自己催眠は人間を猫化出来るか?!
俺は歩き続ける。ぼおっと考え続ける。
良かった良かったと口では言うものの。
何となく、寂しい気も。
結構楽しかったような気が……。
する。
ただ廊下を歩き続けながら。
が、あれは不自然な状態だ。
なくなった方がいいもの、と言う感じもする。
彼女の為にも。
変わってしまったのだ……。魔法陣はもう消した。それならば……もう行く必要はない。
本当に……?
自らに問いかける。ざわざわと、頭の中でぐたぐたと疑問が渦を巻く。
さて、どないしたもんか……。
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胸の奥は決した。
本人に会うべし。
魔法陣を消した事に関して、一言いうべきだ、と思った。
その方がいい。そして、あの時の事も、俺の口から説明する。
そうすれば、乃々子も安心出来るはずだ。
ああなっている時の記憶があるのかないのか知らないが、今の直っている乃々子なら、それを理解する事が出来るだろう。
記憶に空白がある何てぇのは、やはり不安なものだろうし。
その不安を解決する義務、と言うのはやはり大げさかもしれないが……何かする必要が俺にはある。
いや、したいと思っている。
したいと思っているのはもう一つある。
仲直りだ。ちゃんとしたやつ。
俺は意を決し、扉を開けた。
真智子から今日も乃々子は来ている、と聞いているし、ここで資料整理だそうだから……おそらくこのドアの向こうにいるだろう。
「乃々子ちゃん。いるのか?」
ドアをどんどんとノックする。
「入るぞぅ。話があるからぁ」
返事はない。
いないのか?
俺はドアを開けた。
「にゃぁぁぁん!」
開けたと同時にこの様だ。
「猫乃々子!」
なんだ? 何でだ? 直ったんじゃないのか?
魔法陣は消したはず?! 俺も手伝ったんだから…………それは間違いない。
「にゃうにゃ?」
なぁに?といわんばかりに顔を傾ける猫乃々子の頭には……まぎれもない、ねこみみが付いてる……。
「直ってねーよ」
何だ……直ってねーのか……真智子め、嘘つきやがって。また催眠術……かけたのか……?
何の為に?
まだねこみみが残っている……ウソだ……消したはずだ。魔法陣は……。
ん……? 尻尾もそのまま………………。
なんだこれは。なんなんだこれは。
もう、なにがなんだか。
「にゃうにゃぁぁぁ」
満面の笑みをたたえ、猫乃々子がすり寄ってくる。
ダメだ……俺の目尻も下がるぅ……くそぅ。
やっぱ楽しい。
猫乃々子も楽しそう。
これはこれでいいのではないか。
軟弱だな。そんな結論。そんな声もどこからか聞こえてこないでもない。
早く直った方がいい。
もう少し続いて欲しい。
ああ、もう。
なにがなんだか。
「あ……そろそろか……」
猫じゃらしで乃々子と遊んでいた俺の目に部室の小汚い時計が映った。
「……そうだ……!」
「このまま、ここにいてちゃんと説明を……」
思わず口に出していた。
「すればいいんじゃん…………もう、探す必要はない……」
とにかく、理由はわからない。魔法陣はもう消したのだから。その事を告げれば…………もうこういう状態にはならないのではないか…………と思った。
今あるこの状態は…………二日酔いの様なもの……。揺り返しの夢にハマってしまっている……そう言うなんかなんじゃないか、と予測した。
だから、はっきり告げれば、総て終わるはず。
そうなるはず。
あれだけ乃々子が嫌がっていた魔法陣を消す事を、昨日してきたばかりなのだから。
俺自身の手で。
「これで最後にするか。乃々子ちゃん」
何となく、後五分は猫乃々子であり続けるだろう乃々子に話しかけた。
これで最後か。
事情をこのままの状態で説明すれば、後はこっちで配慮しなくても、乃々子の方が避けてくるだろう。きっと。
後五分。
これで終わり。
迷いは少しだけあった。
後、四分。あの時計正しいのかな……。
これで終わり……でいいか?
目の前の乃々子は……断言出来る。
なんと言おうと、可愛い。
三分。
耐えきれず、立ち上がった。
結論は出た。
この短い時間に結論は出せない、と言う結論が。
「ごめん。その結論はまた今度、それまでに十分考えておくからな」
俺は立ち上がった。
そうと決まれば……。
いや…………。
終わらせなきゃならない。
これは、もう。
もう一度腰を下ろす。
怒鳴られよう。
投げ飛ばされよう。
それでいいや。ここで去るより、ずっとその方が心がすっきりする様な気がした。
「ごめんよ。可愛いけど…………今日で終わりだ」
ねこみみをぽんぽん、と叩く。
そのねこみみがぽろりと落ちる。
「え…………?!」
鐘が鳴る。素っ気なく。りんごんと。耳慣れた音で。
鳴った。今鳴っている。
でも、もうこの乃々子の頭に、耳はない。
え…………?
鐘が鳴っている。もうじき鳴りやむ。
そして…………答えが出る。
考えるのは少しやめだ。
俺はその長くもない鐘が鳴りやむまでの時間、乃々子のまぁるい頭を撫で続けていた。
低い低い響きを残して、鐘の音はどこかに消え去った。
「にゃぁぁぁん」
猫乃々子が鳴き、あぐらをかいている膝上に這い上がってくる。俺もいつもの様に壁に背中を付けてもたれた。
いつもの様に猫乃々子の頭を撫でる。
しかし。
いつもの様に猫乃々子の頭に耳がある……わけじゃない。
「もう少しこのままでいい……?」
「私……こういうのに憧れていたの……変でしょ……」
日曜日のパパと子供のように。
俺達はのんびりと重なっていた。
「ごめんね……がさつで……つい手が出ちゃう、こんなヒトで…………猫のままの方がいいよね……わたし……なんて」
「私、嫌いだったの。今の自分……」
「だから……真智子ちゃんの催眠術……なんて言葉に引っかかっちゃったわけで……」
「まさかホントに魔法だの催眠術だのが出て来ちゃうとは思わなかったけどね」
「どこまでがホントだったのやら……?」
「それは私にもわかりませんぅ……んっ」
猫乃々子が膝の上で座りを変える。疲れたらしい。もぞもぞと動くと、ふぅ、と息を吐き、ゆっくりとその身体が沈んでいく様に落ち着いていく。
どうしてそこまで似てるんだ。こいつは。
「所々記憶がないのはホント。後は何が何やら」
「ホント。俺にとっても何が何やら」
くすくすと笑い合う。狭い部室の中で。
「魔法陣、もう消しちゃったの知ってた。わたし」
「知ってて…………」
「それでも……遊んでくれるかどうか知りたかったの」
「勇者アリマ、かっこよかったよ」
「バカファンタジーストーリーだよ。あれは」
「うん。でも…………笑ってもいいよ。憧れてたの。ああいうの」
「悪い魔法使いの手から、勇者の手によって助け出されるお姫様…………」
笑いはしないけど…………。そういうものなのかなぁ、という気はした。
「十分強いじゃん。自力で脱出出来るって」
「そうなのよぅ…………そこが悩みだったの……」
「物心つく前から、もう合気道を習うのは当たり前だったから…………別に強くなりたいと思った事は一度もないの。身体動かすのはスキだけど」
「知らないうちに強くなっちゃって…………もう、助けてもらうお姫様はダメだなぁって……」
「そう思うと余計…………憧れてたの」
「猫もいいよね。素直になれて」
「ならなくても素直になりゃいいじゃん」
「そんな簡単なものじゃないの。わかる」
わかりません。でも、そうは言わない。
「素直に……人に甘えられる自分が…………なんか嬉しくて…………」
階段三段上がりの野生児のような乃々子。
出来合いのファンタジーのような設定にうっとりする乃々子。
どちらが本当の乃々子なのだろう?
どちらが催眠術にかかっている乃々子なのだろう?
判らない事が一つ増えた。
判った事も一つ増えた。
「あのね……」
乃々子が伸び上がり、顔を内緒話の様に俺の耳に近づけてくる
「いまのじぶんのほうがすき」
頬にキスの音が弾けた。
さっと立ち上がる乃々子。
そのまま、一目散に駆け出していく……。
後には。
空きっぱなしの部室のドアから吹き込む冷たい風と……
両面テープで貼り付ける、簡単なねこみみのおもちゃが二つ、床に残っていた。
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あれから乃々子の姿を見ていない。
学校に来るのは補習の為じゃない。
やらされてはいるけど。
そう言えば、俺は乃々子の家がどこなのかも、携帯とかも知らないんだ、と言う事に遅まきながら気付いたからだ。
接点はここしかなかった。
だから、ここにいる。
ぼーっと……待ち続けている。
その天文部部室に真智子が紙切れを持って飛び込んできた!
「たた大変な事にぃ~~~」
息を切らし、がくりと両膝に手を付きながら、なにやら一枚の紙を渡してくる。
その紙切れにはこう書いてあった。
“完全に猫になります。探さないでください。乃々子”
「どうやってなるつもりだ、あのバカ!」
「おそらく自己催眠かもぉ~~~」
「嘘でしょ? 冗談でしょ? かかるわけないでしょぉ?」
「乃々子ちゃんの単純な精神構造ならぁ~~~鏡一つで何とかなるかもぉ~~~」
「あ、放課後になれば元に戻るんだった」
ぽん、と手を叩く。
「戻らないぃ」
「だってあれ嘘ですからぁ」
「何ですと!」
「でも、最初の一回はホントにかかってた様ですけどぉ、一日寝たら冷めちゃったってあの後、携帯で言ってきたんですぅ」
「じゃ、いままでのは……」
「乃々子ちゃん、自分で好きでやってたみたいですぅ」
なに?
「ってぇことは、武者小路のバカ野郎の前でなった時は……」
「私ホント言っちゃうとかかると思ってなかったですぅ」
あのやろう。
「乃々子ちゃん、ついこないだまで蚊取り線香の渦巻きは真ん中に火を点けるのが当たり前だと思っていたヒトだから……」
どういう発想だよ。
どうやって、立たすんだよ?
「使用上の注意を正しく読まないヒトだからぁ……」
「……う~む」
「自分で本心から納得しちゃった状態でかかったら、もうほんとに猫になりきっちゃうかもぉ……」
……。
それはあの状態から戻らないと……。
社会生活は……出来るわきゃねぇか。
……探そう。とりあえず。
部室。乃々子の教室。どちらもいない。
となると正直……後は心当たりがない……。
それ以外の場所で乃々子を見た事はない。
ん~~~~ん。
後はどこだ……?
思いついたのは2カ所。
俺の教室。一度乃々子が駆け込んできた事がある。
その他は……。
あの自動販売機の前だ。
教室にはたぶん誰もいないだろう。と言うより武者小路がいる可能性がある所には、今の理性ある乃々子なら近寄らないだろう。
俺は自動販売機の所に向かう。
確かその裏は……購買の小さな部屋が……。
鍵が閉まっている可能性も多々あるが。とりあえず。俺のカンがそう言っている。
走り出す。
インスピレーションは信じるものだ。
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つくづく自分がイヤになる。
どこかでこうなるのではないかと、感じていた自分に。
今、この走っている瞬間に気付いた。ニブすぎる自分に嫌気がさすぜ。まったく。
“あほですねぇ……あきもっちゃんはっ!”
真智子の声がどこからか聞こえてくるようだ。
まったく。
その通りだ。
読みは当たっていた。
その自動販売機の裏手のドアに手をかけると、それはあっけなく開いた。
そしてそこに。
鏡を手にした乃々子発見。
「バカ! 何してる!」
床に女の子座りで、じっと手にした鏡を覗いていた乃々子がびくっ、と跳び上がる。
「究極の自己催眠か? 精神構造が単純なのにもほどがある!」
大きく見開かれた乃々子の瞳に徐々に……涙が盛り上がっていく。
「だって……猫の方が、猫になりきってた方が楽しいんだもん。遊んでもらえるんだもん。素直になれるんだもん。強がんなくてもいいんだもん。うぅ~~~」
「別にあんたのためにするわけじゃないもん!」
「もう、いつもの自分に戻るのが苦痛なだけ!」
「ずっと猫のままでいた方がいい!」
口をとがらせて抗議してくる。
そりゃ、その事は確かに辛い事なのかもしれない。
人のつらさはわからない。わかったような気になってあげる事もその場しのぎの優しさでしかない。
それが必要な時もあるのだろうけれども。
俺は俺のよかれと思う事をぶつけるしかないのだろう。出来るだけ優しく。
例え、それが望まぬ結果を生んでも。
「タコ助! 理性でもの考えろ!」
い、いや。大声は禁物。
俺は優しく話しかけた。
「催眠術がとけてからでも猫になれてたんじゃないのか?」
「……」
「なりきらなくたって、お前が望めばいつだってなれるものだろ?」
「自分でわざわざ戻り道消しちゃう事はない」
「う~~~」
不満げにうなる乃々子。
今の乃々子は……かかっているのか?
そうじゃないのか?
だんだん……その二つが彼女の中で混ざり合っていくように……見えてきた。
「だって!」
「好きな時に好きなだけなればいい」
「それに今のお前だって十分に猫っぽいぞ。そうじゃにゃいか?」
まだ喉奥でうなっていたが、何とか納得した様子。
頭を撫でてやる。
手触りは猫みたいなんだけどなぁ。
俺は、あの日手に入れた金色の小さな鐘を取り出した。
握りが天使のレリーフになっているその鐘は、ポケットから取り出したその時にもりん、と澄んだ音を発した。
「じゃ、俺が催眠術をかけてやる」
「俺と会ってるときだけ猫でいろ」
床に女の子座りで座り込んでいる乃々子の耳元でその小さな鐘を振る。
りんりん。りんりん。
穏やかに過ごしたあの時が、蘇る。
乃々子の表情が少しずつ穏やかなものに変化していった。
心を慰める様に、その澄んだ鐘の音は響いていた。俺にとっても。
「はぁい。もうこれで催眠術にかかりました。猫乃々子になってもいいぞ」
その気もない催眠術がかかる、と言う事はあり得ない。
それでも、俺の顔を見上げる乃々子の顔は、あのじゃれついてくる時のその顔に変わっていた。
「でも……猫のままじゃ、デートに行けないよぅ……」
「はいはい。そりゃ、大問題だな」
ひょい、とかかえあげる。
肩の上で、まだ小さくぐずぐずと泣いている。
さて、どうやって慰めるかな……。また、ピンポン球でも投げてやるか?
猫じゃらしが効くかもね。
「完全に猫になっても…………遊んでくれる?」
「なってもならなくてもね」
グズグスの鼻声で耳元で囁く声は、猫がむずかっている様な声だった。
小さくってホント猫だなこりゃ。
これは、世話が大変だ。
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乃々子念願のデート。
しかし、がっきがきに固まってしまっている。
何故、そんなに緊張する?
「そんな固くなる事は……何もこれからホテル行こうってわけじゃないし……」
「誰がそこまでいってるのっ!」
「はいはい、ごろごろごろ」
のどを撫でてやる。
「ぐぅるるるるる…………」
それじゃ犬だよ。あんた。
でも最初の印象よりはずっと明るく、とげとげしさが無くなった分気楽に話しかけられる。
ま、それだけでもいいか。
まだわからない事が一つだけある。
何故、一番最初のあの時。
真智子の催眠術が、乃々子にかかったのだろう。
真智子はあとで言っている。ホントにかかるとは思っていなかった、と。
催眠術そのものがフェイクだったのだから。
てーか、悪い冗談そのもの。
では。
何故?
今日も一応持ってきていた。
あの天使の小さな鐘。取り出して手の中で揺らしてみる。
りんりん。
澄んだ音を聞きつけ、乃々子が見上げてくる。
嬉しげに。
それは最初の一回だけ。
二度とかからない催眠術。
ならば、俺もやってみよう。
二度と解けない催眠術、というやつを。
出来るかどうか。
これは乃々子次第。
そして、俺次第。
陽だまりの中にいる乃々子はあの猫になる催眠術はかかっていない。
でも、その頃のままの笑顔で、微笑んでくれている。
彼女は……かかっているのか、それとも……。
「なんでそんなじっと見てるんですか?」
「……また、猫化しないかどうか見張ってる」
「しないよぅ。しないほうがいいのなら……」
「してくれてもいいんだけど。俺的には」
「もう……!」
「もう………………かかっててもかかってなくても同じだから」
「ん?」
「必要ないって事!」
俺の顔を真っ直ぐ見つめて、微笑む乃々子。
その笑顔は猫乃々子の時と全く一緒だった。
そうだ! 乃々子に言っとかなければいけない事があった。
「510円返してくれ」
「いまさら!」
「あなたはだんだんかえしたくなるぅ~~~」
乃々子の耳元であの金色の小さな鐘を揺らしてみる。
「もう、催眠術なんか!いらないのっ」
逃げ出していく様に離れていく乃々子は、まるで。
まるで。
あれさ。
しっぽと猫耳が逃げ去っていく乃々子に生える。
ように見えた。
自己催眠は人間を猫化出来るか 終
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