第35話:海底の光なき王国と、主電源の降臨
水深四千五百メートル。
ノーチラス号の強力な高輝度サーチライトが深海の闇を切り裂いた先――巨大な海底カルデラの底に、息を呑むような大都市が姿を現した。
純白の珊瑚と真珠母貝で築かれた無数の尖塔。
半透明のドーム状防護結界に守られたその都市こそが、人魚族の王都――【海底都市ルルイエ】だった。
だが、かつて光り輝いていたはずの都は、いまや凍てつく暗黒の底に沈んでいた。
街灯の魔導真珠は光を失い、ドーム内の水温は氷点下寸前。凍える海水のなかで、数万人もの人魚たちが身を寄せ合って震えていた。
「父上……! 母上……!」
コーラリアの案内で、エドガーたちはノーチラス号のドッキングチューブを通じて海底王宮へと足を踏み入れた。
王座の間には、白髪の人魚王ネプシスが、氷のように冷え切った玉座で弱々しく横たわっていた。
「コ、コーラリア……無事だったか……! だが、すまぬ……我が国は、もう終わりだ……。中央の熱源炉が完全に沈黙し、あと数時間で街を守る結界すら崩壊する……」
「王様、諦めるのはまだ早いですよ」
いつもの作業着姿のエドガーが、工具バッグを肩にかけて進み出た。
「だ、誰だね、その陸の人間は……?」
「父上! このお方こそ、地上を救い、私に命の光を与えてくださった真の救世主――エドガー様です!」
「エドガーさん、炉心はこちらです!」
案内されたのは、王宮の最深部に鎮座する、高さ数十メートルの巨大な古代魔導構造体――【深海マグマ熱交換炉】だった。
海底火山のマグマ熱と地下龍脈を交差させて都市全体を暖める巨大プラントだが、現在は配管が完全に冷え切り、真っ黒に変色して沈黙していた。
「なるほど……熱交換器のフィルターに、数百年分の火山灰と魔力スラグが目詰まりを起こして、安全弁が落ちたのか」
エドガーは炉の配管をコンコンと叩き、構造を一瞬で把握した。
「バガンさん、超伝導パイプでバイパスのフラッシングラインを組んでくれ。アイリス、逆洗ポンプの出力を最大に」
「応よ親方! 水の中だろうが、ドワーフの腕前を見せてやるぜ!」
「高圧パルス逆洗シーケンス、スタンバイ完了です」
「よし、一気に詰まりを吹き飛ばすぞ」
エドガーは作業用グローブを嵌め直し、炉心中央のメインプラグソケットへと手を伸ばした。
「――《生体リアクター・フルドライブ》、深海の底へ、太陽の火を灯せ!」
ドッゴオオオオオオオオオオンッ!!
エドガーの両手から放たれたのは、深海の闇を真昼の如く照らし出す、超高密度の黄金の熱魔力だった。
配管内にこびりついていたスラグが一瞬でプラズマ蒸発し、固着していた安全バルブが轟音と共に開放される。
マグマの奔流が再び炉心を駆け巡り、エドガーの魔力と融合して、無尽蔵の温水とクリーンエネルギーへと生まれ変わっていく!
ズズズズズズ……ポカポカポカ……ッ!
海底都市を覆っていた極寒の闇が、一瞬にして吹き飛んだ。
街中の珊瑚の塔がエメラルドグリーンに輝き始め、ドーム内の水温がみるみるうちに心地よい南国の海のような適温へと上昇していく。
「あ……あたたかい……! 光が……光が戻ったぞ!」
「冷え切っていた水が、まるで極上の温泉のように……!」
街中から、何万人もの人魚たちの歓喜の叫びが木霊した。
玉座から転がり落ちるように駆け寄ってきた人魚王ネプシスは、エドガーの足元に平伏し、涙を流して叫んだ。
「おぉぉぉ……! 主電源の神よ……! 我がルルイエ王国は、今この瞬間より、永久にあなた様に忠誠を誓います!!」
深海の底でも、エドガーの引いたインフラの光は、世界を完全に塗り替えようとしていた。




