第7話:辺境の不夜城と全自動魔導温泉
帝都が未曾有の暗闇と寒波に凍え返っていたその時――。
最果ての死地と呼ばれたシルフィア領主館は、まるで別世界のような奇跡の光に包まれていた。
「……ふあぁぁぁぁ……っ! あ、あたたかい……! それに、こんなに明るいなんて……!」
セレーナは両手を頬に当て、夢でも見ているかのように歓声をあげた。
かつて薄暗く埃っぽかった領主館の大ホールは、天井に新設された【太陽光スペクトル魔導シャンデリア】によって、真昼の正午のように明るく照らし出されていた。
柔らかな金色の光は、影を作らず部屋の隅々まで行き渡り、冷え切っていた石壁をじんわりと温めている。
壁の隙間から吹き込んでいた冷たいすきま風は、床下と壁内に張り巡らされた【超伝導温水バイパスパイプ】によって完全に遮断され、部屋全体がぽかぽかと春の陽だまりのような暖かさに満たされていた。
「うん、一次冷却ループの圧力、〇・三メガパスカル。放熱フィンの熱交換効率も良好だな。これなら配管の凍結の心配もない」
エドガーは作業着の袖をまくり、レンチを片手に満足そうに頷いた。
地下の古代龍脈増幅炉にエドガーの《生体リアクター》を直結した結果、領主館を中心に半径五キロメートルの範囲に、無尽蔵の純粋魔力が満ち溢れていた。
ただ明かりを灯すだけではない。
エドガーはわずか半日で、館内の上下水道配管を修復し、全自動の給湯システムを構築してしまったのだ。
錆び付いていた蛇口をひねれば、澄んだミネラルウォーターが勢いよく流れ出し、給湯レバーを倒せば、一瞬で湯気の立つ適温の温水が溢れ出る。
「マスター、ご指示通り、裏庭の露天風呂への【高濃度ナノ魔力温泉ライン】の敷設が完了いたしました」
メイド服姿のアイリスが、澄ました顔で報告してきた。
彼女の白銀の髪は丁寧にブラッシングされ、頭上のカチューシャ型アンテナが嬉しそうに小刻みに揺れている。
エドガーの魔力を受けて完全に目覚めた彼女は、驚異的な処理能力で家事と土木工事を完璧にこなしていた。
「よくやってくれた、アイリス。セレーナ様、ひと風呂浴びてきませんか? 長年の寒さと飢えでこわばった身体をほぐすには、温泉が一番ですよ」
「えっ……お、お風呂ですか!? でも、私、着替えも満足に持っていなくて……」
「アイリス、セレーナ様に清潔なリネンとバスローブを」
「了解いたしましたマスター。古代のシルク織機で織り上げた、最高級の吸水リネンをご用意しております」
***
裏庭の小高い丘に作られた露天風呂は、贅沢にも白大理石で組まれていた。
湯口からは、乳白色の滑らかな湯がこんこんと湧き出している。
エドガーが地下の温水に微細な魔力パルスを混入させた特製の「ナノ魔力温泉」だ。
ただ温かいだけではない。超微細な魔力気泡が皮膚から浸透し、細胞の修復を促し、疲労を瞬時に消し去り、肌をつるつるに若返らせる効果がある。
「はぁぁぁぁぁ……っ……ご、極楽です……身体が溶けてしまいそう……っ」
湯船に肩まで浸かったセレーナは、とろけきった声を漏らした。
長年の過酷な生活で荒れていた指先やひび割れていた踵が、温かな湯に包まれるにつれて、まるで魔法のように滑らかな白肌へと蘇っていく。
隣では、バスタオルを巻いたアイリスが、器用に湯面に浮かべた木桶から、冷えた果実水を差し出している。
「冷たい柑橘水です、セレーナ様。マスターが冷却魔導具で氷点下二度に保ったものです」
「おいしい……! 冷たくて、甘酸っぱくて……私、本当に生きているのかしら。昨日まで、冷たい石床で毛布にくるまって、飢えと寒さに震えていたのに……」
湯煙の向こう、男湯との仕切り壁越しに、エドガーののんびりとした声が聞こえてきた。
「インフラさえ整えば、人間は誰でも文化的な生活が送れるものです。明日は領内の農地を整備して、温室農園の基礎を作りますよ」
「エドガーさん……本当に、あなたは何者なのですか? 帝国の宮廷魔導士ですら、こんな奇跡は起こせません」
「ただの技術者ですよ。前の職場では『座っているだけの無能』ってクビにされましたけどね」
「そんな馬鹿な奴らがいるのですか!?」
セレーナはお湯をバシャリと跳ねさせて憤慨した。
「その者たちの目は節穴です! エドガーさんこそ、世界中のどんな王や神よりも尊いお方です!」
「あはは、買い被りすぎですよ」
立ち上る温かな湯煙と、夜空に瞬く満天の星。
エドガーたちの辺境スローライフは、最高に快適なスタートを切っていた。




