第33話:超伝導電磁推進船『ノーチラス』の進水式
人魚姫コーラリアの必死の訴えは、事態の深刻さを物語っていた。
海底五千メートルの深海に眠る古代の巨大熱源プラント――【深海マグマ熱交換炉】が、数千年に及ぶ老朽化と龍脈の深刻な目詰まりによって臨界停止。
その結果、海底都市ルルイエを暖めていた循環熱水が完全に停止し、海水の急激な温度差によって外海全域に凶悪な「死の魔海流」が発生してしまったのだという。
「このままでは、ルルイエの民数万人が凍死し、外海の豊かな生態系も完全に死滅してしまいます……!」
コーラリアが涙に濡れたアクアマリンの瞳で、すがるようにエドガーを見上げる。
「わかりました。要するに、海底炉の分解清掃と、海底送電線の敷設ですね」
「えっ……? お、おーばーほーる……?」
「要するに修理です。任せてください、俺の本職ですから」
エドガーは事も無げに言うと、すぐに作業着のポケットからツールを取り出した。
同行していたセレーナが心配そうに尋ねる。
「ですがエドガーさん、現在の外海は猛烈な魔海流と大渦が渦巻いています。どれほど頑丈な大型ガレオン船でも、海面を進めば木の葉のように粉砕されてしまいますよ?」
「水上が駄目なら、潜ればいいんですよ」
「も、潜る……!? 船ごと海の中にですか!?」
***
それからわずか一週間後。
シルフィア沿岸の秘密秘密ドックに、巨大な漆黒の巨体が姿を現した。
「ガハハハ! 完成したぜ親方! 俺たちドワーフ一族の全プライドを結集した、空前絶後の潜水魔導艦だ!」
バガンが油と煤にまみれた顔で、誇らしげに巨体の側面をバンバンと叩いた。
全長八十メートル。
漆黒の流線型を描く美しい船体は、深海一万メートルの超高水圧に耐えうる【超高純度ミスリル・チタン複合装甲】で隙間なく覆われている。
そして何より――この船には、スクリューや外輪といった突起物が一切存在しなかった。
「親方、本当にこれ、羽が回らなくても前に進むのかい?」
「ええ。――超伝導電磁推進(MHDドライブ)ですからね」
エドガーが図面を広げながら解説した。
「船底のダクト内に強力な超伝導磁場を形成し、そこに大電流を流すと、物理法則(フレミングの左手の法則)によって海水そのものが後方へ超音速で射出されます。可動部品がゼロなので、スクリューの摩擦も騒音も一切出ない。完全な無音推進です」
「海水そのものを押し出すだと……!? 相変わらず発想が神がかってるぜ親方ぁ!」
「船名は【ノーチラス号】。最高潜航深度、一万メートル。外海の魔海流だろうと、深海の猛烈な水圧だろうと、微動だにせず突き進みます」
「マスター、全機関オールグリーン。推進システム同期完了いたしました」
艦橋の操舵席に着いたアイリスが、淡々と報告する。
「コーラリア様、揺れのない快適な船旅をお約束しますよ。行きましょう、あなたの故郷へ」
「は、はい……! エドガー様!」
コーラリアの瞳に希望の光が灯る。
白銀の泡を静かに吐き出しながら、漆黒の魔導潜水艦は、未知なる深青の海の中へと滑らかに沈降していった。




