第6話:一方その頃、大帝国は大パニック
かつて「不夜城」と讃えられた帝国の中枢・帝都ルミナスは、今や氷点下の暗闇と阿鼻叫喚の嵐に呑み込まれていた。
「おい! なぜ蛇口から泥水しか出ないんだ!?」
「揚水魔導ポンプの蓄電魔石が完全に放電しました! 市内の高架水槽はすべて空です!」
「暖房はどうした! 冬の寒波が直撃しているというのに、このままでは凍死者が出るぞ!」
大通りの商店街では、冷蔵魔導具が停止したことで、数万トンに及ぶ肉や魚、乳製品が一斉に腐敗を始めていた。
街灯はひとつとして灯らず、日没とともに訪れる完全な闇。
略奪を恐れた商人たちが松明を手にバリケードを築き、寒さと飢えに耐えかねた市民たちの怒号が夜空に木霊する。
そして、その混乱が最も悲惨な形で噴出していたのが、帝立中央魔導病院だった。
「院長! 集中治療室の生命維持魔導具が全滅しました! 予備の魔石もすべて電圧低下で沈黙しています!」
「ポーション自動調合プラントはどうなっている!?」
「駄目です! 安定した変圧魔力が途絶えたため、調合釜の温度が暴走、原料の薬草エキスが炭化して爆発しました! もう解熱薬一滴すら作れません!」
廊下に溢れかえる患者たちの悲鳴と嗚咽。
これまで「魔導の恩恵」を空気のように無尽蔵に浪費してきた者たちほど、その喪失に耐える術を持たなかった。
その頃、皇宮の地下――中央魔力炉の制御室では、皇帝直属の重臣たちが怒り狂っていた。
「ギルバート!! 貴様、一体何をしでかしたのだ!!」
老宰相の怒声が、薄暗い制御室に雷鳴のように響き渡った。
照明が使えないため、室内には心許ない数本の松明が揺らめいているだけだ。
「め、滅相もございません宰相閣下! 中央魔力炉の一時的な電圧低下に過ぎません!」
ギルバートはミスリルの甲冑の襟元を緩め、脂汗を滝のように流しながら必死に取り繕った。
「現在、我が師団の誇る精鋭魔導士三十名総出で、龍脈から直接魔力を引き込むバイパス直結工事を行っております! あと数時間もすれば、以前よりも強大な魔力が帝都全土へ行き渡ります!」
「本当だろうな!? すでに下町では暴動寸前だぞ! 皇帝陛下も心労で倒れられたのだぞ!」
「ご安心を! 平民の配管工ごときにできたことが、余ら高貴な宮廷魔導士にできぬはずがありません!」
ギルバートはそう豪語し、炉心の前で作業にあたる部下たちへ怒鳴り散らした。
「何を愚図愚図している! 龍脈の主バルブを力ずくでこじ開けろ! 直結ケーブルをそのまま魔導グリッドへ繋げ!」
「し、しかし師団長! 生の龍脈は波形が極めて荒々しく、変圧装置なしでは危険すぎ――」
「黙れ! 貴様まであの無能の戯言に毒されたか! 早く繋げ!」
怯えた下級魔導士が、震える手で極太の接続ケーブルを龍脈の汲み上げ口へと押し込んだ。
その瞬間――。
ギギギギギギギギッ……!!
空間がきしむような不気味な高周波音が響き渡った。
ケーブルの表面が真っ赤に赤熱し、紫色の稲妻が蜘蛛の巣のように制御室全体へと走る。
「な……なんだ!? メーターの針が……振り切れて――」
ドォォォォォォォォンッ!!
凄まじい大爆発が起きた。
生の龍脈が放つ数千万ボルトの過電圧スパイクが、制御弁と防護壁を木っ端微塵に吹き飛ばしたのだ。
作業に当たっていた三十名の上級魔導士たちが、衝撃波で壁へと叩きつけられ、全身から煙を噴き出してバタバタと倒れ伏す。
「ぎゃあああああああっ!?」
「熱い! 感電する! 助けてくれぇぇぇっ!」
炎と黒煙が充満する中、ギルバートは煤まみれになって尻餅をつき、ガタガタと震えていた。
炉心の中央から漏れ出た紫色のプラズマ放電が、狂った龍のように天井を舐めている。
「ば、バカな……なぜだ……龍脈の魔力を、ただ流しただけだぞ……!?」
「生の龍脈など、神話の火竜の咆哮と同じです!」
煤だらけの伝令兵が、血反吐を吐きながら叫んだ。
「それをミリ秒単位で受け止め、安全な電圧に整流できる男がいなければ……触れることすら敵わぬ猛毒なのです!!」
「エドガーだ……!」
宰相が燃え盛る瓦礫の中から立ち上がり、ギルバートの胸倉を掴み上げた。
「貴様が『座っているだけの寄生虫』と嘲笑って追い出したあの男こそが、この帝国すべての命を繋ぎ止めていたのだぞ! 首に縄をつけてでも連れ戻せ! 今すぐ土下座してコンセントを挿し直させろ!!」
「ひ、ひぃぃぃぃっ……! し、しかし……あいつの行方は……どこにも……!」
暗闇と吹雪が吹き荒れる帝都で、かつて選ばれし勇者と讃えられた男は、ただ絶望に震えることしかできなかった。




