第40話:空を見上げる男たち、次は天空へ
修羅場の条約締結式から数日後。
夕暮れ時のシルフィア港の防波堤で、エドガーは一人、心地よい潮風に吹かれながら海を眺めていた。
手には、冷えた魔導ビール。
遠く水平線には、海底へと続く送電ケーブルのガイダンスライトが、青い光の帯となって美しく瞬いている。
海は完全に繋がった。
陸の鉄道と海の航路、そして海底の通信網。エドガーの引いたインフラは、大陸と外海をひとつの巨大な生命体のように結びつけていた。
「……ふう。これでようやく、本当の有給休暇が取れるかな」
エドガーが苦笑しながらビールを喉へ流し込んだ、その時。
「マスター、お疲れ様です」
背後から、静かにアイリスが歩み寄ってきた。
手には、エドガーのための温かいブランケットが握られている。
「ありがとう、アイリス」
「コーラリア様は、セレーナ様たちと連邦の特製スイーツを食べ比べながら、無事に和解されたようです。……ただし、『エドガー様の夜の充電当番ローテーション』に、正式に組み込まれることになりましたが」
「あはは……まあ、賑やかでいいよ」
エドガーは笑いながら、ブランケットを肩にかけた。
そして、何気なく――夕焼けが紫色の夜空へと移り変わる、遥かな頭上を見上げた。
満天の星々が瞬く、高度一万メートルの遥かな上空。
雲の切れ間に、月明かりを浴びてぼんやりと浮かぶ、巨大な影があった。
「……あれは?」
「太古の昔、神々の時代に天へと昇ったとされる伝説の浮遊大陸――【天空回廊アガルタ】です」
アイリスが走査レンズの焦点を絞り、淡々と告げた。
「記録によれば、地上の大災害から逃れるため天へと逃げ延びた古代有翼族が眠る場所。しかし……数千年前から地上との連絡は完全に途絶えています」
「天空大陸、ね」
エドガーは缶ビールを弄びながら、面白そうに目を細めた。
地上に光を灯し、海底に熱を届けた。
ならば――あの雲の上の世界はどうなっているのだろうか。
数千年間、地上と切り離された空の上の人々は、魔力切れで寒さに震えてはいないだろうか。
「アイリス」
「はい、マスター」
「空にも、電線って届くと思うかい?」
エドガーの言葉に、アイリスは一瞬だけ驚いたように目を見張り、それから――彼女としては極めて珍しい、柔らかで愛らしい微笑みを浮かべた。
「マスターの引くプラグであれば、この星の果て、宇宙の果てまで届かない場所など存在いたしません」
「よし、決まりだ。バガンさんに、超伝導リニアの垂直軌道――【軌道エレベーター】の図面を引いておいてくれって頼んでおこう」
大地を照らし、深海を救った男のインフラ革命は、いよいよ雲を突き抜け、天空の世界へと向かって走り出そうとしていた。
(第2部・完)
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第5章:天空軌道エレベーターと有翼の巫女姫
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