第46話:酸欠と過電流、神官長の傲慢が砕け散る時
自由落下。
重力を失ったアガルタの神殿前庭では、大理石の破片や装飾品が宙へとふわふわと浮き上がり、悲鳴を上げる市民たちが石畳にしがみついていた。
耳を劈く猛烈な突風が吹き荒れ、雲の層がものすごい勢いで下から上へと逆流していく。
「ひ、ひぃぃぃぃぃっ!? 浮いてる! わしが浮いておるぅぅぅっ!?」
黄金の法衣を風に巻き上げられ、無様に空中で手足をバタつかせていたのは、大神官長ゼピュロスだった。
手にした純金の杖も手放し、鼻水と涙で顔をぐしゃぐしゃにして叫んでいる。
「神よ! 偉大なる太陽の神よ! どうか我がアガルタをお救いくださいぃぃぃっ!」
「神頼みをする前に、炉心の定格出力と安全マージンを確認するべきでしたね」
突風の中、作業靴の裏に仕込んだ魔力マグネットで石畳にしっかりと直立していたエドガーが、呆れたようにため息を吐いた。
隣では、アイリスがエドガーの作業着の裾をそっと押さえ、セレーナたちがスターゲイザー号の手すりにしっかりと掴まっている。
「き、貴様ぁぁぁっ! 平民の分際で、なぜそんなに落ち着いておるのだ! 島が落ちておるのだぞ!? このままでは地上もろとも全員ミンチだぁぁぁっ!」
「ミンチになりたくなかったら、余計な自家発電のスイッチを切ってください。過電流で安全ブレーカーが焼き切れているのが原因ですから」
エドガーは手にした魔力測定レンチで、空中に浮いていたゼピュロスの額をペチリと叩いた。
「あぎゃっ!?」
「それに、換気装置すら動いていない。あなた方が酸欠で頭痛を起こしていたのは、天罰でも何でもなく、ただの空気フィルターの目詰まりです」
「な……フィルターの……目詰まり……!?」
ゼピュロスは白目を剥いて絶句した。
何千年間も「神々の試練」だと信じ込んでいた息苦しさが、単なる家電のフィルター掃除をサボった結果だったと告げられたのだ。
「フィリア、地下の主制御室へ案内してくれ」
「は、はいエドガー様!」
フィリアが必死に四枚の翼を羽ばたかせ、地下への回廊を指差す。
「頼む! 頼むから助けてくれぇぇぇっ!」
宙に浮いたまま、ゼピュロスが泥水をすするようにエドガーの足元へ向かって必死に拝み倒す。
「お前を天空の最高神官長にしてやる! 金も宝石も女も、アガルタのすべてをくれてやる! だから……この島を止めてくれぇぇぇっ!!」
エドガーは振り返りもせず、冷淡に言い放った。
「有給休暇中ですので、役職の追加はお断りします。……アイリス、テザーケーブルの主プラグを引き揚げろ」
「了解、マスター。地上シルフィアからの【直結給電アンカー】、接続準備完了です」




