第4話:眠れる古代機巧少女
セレーナに案内された領主館は、外観こそ蔦に覆われた廃墟だったが、その地下室へ降りた瞬間、エドガーの技術者としての直感が激しく反応した。
埃の積もった螺旋階段を降り切った先に広がっていたのは、領主館の基礎とは明らかに年代の異なる、巨大な地下空間だった。
壁面を覆うのは、漆黒の玄武岩。継ぎ目には一分の狂いもなく、まるで巨人がひと振りの剣で岩盤をくり抜いたかのような神殿造りになっている。
そして、そのホールの最奥にそびえ立っていたのは、高さ五メートルを超える巨大な金属製の隔壁だった。
「……ほう。これは驚いたな」
エドガーは思わず感嘆の声を漏らした。
表面には、現代の魔導工学では到底再現不可能な、ミクロン単位の超精密な幾何学文様がびっしりと刻み込まれている。
赤錆ひとつ浮いていない、青白く澄んだ輝きを放つオリハルコン合金。
「初代領主の記録によれば、太古の神話文明が残した『開かずの神殿』だそうです。かつての大災害の際、この奥に何か巨大な力があると言い伝えられていましたが……どんな大魔法も、どんな頑丈なドリルも受け付けず、何百年も放置されていて……」
セレーナが松明の火をかざしながら、不思議そうに見上げる。
「開かないのは当然ですよ。これ、鍵穴なんて最初からありませんから」
エドガーは金属壁の表面を指先でなぞった。
冷たい金属の奥に、極めて微弱な、休眠状態の魔力回路が規則正しく眠っているのが感じ取れる。
「バイオメトリクス……いや、多重周波数の魔力波形認証扉ですね。特定の電圧、周波数、位相を寸分の狂いもなく同時に流し込まないと開かない仕組みです。適当な魔法をぶち込めば、過電圧遮断器が作動して永久ロックがかかる。下手に爆薬を使えば、神殿ごと自爆するトラップです」
「そ、そんな恐ろしい仕掛けが……!? では、絶対に開かないのでは……?」
「普通の人間ならそうでしょうね。ですが――」
エドガーは作業着の袖をまくり、右の手のひらを扉の中央のクリスタルプレートへとピタリと密着させた。
「――《生体リアクター起動》。周波数同調、四千四百ヘルツ。変圧比一対三〇〇。パルス幅変調開始」
カッ……!!
エドガーの手のひらから、透き通るような純白の魔力光が奔流となって扉へと流れ込んだ。
それは、並の魔導士が数人がかりで儀式を行っても出せないほどの膨大なエネルギー。
だが、暴走することなく、まるで精密な時計の歯車を噛み合わせるように、寸分の狂いもなく回路の奥へと吸い込まれていく。
「な……なんという魔力……!? 呪文の詠唱も、魔法陣の展開もなしに、こんな純粋なエネルギーを……!?」
セレーナが息を呑み、目を見張る。
カチ、リ。
数百年沈黙していた古代の機械仕掛けが、重々しい金属音を立てて噛み合った。
プシュウウウウウウッ……!
完全密閉されていた気圧が解放され、甘いオゾンの香りと清澄な冷気が吹き出してきた。
ゴゴゴゴゴと地鳴りを立てて、巨大なオリハルコンの隔壁が左右へとスライドしていく。
「開きましたね。行きましょう」
現れたのは、淡い青色の非常用誘導灯が灯る、広大な円形神殿だった。
天井は高く、壁面には無数の魔導配管が規則正しく張り巡らされている。
そして――神殿の中央、クリスタルの台座の上に設置された透明なカプセルの中に、その少女は横たわっていた。
「……あ……」
セレーナが思わず感嘆の声を漏らした。
プラチナシルバーの艶やかな髪。
陶器のように透き通った白い肌と、神仏が彫刻したかのような完璧な顔立ち。
清楚な白と紺のメイド服のような衣装を身にまとっているが、首筋や細い手首の関節には、極めて精巧な銀色の金属フレームが埋め込まれていた。
「人間……ではありませんね。お人形……?」
「古代文明の遺産――自律型汎用魔導アンドロイドですね」
エドガーはカプセルの側面に備え付けられたモニターを操作した。
古代語で記されたエラーログが、流れるように表示される。
『警告:主動力源完全枯渇。残量〇・〇〇〇パーセント。システム保護のため、ディープスリープモードへ移行中』
「なるほど……この地下神殿は、かつてこの地方一帯の龍脈を制御していた古代の管理ステーションだったのか。百年前の大災害で外部からの魔力供給が途絶え、彼女は自分のバッテリーを使い果たして眠りについたんだ」
「そんな……じゃあ、この娘はずっと一人で、暗闇の中で眠っていたのですね……」
セレーナが痛ましそうに胸を押さえる。
「安心してください。コアの物理的破損はありません。単なる完全放電……要するに、お腹が空いて動けないだけです」
エドガーはカプセルの緊急充電ポートのカバーを開けると、自らの指先から光のコードを生成し、直結した。
「よし。急速充電といこうか」




