第34話:古代クラーケン、超高電圧スタンで海鮮焼きに
外海の海中深く。
水深六百メートルを超えると、太陽の光は完全に届かず、世界は濃紺から漆黒の闇へと姿を変える。
船外では時速百キロを超える猛烈な「死の魔海流」が唸りを上げて渦巻いていたが、ノーチラス号の船内は別世界のように静まり返っていた。
「……本当に、信じられませんわ。外では荒れ狂う海流が渦巻いているのに、船内には微かな振動すらありません……!」
アステリアがサロンの強化クリスタルガラスの丸窓から外を見つめ、感嘆の息を漏らした。
テーブルの上では、セレーナの注いだ温かい紅茶が、水面を微動だにさせずに静止している。
「MHD推進は水流の運動エネルギーそのものを推進力へと変換しますからね。むしろ外の海流が荒れているほど、効率よく進めるんです」
エドガーが革張りソファでくつろぎながら説明する。
その時だった。
ピピピピピピッ!
艦橋のパッシブソナーが、鋭い警告音を鳴り響かせた。
「マスター、前方深度六五〇メートルより、超巨大生体反応が急速接近」
操舵席のアイリスが淡々と、だが的確に報告する。
「全長約百二十メートル。頭足類固有の高密度生体電位を検知――太古より外海航路を閉ざしてきた海の災厄、【古代大王イカ(エンシェント・クラーケン)】です」
「ク、クラーケン……っ!?」
コーラリアが恐怖に青ざめ、エドガーの腕にぎゅっとしがみついた。
「いけません、エドガー様! あの魔獣は、帝国の重装甲軍艦すら丸ごとへし折って貪り食う海の悪魔です! 早く逃げないと――」
ズゥゥゥゥンッ……!
船窓の向こうの深海の闇から、家屋ほどもある巨大な金色の単眼がぬっと現れた。
ノーチラス号の船体を、極太の十本の触手がギリギリと締め上げ始める。
普通の木造船なら一瞬で木っ端微塵に粉砕されている猛烈な締め付け圧力だった。
「ふはは! いい締め付けだぜ! だが俺の打ったミスリル・チタン複合装甲には傷一つ付きゃしねえぞ!」
バガンが腕組みをして豪快に笑う。
「マスター、迎撃兵装の選択を。対潜魚雷で木っ端微塵に粉砕しますか?」
「いや、アイリス。海を汚すと後でルルイエの民に迷惑がかかるし、何より勿体ない」
「勿体ない、ですか?」
エドガーは操舵コンソールの黄色い通電レバーへと手を伸ばした。
「せっかくの最高級海鮮素材だ。傷をつけずに捕獲しよう。――【船体外殻パルススタン結界】、通電」
カチリ。
バチバチバチバチィィィィィンッ!!
次の瞬間、ノーチラス号の船体外殻全面から、数百メガワットの高周波パルス電流が一斉に放電された。
船体を締め上げていたクラーケンの巨大な触手を通じて、強力なスタン電撃がダイレクトに中枢神経系へと駆け巡る。
『ギョエエエエエエエエッ!?』
水中に響き渡る、巨大イカの声にならない悲鳴。
クラーケンは全身を派手にビクビクと痙攣させ、巨大な目玉をぐるぐると回して白目を剥いた。
そして――触手の力を完全に失い、ぷかぁ〜っと腹を上にして昏倒した。
「スタン完了。外殻パルスのジュール熱により、触手先端部が絶妙なミディアムレアに焼き上がっております」
アイリスが真顔で報告する。
「よし、外装マニピュレーターで触手を三本ほど切り分けて急速冷凍庫へ回収しよう。今夜は船内でイカの姿焼きとゲソ揚げパーティーだ」
「わぁぁい! エドガーの特製海鮮焼き、大好きですの〜!」
フロリアが歓声をあげる。
呆然と口を開けてその光景を見ていたコーラリアは、震える声で呟いた。
「数百年もの間、海を恐怖に陥れていた神話の災厄が……たった一瞬で、おつまみに……!?」




