35、実習の授業
授業は難しくも、面白いものが多かった。イグナルスはそこまで頭が良いわけではなかったから、しっかり勉強をする必要があったため、忙しい日々を過ごしていたものの、その時間は間違いなく充実している。
イグナルスたちが通う学校の授業には複数の種類がある。入学してすぐの頃は座学の授業がほとんどだった。そんな中、今日は初めて実習の授業がある。
その授業では、実際に外に出て練習や実践をするらしい。自分でやってみる機会があった方が、いざ本番がきても対処できないからだという。それは納得しながらも、少しどきどきする。イグナルスが深呼吸をしていると、後ろから声がした。
「イグナルス、緊張しているの?」
「ラウローリエ」
イグナルスに声をかけてきたラウローリエは涼しい顔をして笑っている。その表情から余裕が垣間見え、流石だなと思いながら返事をした。
「君は全く緊張していなさそうだね」
「そうね、今のところは」
柔らかく微笑んだラウローリエはいつにも増して輝いてみえる。どこか照れくさいような気持ちになって、イグナルスは目を逸らしながらも話を続けた。
「今日の授業は何やるんだろうね」
「恐らく最初は薬草採集とかよ」
ラウローリエの返事は自信ありげだった。彼女がここまで確信しているのは、誰かに聞いたのか、あるいは前世の記憶からか。
それが気になりながらラウローリエの方を見ると、彼女はにこりと微笑むにとどめた。教える気はないらしい。彼女の考えを全て知ろうなどと烏滸がましい。イグナルスはそれ以上尋ねることはしなかった。
「ラウローリエ! イグナルス様!」
「あ、レーネ。アデルバート様」
マグダレーネの声がして、イグナルスとラウローリエは振り返った。
2人の名前を呼んで満面の笑みを浮かべているマグダレーネと、対照的に無表情のアデルバート。それにラウローリエが明るい顔で返事をし、イグナルスも軽く頭を下げた。
4人で話をしているうちに授業の開始時間となった。いつもは座学中心の授業であるため、どこか非日常の空気に浮き足立っている人が多い気がする。
そんな状況の中、先生の説明が始まった。ラウローリエが言っていたように、薬草採集をするようだ。授業で説明だけされていた実物を自分の手で見つけるという授業。
学年が上がるにつれて、魔物討伐を行う授業を選択して受ける人もいるから、その前段階として外に出る練習といったところだろう。
何人かでグループを組むように、と言われて、生徒たちはそれぞれに動き出した。そんな周囲の動きをぼんやりと見たイグナルスも、ゆっくりと隣にいるラウローリエに声をかけようとした、そのとき。
「イグナルス・アクワーリオ」
名前を呼ばれて振り返ると、そこに立っていたのは王太子、ヴェルス・アルバントだった。このタイミングで声をかけてくる意図は1つしかないが、その理由は分からない。イグナルスを真っ直ぐに見つめるヴェルスが口を開いた。
「俺と組め」
「……え」
「聞こえなかったか? イグナルス・アクワーリオ。俺とペアになれと言っているんだ」
聞こえてはいるものの、ヴェルスがイグナルスと組みたがる理由が1つも思い当たらない。戸惑ったままイグナルスはヴェルスを見つめて、どう返事をしたら良いか考える。
「……なんで。王太子は聖女と組むはずなのに」
ラウローリエの呆然とした声がイグナルスまで届き、イグナルスはそちらに視線を移した。イグナルスがラウローリエを見ていると、彼女もこちらに気がついたようで、困ったように少しだけ笑った。
イグナルスはふとヴェルスの方を見る。彼の瞳が僅かに揺れていた。彼も、緊張しているのだろうか。なぜイグナルスに声をかけたかは分からない。それでも、何か思いがあってここにいるのだろうか。
急にヴェルスという存在が気になりだした。王太子というどこか遠い人だったのに、急に同じ人間だと感じられた。
それでも、イグナルスは大事な友人達と一緒に授業を受けたいと思っている。イグナルスだけの考えで、何かを決めることはできない。
「……私の友人が良いと言えば」
イグナルスの答えにヴェルスは眉を顰めた。不敬だろうか。でも、これで不敬を問われるとしても、そこを蔑ろにすることはできない。
「良いだろう?」
イグナルスの後ろに視線を向けたヴェルスが、そちらに向かって問いかけた。イグナルスが振り返ると、表情を変えないアデルバートと、不安げなマグダレーネが立っていた。
どこから聞いていたのか。説明をすべきかイグナルスが考えていると、相変わらず表情が読めないアデルバートが言う。
「その当然許されると思っている態度は気に入りませんが、勝手なことをしないなら別に構いませんよ」
王太子を相手にしてもはっきりと物を言うアデルバートは本当に凄い。イグナルスが尊敬の念をこめて彼を見ると、アデルバートはにこりと笑う。やはりかっこいい。
アデルバートにはっきりと言われたヴェルスは一瞬不快そうな顔をしたものの、文句を言うこともしなかった。イグナルスはぱちりと瞬きをする。その反応が少し不思議だ。以前の2人の会話から不仲かと思っていたが、相手のことを理解している感覚があるように見える。
アデルバートから視線を外したヴェルスが、マグダレーネとラウローリエに目を向けた。
「他2人は?」
問われたマグダレーネがびくっと驚いたように身体を動かした。まるで小動物を思わせるような彼女の動きに、アデルバートが優しい目を向けているのが微笑ましい。
「あ、はい。構いません」
ふわりと笑って頷いたマグダレーネの返事を聞いてから、イグナルスはラウローリエのことを見る。彼女はやはり難しい顔をしている。心配しながら彼女を見ていると、ゆっくりとラウローリエが口を開いた。
「……王太子殿下。他に組みたい人はいないのですが?」
「俺から提案しているというのに、その質問の意図は?」
眉を顰めたヴェルスに、ラウローリエが気まずそうに目を伏せる。2人の間を纏う空気が少し冷えた感覚がして、イグナルスはこっそりとラウローリエの手を握った。通常より体温が低そうな彼女は、今何を考えているのだろうか。
「いえ。確認です」
「へえ。それで? 良いのか悪いのか」
「……問題ありません」
最終的に、何かを言いたげだったラウローリエだが了承をした。彼女が頷いたことで、王太子と共に薬草探しをすることとなった。




