36、薬草探し
「これかな?」
「いや、もっと尖っているんじゃなかった?」
この前の授業で習った薬草を脳裏に思い浮かべながら、実物と見比べる。本日探すべき薬草が書かれた課題を見ながらイグナルスが首を傾げていると、後ろからアデルバートが教えてくれた。
アデルバートが言ったことを踏まえて課題を確認する。確かに、と納得したイグナルスは、触れていた薬草から手を離した。
現在、チームに分かれて薬草を探しているわけだが、その状況は芳しくない。イグナルスは周囲を見渡してみるが、他のチームは視界に入らなかった。つまりは、この近く以外にも探すべき場所はあるということ。
今回の課題における行動範囲は学校の敷地内とはいえ、広大な土地だ。さらには、薬草の区別ができるかを試す目的か、似たような薬草も植えられている。
見つける必要がある薬草は10個。その中で手元には2つ。まだまだ先は長い。
イグナルスは薬草を探すふりをしながら、ちらりとヴェルスを窺った。一緒に行動してみて気がついたことだが、彼は結構無口だ。表情も変わらない。彼が何を考えているのか気になりながら、イグナルスはかける言葉も見つからず、再び下に視線を戻す。
「あ、1つありましたよー」
ふわりと明るい声がして、イグナルスたちは振り返った。にこにこと笑いながら、マグダレーネが薬草を持ってきた。そんな彼女の横には課題の書かれた紙を持つラウローリエもこちらに向かって歩いてくる。
「さすがだね、レーネ」
普段のあまり動かない表情からきらきらとした笑顔をマグダレーネに向けたアデルバートに、誰も驚かなかった。
1つ見つかったということで、一歩前に進んだ。しかし、ラウローリエが憂いを隠さずに呟く。
「それにしても、このペースだと厳しいかもしれないわね……それに……」
ちらりとヴェルスを見たラウローリエだったが、それ以上は言わなかった。先ほど『王太子は聖女と組むはずだ』と言っていたので、それに関連する話なのかもしれない。
「なんだ?」
「……いえ」
ヴェルスに何か言いたげでありながらも、ラウローリエはやはり言わない。ぱっと目を逸らしたラウローリエにヴェルスの方もそれ以上問いかけなかった。
そんな2人の微妙な空気を感じ取ったイグナルスはこっそりとラウローリエに問いかけた。
「……ラウローリエ。どうしたの?」
「本来、このイベントは王太子と聖女の仲を深めるためのものなの」
彼女は憂いを隠さず、囁くように言う。
「王太子は真っ先に聖女を誘うはずだったし、そこで2人で迷子になって時間を共有することで親密になるはずだった」
王太子であるヴェルスと今はまだ聖女候補であるフローラは既に出会った。ラウローリエの知る流れで。
しかし、そこからの流れは大きく異なっているという。それが良いことなのか、悪いことなのかもイグナルスには分からないが。
ラウローリエはどう考えているだろうか。イグナルスが彼女の顔を窺うと、彼女はイグナルスを安心させるようににこりと微笑んだ。
「まあ、考えても仕方がないわね。今は課題をこなすことだけ考えないと」
「困ったことがあったら、僕に言ってね」
「ええ。ありがとう」
ラウローリエはそう言ってくれたものの、イグナルスでは頼りないだろう。そのことを自覚しながらも、ラウローリエの役に立ちたいと思ってしまうのだ。もっと、強くなりたい。兄のグラキエスのように。
そんなことを考えながら、イグナルスは視線を落とし、再び薬草探しへと戻った。
◆
ふとヴェルスの足元にある薬草を踏みそうになっていることに気がついた。イグナルスは思わずヴェルスの服の裾を引っ張った。振り向いたヴェルスの驚きのこもった金の瞳に、イグナルスは急に触れるのは良くなかったことを悟る。
「あ、王太子殿下……」
「ヴェルス」
説明をしようとしたイグナルスの言葉を遮るように、彼は自身の名を言った。ヴェルスが何を言いたいのか分からず、イグナルスはぱちりと瞬きをした。
「え?」
「一々王太子殿下とか長いだろう? ヴェルスでいい」
「……」
そんなに簡単に王太子の名前を呼んで良いのだろうか。いや、本人が良いと言っているのだから、咎められることはないと思うが。
それにしても、疑問は尽きない。
どうして、ヴェルスはそんなにイグナルスに興味を持ったのか。イグナルスは、何もしていないのに。
困惑したイグナルスはゆっくりと口を開いた。
「あの、王太子殿下……ヴェルス様はなぜ僕に声をかけたのですか?」
王太子殿下、と言ったところで彼から鋭い目を向けられたため、イグナルスは慌てて呼び方を変えた。
「お前が……」
「……?」
何かを言いかけたヴェルスだったが、口ごもって「しまった。首を傾げながらイグナルスが待っていると、ヴェルスがぽつりと呟いた。
「お前がらラウローリエ・ジェーミオスと婚約をした、いや、婚約ができたから」
「え」
ラウローリエと婚約をしたことと、何が関係あるのか。イグナルスは気になったものの、ヴェルスはすぐに視線を落として、黙り込んでしまった。
結局理由が分からず、イグナルスは首を傾げることしかできなかった。




