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第32話:魔力枯渇の人魚姫、急速充電に蕩ける

領主邸の地下区画に急遽設営された、清浄なナノ温水プール。

 水面に浮かぶ特製のエアクッションの上に、人間離れした幻想的な美しさを持つ一人の少女が横たわっていた。


 エメラルド色の南国の海をそのまま溶かし込んだような、艶やかなエメラルドブルーの長い髪。

 上半身は透き通るような白い肌を真珠の貝殻の胸当てで包み、下半身は虹色にきらめく見事な魚の尾びれになっていた。

 だが、その美しい鱗は深刻な乾燥と魔力枯渇により光沢を失い、あちこちが白くひび割れて痛々しい傷を晒している。


「……う、うぅ……息が……胸が、冷たい……暗闇が、迫ってくる……」


 少女は悪夢にうなされ、青紫色の薄い唇を小刻みに震わせていた。

 体温は氷のように冷え切り、体内の魔力循環はほぼ完全に停止しかけている。


「ひどい魔力飢餓状態ですね。水棲種族は呼吸器系の生体フィルターを動かすために、体内の環境魔力に依存している。それが完全に底をついて、いわゆる魔力窒息を起こしかけているんだ」

 エドガーはプールサイドに膝をつき、少女の冷え切った小さな手を取った。


「マスター、心停止まで推定三分二十秒。経口ポーションの投与は浸透圧異常による拒絶反応の危険大です」

「わかっている。――直接流し込む」


 エドガーは作業着の袖をまくり上げ、自らの掌を少女の胸元、心臓の直上へとそっと重ねた。


「――《生体リアクター起動》、海洋波形アジャスト、純水属性マイルドチャージ」


 トクン……ッ。


 エドガーの掌から、陽光をいっぱいに浴びた熱帯のサンゴ礁のような、温かく澄み切った青金色の魔力奔流が注ぎ込まれた。

 それは単なる暴力的なエネルギーではない。

 生命の源泉たる海そのものの慈愛と調和を宿した、極上の超高純度クリーン魔力だった。


「んんっ……!? あ……ぁぁぁっ……!」


 少女の細い背中が、快感と衝撃でビクンと美しく弓なりに跳ね上がった。

 白く乾ききっていた鱗が一瞬でみずみずしい虹色の輝きを取り戻し、冷え切っていた白い肌に薔薇色の鮮やかな血色がパーッと広がっていく。

 そして――。


 カァァァッ! と眩い光の粒子が少女の下半身を包み込んだ。

 光が収まった瞬間、そこにあったはずの巨大な魚の尾びれが、滑らかで引き締まった人間の二本の美しい脚へと変化していた。


「あ、足……!? 人魚の尾びれが、人間の足に……!?」

 セレーナが驚きのあまり両手で口元を押さえる。


「人魚族の上位王族は、十分な魔力補給を受けることで陸上活動用の二足歩行形態へと変態できると聞いたことがありますわ」

 フロリアが感心したように頷く。


「ふぁ……あぁ……っ……なに、これ……身体の奥が、芯からぽかぽかして……蕩けてしまいそう……」

 少女がゆっくりと長い睫毛を持ち上げた。

 現れたのは、澄み切った大粒のアクアマリンを思わせる、潤んだ瞳。

 ぼんやりと天井を見つめていた少女は、自分の手を温かく包み込んでいるエドガーの顔を視界に捉えた瞬間――ぽうっと顔から湯気が出そうなほど真っ赤に染まった。


「あ、あなた様は……海の神様、なのですか……? こんなにも甘くて……濃厚で、魂が蕩けてしまいそうな魔力……私、生まれて初めていただきました……」


「神様じゃないよ。俺はエドガー、ただの技術者だ」

「エドガー様……!」


 少女はプールから身を起こすと、生まれたての子鹿のように覚束ない二本の足で立ち上がり、そのままエドガーの胸へとぎゅっと飛びついた。


「ひゃっ!? ち、近すぎますわ!」

 アステリアが慌てて割って入ろうとするが、少女はエドガーの作業着に顔をすりすりと擦り付け、離れようとしない。


「私はコーラリア。深海五千メートルに位置する海洋王国ルルイエの第一王女です。……エドガー様、どうか私たちの国をお救いください! 海底のすべての光と温もりが、消え去ろうとしているのです!」

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