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グレゴリオ  作者: abso流斗
ノスフェラトゥ
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9/16

処女の生き血が美味いのなら





う~~ん。

あまり彼女につきあってメシ食ってねェから……朝起きた時点で腹ぺこ。

まぁ……ダイエットと言う事で。

う~~んと………………。さて。

ちょっとだけ食べて……補習かぁ。



xxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxx



お……彼女がいない。

どこ行ったんだ?

ま、いないうちにささっとメシ済ませておくか。

あまり彼女の目の前でぱくつくのも……気が引けるんだよな……いまだに。


と、リビングに一歩、踏み込んだ時、発見した。

ソファの向こうに倒れ込んでいる彼女を。

「おい!」


揺さぶると彼女は目を覚ました。

「いつもここで寝てるのか?!」

客用の布団は用意してあるはずなのに。

「違うの……ちょっと………………めまいで……」

彼女はふらふらと立ち上がる。

立てるのか……一応大丈夫な様だけど………………。

「まぁ………………こんなのもいいかな…………ってカンジで…………」

「何言ってんだかわかんねェぞ! 少し寝てるか?」

「………………そうする。立ってるの……正直…………辛いから…………」


彼女をソファーに横にする。

顔色は……よくない。非道く良くない。もう、土気色、というやつだ。

「病院って………………行ってもしょうがないのか……」

「ふふふふ…………行ってもしょうがないわね…………」


「ホントになにも食えないのか??」

「………………」

彼女は何も言わずうなずく。

そのまま、軽く目を閉じた。


その時気付いた。

食べるものはある。

俺の血だ。


ホントか嘘か……なんかもう、どうでも良くなっていた。

それで、こんな状態の彼女を見ていなくても良くなるなら。

それでもいい。

バカな事を言ってるヤツ。冗談を真に受けるヤツ、と後で笑われるのかもしれない。

それでもいい。

「食べるもの…………あるぞ」

「……ん?」

「俺の血」

「……………………」

「うまいかどうかは保証出来ないけど。いいぞ。飲んでも」


「そんなに下僕になりたい…………?……」

「なりたくはないけど……腹減ってんなら。その代わり、俺以外のヤツの血は……吸わないって約束出来るか……?」

「………………なんで……?」

「………………何となく。いやだから」


彼女は沈黙していた。

やはり、冗談か…………バカな事くちばしっちまったな……。

そう思っていた時…………


「…………いいよ。のんであげる…………」


聞こえるか聞こえないかぐらいの………………小さな囁き。

彼女が身体を起こしてきた。

そのまま、じっとしている俺の首筋に……噛みついた。


ちく。

少しだけ、痛みが走る。本当に彼女は噛みついていた。

けれど、そう痛くはない。腕の注射の方がよほど痛い。

俺………………腕の血管が浮かないからなぁ……注射大変なんだよなぁ……。

そんな事をぼんやりと考えていた。


「………………はい、おしまい」

彼女の声が耳元で聞こえた。

身体を離し……向き合った彼女の顔は……生気に満ちあふれていた。

あの土気色の顔色は既になく、血色よく艶々としている。

内側から光を放っている様だった。

どこか疲れた様によどんでいた目元も今はしゃっきりとしている。

これは……。

血を飲んだせいなのか?

首筋を触ってみる。

ほんの少しだけ、掌に血が付いてきた。


「……うまかった?」

「……………………ふふ…………まあまあ……」


そう言って微笑んだ彼女の表情は、輝く様な笑みだった。


「き……吸血鬼モノでは処女の血がうまいって話だけど…………ど、ど、童貞の血もうまいのかなぁ……あはあはあは」

「しっ!知らないわよそんな事おっっっ!!」


す、捨て身のギャグだったのにぃ……。

場がなごまねぇぇぇぇ。




「じゃぁ、今日からアナタは私の下僕だから」

「全然、ちっとも、欠片も! そんな気、いたしませんな!」

「命令には絶対服従だから。いい? わかった?」

「いや。狙うぞ。下克上」


本当の本気で何かそんなカンジがしない。

嘘かぁ?

んもうどこまでがホントなんだよぅ。


「おかしいわね。そんなはずないのに」

「百万人に一人の特異体質なんだ。実は俺」

「言うに事欠いてどんな嘘よぅ」


ころころと明るく笑う彼女は確かに回復している様だった。

それでいいか。

確かなのは首の傷。あふれ出た俺の血。それを彼女が飲んだ、と言う事。

血を分け合う事で、お互い笑いあえる様になっていく。

それでいい。

それは共犯者の関係の様で、ミステリアスで、二人だけの内緒のお話。

結構、俺はそれだけで気に入っていた。


と、いきなり、彼女は言った。

「もう少し……」

「って……さっき……」

「あれは朝ご飯…………で、これは……………………お昼ご飯……」


本当ですかぁ??

お昼早すぎない?

早弁っすか?


首筋に彼女の唇が近づいてくる。

ちくり、とした痛み。

それと共に……魂が少しづつ抜け出していく様な……これは陶酔感だ。

気持ちの悪いものではない。

気持ちがいいが、流される、と言うほどのものでもない。


「…………美味しい……」

ああああんまりうれしくないいー。


「これからは常に、近くにいるように! いつでも栄養補給出来る様にね!」

「…………俺は、お弁当かよ……」

間食は太るそうなので……勘弁して欲しいっす……。


「ああ!」

時間が過ぎているぅ!

補習!

「学校行かなきゃ! もう時間過ぎてやがる!」

「あ、それじゃ、私も」

くるんかい?!

「……お昼ご飯食べ損ねるのも何だし」

「今食ったんじゃないのか???」


聞こえないふりしない。そこ!



ああ!こんな事やってる時間は!

何で武者小路のやろう、今日に限って!

………………さぼるか。

っ……どうする……。

「早くっ! いくよぉっ!」

玄関先で彼女が大声を出す。

元気じゃん。

行くのか……俺?


どうも、そう言う事になりそうだった。



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何でそんな、いきなり元気になりますか。

俺まだメシ食ってないんすけどぉぉぉ。

「遅いぃ! ほら早く! 補習!」

何でそんな乗り気ですか?

街中で補習!って……叫ぶんじゃねェよ。はずいな。もう。


俺より遙か先を走り、時々振り返っては追いついてくるのを待っている彼女は、あの朝に見た瀕死の状態とはかけ離れている。

そうしたのが、俺なのだとしたら……。

それは素直にうれしかった。


「ね。名前付けて!」

「何? 唐突に??」

走りながら彼女が言ってくる。

「私に名前を付けてって言ってるの!」

「そう言えば……誰子ちゃんだっけ?」

そうだ。俺。彼女の名前知らねぇ!!

「そう言えば!! 名前聞いてないじゃん!! 俺!!」

「今頃気付いたのぉぉぉ??」

「しんじられなぁぁぁいっっっ!!」

そんな大声で。

走りながら叫ぶ様に会話している俺達はきっと……目立ちまくってるのに違いない。


「で! 誰?」

「だからそれを決めて!って言ってるの!!」

「俺が決めちゃっていいのか?! 本当に?!」

「ふざけた名前は当然却下!!」

「俺の名前知ってる??」

「しらなぁい」

「人の事言えねェよ!!」



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間に合うわけもなかったが。

とにかく学校に着いた事はついた。

ハアハアと息を切らせながら。


「案外、他人の名前なんて知らなくても……会話出来るモンなのねぇ…………」

「あんた……そんな………………その通りだけど……」

「あんたじゃなくて、何…………?」


彼女が俺の顔を覗き込んでくる。

俺は走っている間中考えていた事を告げた。

「シオ……っていうのはどうかな。あまりふざけてないよ」

「あまり、と言うのは少しはふざけている、と言う事?」

「いや……そうじゃなくて!」


走っている時から、これしか思い浮かばなかった。

これだけがすぐに頭に浮かび上がり、他は考えられないくらい、しっくりと決まってしまった。

「シオ……いや……何となくしおらしい……雰囲気があって……いいかな、と……あはあは」

真っ向正面から無垢な瞳で見つめてくる。俺の答えを待ち続けるシオ。

俺は少し…………少しだけ、逃げた。

「………………ふぅん」

何だよ。その冷ややかな反応。


「まあまあ……かな」


それと、彼女にはある種の雰囲気がある。

波打ち際を見つめている彼女。……ずっと一人で。

そんなイメージがどことなく浮かんできた………………。

彼女には何となく似合っている様な気がした。


彼女も……シオも気に入ってくれている様だった。


「で、なんて呼べばいい?」

「秋元有馬。なんでもいい! 教室行こう! 上から武者小路のバカが見てる!」

「あっ!」


俺達は同時に走り出した。

当然、教室の方に。


俺は逆方向に逃げたかったのだが。

腕をしっかりと掴んでいたシオが教室に駆け出して行ったので、それはかなわなかった。




xxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxx




「どうせなら夏に出会えれば良かったのに……」

今なんと?


俺達は、補習の帰り、何となく遠回りして家に帰っていた。

すでに日は暮れ、街並みはキラキラと小さな明かりを灯している。


「海に行って……海水浴がしてみたかったのよね……」

「それはまた、大胆な……」


神をも恐れぬ所行。ちっと違うか。


「日の光は嫌いなんじゃなかったのか?」

「自分に挑戦してみたいお年頃なのよぅ」

勇気は評価するけどさぁぁぁぁ。




冬の陽は急ぎ足で、去っていく。

東の空からはひたひたとやってくる闇が、投げかけられるシルクのヴェールの様に街を覆い尽くしていく。

小さくキラキラと光る宝石を街角に隠し、夜は総てを包んでいく。

俺達はその中を歩きながら…………同じ場所へと帰っていく。


「シオの様な存在は……他にもきっといっぱいいるんだよ。きっと」

「私は……あまり会った事がないし、長い時間の中で時折出会った数少ないその人達も……いまはもうどこにいるのか……」

「横の連絡が取れてないだけさ。年賀状まめに書かないからだ」

「そういう風習は、こんな東に来るまで知らなかったもの」

「西にいたのかぁ」

「遙か昔はね……」



「神様とやらはなんで救ってくれないのな?」

「いないからでしょ……きっと」

「それを信じている人がいるだけ。このクルスは信じていると言う意味じゃないの。これは、不快だから…………その不快さが必要だから身につけている……ただそれだけ」

「まぁ、初詣の様にお気楽にお願いする、と言うのとはまた違うんだろうけど」

「全然違うわ。特に昔はね」


「神と呼び称される存在が、どんなに暴挙を振るった時代ときがあったのか、知らないのでしょうね…………」



俺は言葉を呑みこんだ。

歴史的事実の断片は俺の様な勉強嫌いの人間の頭の隅にも多少転がっている。 それは、とても陰惨な事柄をも含んでいた。

彼女らは永久に生きる。老いる事はない。とすれば。

彼女らは罪を見続けてきたのだろう。

自らの罪。人の犯した罪。


「自らを愛さぬ者を決して赦さぬ神が、偽りの博愛の理念を掲げ、一線を引き、内と外を分けたの……」

「救うのはここまでです、と」

「厳然と……地に食い込むほどに強く、その線は引かれたの……」


「それは時に神という名であり、他の何かである事もあったわ」

「そして、その赦さぬ心が我々の様な“異端”を生み出す…………」

「…………」

「どんな線が何本引かれても、我々は、その外にあり続けたの…………」

「逃げまどい……闇に隠れ……遠く、遙か遠くまで旅を続け……ちりぢりばらばらに……」

「バチカンには未だに我々の追跡機関があるのよ……事実としてね……」


「我々は“赦されざる者”なの……永遠にね」


「俺もそうなるのか……?」

「ならない様に気を付けるわ。あまり一気に大量に血を飲んじゃうとそうなるかも」

「この辺でやめとこう、と言う区切りをつけるのは結構大変なのよぅ」


彼女は深刻になり過ぎた話を茶化す様に、はしゃいだ口調でそう言ってのけた。

どう考えればいいのか。

俺はまだ混乱していた。


「何度かに小分けにして飲んでる限り……そうなる事はないわ。従僕となる事もね……」

「その従僕になる、って言う感覚は本当にないな。普段と変わりないよな。俺」

「そういう風に手加減してるの…………だって…………」


「有馬にはそうなって欲しくない……し…………」

「こういう話が出来る人が…………また、いなくなっちゃう…………」

シオは寂しげに呟く。


そうか。そうだな。

従僕というのは操り人形にしてしまうと言う事だ。

そこには相手はいない。いるのは、はい判りました、と答えるただの人形。

そんなのが何人いたって、何百人いたって……ただ一人、孤独である事には変わりない。


シオと同じ場所に立ちたい。

そう考えたのは……この時が初めてだった。



海に行こう。



「シオは……俺の付けた名前、気に入ってる?」

「……まあまあ。さっきも言ったでしょ」

ふふふ、と柔らかく微笑みながら言う彼女は、とても穏やかで綺麗だった。

それは間違えようもなく、俺の中では、さざ波をイメージさせる。

夕暮れの陽をきらきらと揺らめかせるさざ波。どこまでも遠い凪の海。

黒々と濡れた砂をさぁっと鳴らし、打ち寄せて白い泡を掻き立てる。

そして……ゆっくりと引いていき、吸い込まれる様に掻き消えていく。

何度も何度も。その無限の繰り返し。

それは何よりも永遠を思わせる。

やがて総てが安らかに夜に浸っていく。

途切れない。穏やかで静謐な波。


「海水浴でも行こうか?」

「どういう冗談? 止めはしないけど、私は泳がないからね」


並んで同じ場所へ帰っていく事を楽しいと思っていた。

シオの機嫌が良さそうな声を聞き、心がざわめく。

彼女もそうあって欲しいと。


シオを俺がイメージした光景の中に立たせてみたかった。



xxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxx




電車を三つ、乗り継いでこの渚にやってきた。

初めての二人での遠出にシオもはしゃいでいる様な気がした。

事実、電車の中でのシオはうるさいぐらいだったし。

走る車内で“ご飯の時間”はダメだっつうの。

俺は駅弁じゃないんだから。




冬の海は誰もいない。

それでも、天気が良くてよかった。

風は冷たいが、思いもよらず強い日差しがほんの少しだけ、身体の中で夏を薫らせる。


「泳がないのぉ?」

「そういうことだきゃー、しっかり憶えてんだな」


俺が貸すよ、と言ったスニーカーを最後まで嫌がったシオは、いつも通りのかかとの細い靴で砂浜を歩く。

「だから言ったじゃん。その靴じゃ歩きにくいだろ」

「平らなとこ歩いたって歩きやすそうには見えないってーのに」


「いいの。そう言うものなの!」

「あんなばかでかいスニーカー履いたって歩けない。すぐ脱げちゃう」


「足が寒そうだよ。見てるこっちが寒いって」

なんで女の子はこう無理があるカッコが好きなのだろう。

いつ見ても不思議でしょうがない。


「さっきお昼ご飯食べたから結構平気。身体が火照ってるぐらい!」

「その分、俺が弱ってるということかぁ……吸い取られてるぅ」

「いいの! お弁当が文句言ってどうするの?!」

はいはい。


「誰かに感謝したい気分」

「何を?」

「この楽しい時間をありがとうって」


俺達は永く永くどこまでも続いている海岸を歩いていった。

シオは手にヒールを持ち、ぶらぶらと揺らしながら。

俺の手はさっきからポケットの中に潜り込ませたままだ。

シオが寒くないか、それだけが頭の中にあった。


「楽しきゃそれで、俺も嬉しいけど……感謝って言うのは大げさな様な気がする」

「死ななきゃいい事もあるのね、と言う事よ」

「死ななきゃって……不死者なんだろ? 死ぬ事なんてあるのか?」

「かなりめんどくさいやり方だけどね……」

「ほっとくといつまでも生き続けちゃうから……昔会った事がある同族が考え出したの……」

「自殺の方法を……」

「…………」


「……生きる事に厭いて、自らを縛り閉じこめて滅死するのを待つの」

「それは人間の死とはちょっと違うのかもしれないけど……」

「かさかさにひからびて、総ての生命活動を停止する……再び蘇らされてしまう事もあるんだけど、それが……私たちの死。自ら選び取るしか術のない……方法の一つ」


「そうまで……」

いや……そうまでしなければ……ならないのか。

それはまさに即身成仏の勤行の様。

いつまでも生き続ける事は辛い。それもただ一人で。

何千回と無く同じ事を繰り返さねばならない。

いつか……。永い時の果てに……。

何もかも消え失せて無辺の際に波が打ち寄せるだけとなろうとも……。

一人、さざ波に足を洗い、立ちつくし続けていなければならない。

誰もいない海と空の境で、砂に足を取られ一人……立ちつくしていなければならない。


それはどう考えても幸福とは繋がらなかった。





「そう難しい方法ではないの。ただ、気に入った場所で座り込む。誰も来ない場所ね。後は目を閉じるだけ。時間はかかるけど……血の摂取を断てば……そのまま眠り込める……」

「起こし方を知っている人が来なければ……そのままいつまでも眠り込めるの……………………」

「………………そうしようと思った事がある?」

「…………何度か。そうしようと思って出来なかった事も何度か」

「そうしようと思って……そうならなかった事も…………時には」


唐突に気付いた。

あの時、その事を願っていたのだ。

あのソファに倒れ込んでいた時。彼女は言った。

それはそれでいいと。


永遠に歳をとらない。永遠に生き続ける。その傷。

それは塞がる事なき傷に苦しむ事だ。きっと。

自分は死なず、何度も……どこまでもただ……見送る。

一人取り残され、自分だけが悲しむ。誰もいない場所で。

泣き続ける時ですら……一人で。

誰にも理解されぬ苦しみ。

誰にも祈れぬ痛み。

でも、だからこそ、シオは切実に祈る。誰よりも切実に。

この生に意味を。

さもなくば死を、と。



もう日が暮れる。

俺達が降りてきた田舎の駅に戻る為、寂れた民家の集落を歩いていた時。

それは目に入ってきた。




気の早いもみの木の飾り。ふわふわと乗せてある脱脂綿の雪。

金色の細いモールで吊り下げられている紅い服を着た白いひげの配達人。

金銀の色紙が所々で剥がれているボール。くしゃくしゃの銀紙で覆われた星をてっぺんに抱く、あの夜の象徴。

子供達がみな楽しみに……心待ちにしているあの夜。


「気が早いなぁ。イブは明日だってのに」

「待ちきれないんでしょ。きっと子供達が」

「楽しみだった? 小さいこ…………」

「ないんだって。そんな頃。昔から今のまま」

「楽しみにした事もないし。私たちにとっては関係ない日」


「“赦されざる者達”にとってはね……。どうでも良い事……だもん」



それでも彼女が見つめる先には、暖かい部屋があった。

その部屋の中で姉弟なのだろう。子供が二人、飾り付けを作っている。

窓ガラスは堅く閉じられている。子供達を守る様に。

だから、何をしゃべっているのか、俺達には聞こえない。

でも、楽しげにきっと大騒ぎしながら何か二人で作り上げている。

小さな手がぶきっちょに折り紙を折る。

あぶなっかしげに、はさみを操り、切り抜いていく。

出来るものがなんなのかは知らない。

でも、それを作る事は紛れもなく、楽しい事。

子供達の姿がそう言っている。


シオはそれを優しげに見つめていた。

羨ましくって、眩しくって、手に入れたいと願っても……消して手に入る事のないその光景。

彼女は秘かに、それを望んでいる。


俺はシオの肩を抱き、言った。


「明日、遊びに行こう」  

「白いひげの配達人は……俺達に何を運んできてくれるのか」

「試してみたい」




俺はシオの肩を抱き、駅へと向かった。

「俺達って……有馬も入ってるの?」

「当たり前だろ。一人で過ごす方がいいか?」


シオは何も言わなかった。

ただ、身体を寄せてくる。

シオは暖かかった。


「一つ聞いていい?」

「何?」

「シオって……海って意味もあるの……?」

「ん…………そう……そう言うイメージだったから……」

「逆に質問」

「何?」

「なんで名前を付けてもらいたがったの?」

「それはね………………」


シオが不意に離れていく。

腕に残っていたぬくもりが、潮風にさらされ、薄れていく。

遠くでシオが振り返り、大声で叫んだ。


「新しい事が始まる様な気がしたの……だから!」

「それに相応しい名前が欲しかったの!」


そんな気は俺にもしていた。

湧き上がってくる様な歓びが胸を満たしていく。

俺は照れて逃げているのか、ぴゅーと走り去っていくシオを追いかける様に早足で歩き出した。








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