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第31話:有給休暇の延長申請と、海からのSOS

シルフィア自由連邦が成立してから、季節は巡り初夏を迎えていた。

 かつて帝国の最果ての棄民の地と呼ばれた荒野は、いまや大陸全土で最も先進的で、最も豊かな暮らしを誇る「地上最後の魔導パラダイス」として君臨していた。

 街中のすべての家庭にはクリーンな魔力電力と清潔な温水が行き渡り、夜間でも治安は完璧。超伝導リニア特急『ライトニング・エクスプレス』が毎日大陸中の主要都市を結び、人々と物資が猛烈な勢いで循環している。


 そんな奇跡の連邦を裏から支える男――最高技術顧問のエドガーはというと。


「ふわぁ……よく寝た。朝の空気が最高に美味いな」


 領主邸の最上階、プライベートテラスで、エドガーは心地よい初夏の陽光を浴びながら大きく伸びをした。

 眼前には、フロリアの加護によって瑞々しく実った広大な果樹園と、遠く地平線まで続くエメラルドグリーンの大穀倉地帯が広がっている。

 白いテーブルクロスの上には、アイリスが焼き上げたサクサクのクロワッサンと、セレーナが淹れてくれた温かいアールグレイティー、そして世界樹の果実から作った特製コンフィチュールが並んでいた。


「おはようございます、エドガーさん」

 淡い若草色のシルクドレスをまとったセレーナが、柔らかに微笑みながらカップを置いてくれる。

 大公として連邦の舵取りを一手に担う激務の彼女だが、エドガーと過ごす朝のひとときだけは、年相応の愛らしい少女の顔を見せていた。


「おはよう、セレーナ。今日も過ごしやすい素晴らしい天気だね」

「はい! エドガーさんが敷いてくださった全自動気象調整グリッドのおかげで、連邦内は一年中ずっと快適な五月晴れが保たれていますわ。農作物の実りも例年の三倍です!」


「マスター、本日のエネルギー需給レポートです」

 完璧な所作でメイド服を着こなしたアイリスが銀のトレイを携えて現れ、エドガーの肩にそっと寄り添った。

「連邦全体の電力消費は規定値の六〇パーセントで推移。マスターの生体リアクターの余剰出力は、依然として九〇パーセント以上が未使用状態です。……余剰魔力の直結急速チャージを、いつでもお申し付けください」


「アイリス、朝一番からの抜け駆けは感心しませんわ〜!」

 テラスの手すりからふわりと舞い降りてきたのは、世界樹の精霊女王フロリアだ。

 薄緑の透け感のあるドレスをはためかせ、背後からエドガーの首に柔らかな両腕を回して抱きついてくる。

「エドガーの朝一番の濃厚な生体魔力は、わたくしの世界樹の果実がいただく番ですの〜! ほら、わたくしの胸で充電して差し上げますわ!」


「こらこら、朝食中だよ」

 エドガーが苦笑しながらフロリアの柔らかな頭を撫でると、アステリアが焼きたてのプレーンオムレツを乗せた銀皿を運んで小走りでやってきた。

「エドガー様! 今朝のオムレツ、焼き加減が完璧に仕上がりました! あ、あーん……して召し上がってください!」


 四人の絶世の美女たちに囲まれ、賑やかで温かな朝食のひととき。

 前のブラック宮廷では考えられなかった、まさに天国のような日々だった。

 だが――そんな穏やかな空気を切り裂くように、バタバタと慌ただしい足音がテラスへと駆け込んできた。


「た、大変ですエドガー様! 大公閣下!」


 転がり込んできたのは、大陸商工ギルド連合の最高総帥、モルガン・ゴールドマンだった。

 大陸屈指の巨万の富を誇る大商人が、いまや仕立てのいい上着を乱し、額に滝のような脂汗を浮かべて肩で息をしている。


「モルガンさん? 落ち着いてください。冷たい果実水でも飲みますか?」

「飲んでいる場合ではございません! 海が……『外海(そとうみ)』が死にました!」


「海が……死んだ?」

 エドガーはティーカップを置き、眉をひそめた。


「大陸東岸の港湾都市群からの超特急緊急連絡です! 先週から外海の海流が完全に狂い、猛烈な大渦と黒い雷雲が吹き荒れる『死の魔海流』が発生いたしました! 大陸中のすべての商船が航行不能になり、外海に面した島々や海洋都市との海上交易が完全に寸断されたのです!」

「魔海流……自然発生的な気象異常ですか?」

「いえ! もっと恐ろしいものが……先ほど、我が商会の沿岸見張り番が、砂浜に打ち上げられていた『生存者』を発見いたしました。……信じられないことに、神話に語られる伝説の【人魚族】の少女です!」


「人魚……?」


 モルガンは青ざめた顔で、声を震わせながら告げた。


「その少女が、息絶え絶えにこう訴えているのです。『海底の古代龍脈炉が完全に止まった……このままでは、海の光が永遠に消えてしまう』と……!」

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