第45話:天空都市アガルタの凍てつく神殿
雲海の上に浮かぶ、直径数十キロメートルの巨大な浮遊岩塊――【天空回廊アガルタ】。
太古の超文明によって空へと持ち上げられたその島は、白亜の神殿と大理石の回廊が立ち並ぶ、神話の都だった。
しかし――スターゲイザー号がドッキングした中央神殿の前庭は、かつての栄華とは程遠い、絶望的な光景が広がっていた。
「寒い……息が苦しい……」
「太陽の神よ……なぜ私たちをお見捨てになったのですか……」
広場にうずくまっていたのは、背中に翼を持った数千人の有翼族の市民たちだった。
浮遊炉心の魔力低下により、都市を包んでいた「大気保持結界」と「保温結界」が消滅しかけ、島全体が氷点下の寒波と激しい酸欠に襲われていたのだ。
羽毛を逆立てて震える子供たち、チアノーゼで唇を紫色にした老人たち。
「あぁ……! 街が、こんなにも冷え切ってしまって……!」
カプセルから降り立ったフィリアが、痛ましそうに胸を押さえて駆け寄る。
「フィリア様がお戻りになられたぞ!」
「地上の神様を連れてきてくださったのか!?」
市民たちが希望を見出したように顔を上げた、その時だった。
「ええい、下がれ下民ども! 穢らわしい泥民族の気配を神殿に近づけるな!」
神殿の奥から、豪奢な純金の法衣をまとった十数名の神官たちを引き連れて現れたのは、鷲のような鋭い目つきの老人だった。
天空都市アガルタの最高権力者――大神官長ゼピュロス。
「フィリア! 貴様、神聖なる巫女の身でありながら、忌まわしき地上へ下り、あまつさえ下等な泥人間どもをこの聖域へ引き入れたのか!」
「ゼピュロス神官長! このお方はシルフィア連邦の最高技術顧問、エドガー様です! エドガー様なら、止まりかけた浮遊炉心を修理し、この国を救ってくださいます!」
「黙れ、不浄の娘が!」
ゼピュロスは鼻で笑い、エドガーの作業着を侮蔑の眼差しで見下ろした。
「油臭い平民の職人風情に、太古の神々が遺した神聖なる炉心が理解できるはずがなかろう! 我ら選ばれし有翼族は、天の民! 地べたを這い回る虫けらの施しなど受けるものか!」
「ですが神官長、浮遊高度はすでに九千メートルを割り込んでいます。このままではあと数日で地上へ激突しますよ」
エドガーが淡々と現実の数値を指摘すると、ゼピュロスは顔を真っ赤にして杖を地面に叩きつけた。
「フン、知った風な口を利くでな! すでに我が神官団が、古代の秘儀を用いて炉心を最大出力で自家発電させておるわ! 貴様らのような下賎な技術者など、一秒たりともここに置く気はない! 衛兵、この者どもを浮遊島の端から地上へ突き落とせ!」
ゼピュロスの傲慢な怒声が響き渡った――その瞬間だった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ……!!
神殿の地下から、島全体をへし折るような凄まじい轟音と振動が突き上げてきた。
大理石の石柱にバリバリと巨大な亀裂が走り、広場が大きく傾斜する。
「な、何事だ!?」
ゼピュロスが足をもつれさせて転倒した。
地下からすすだらけの下級神官が、泡を吹いて転がり出てきた。
「だ、大惨事です神官長! 無理な過負荷自家発電により、浮遊炉心の磁場制御コイルが融解! 主機関が完全停止しました!」
「な……何だとぉぉぉっ!?」
「高度低下速度、毎秒五十メートルへ加速! 島が……アガルタが、大地へ向けて自由落下を始めましたぁぁぁっ!!」
成層圏の天空都市に、数万人の断末魔の悲鳴が木霊した。




