすぎ。出る時なんか睨んでたよ」
「そりゃ、俺のせいじゃないもん。武者小路のまずそうな血がいけないんだ」
「それも……………………んくく……」
笑いがぶり返してきたのか、彼女が腹を抱えて耐えている。
「悪いのは全部アイツ、と言う事でぇ…………で、どうする? 俺お腹空いてきたんだけど……」
「だから……いいって……」
急に寂しそうになった彼女は、小さく呟いた。
もうすでに、諦めきったものの清々しさで。
ん~。
…………大丈夫なのかな。
本人が平気、と言っているのなら……それ以上、強くは言えないが……。
何となく、俺一人ばくばくとメシを食う、と言うのも気詰まりだし。
ご飯はみんなで食うものだ。
俺一人……それじゃ……なんかなぁ。
何か食べられるものはないのかなあ………………。
並んで夕暮れを歩く。東の空から夜が来る。
その夜の間……彼女が何をやっているのか……俺は知らない。それでも。
どこにいても同じ。
そう寂しげに呟く彼女はとても“魔”には見えない。
「昔は、吸血鬼は一杯いたのかもしれない」
「何、唐突に」
「どうしてこうなんだろう、ってよく考えるの」
「そう望んだわけでもないのに」
俯く横顔を夕日が光らせる。それはとても綺麗……と言うより、清らかだった。
どこが“魔”だと言うのか?
何もかも冗談じゃないのか?
「……で、続きは?」
「動物にもそう言う存在がいる、と言う事は、進化の過程でそう分裂していった一派がいて……その末裔が今でも細々と生き延びている、と言う事なのかもしれない、と思って……」
「昔の人間は……とても迷信深くて凶暴だったから……一人一人……惨殺されていって今ではもう……」
「見てきた様な……」
「見てきたのよ。その大昔の……迷信深くて……獣の様に凶暴な人間というものを……」
「……」
「今はぜんぜんまし。みんな平和でそれなりに理性的だし……こうして……」
「私の事を知ってても……笑いあえる人も………………いるし……」
彼女が見つめてくる。
どこまで本当で、どこまで嘘なのか……?
俺は言葉が出ないまま、彼女が見つめてくるその瞳の奥を覗き続けていた。




