第29話:世界を救った男の、最高に気ままな有給休暇
帝国の解体とシルフィア自由連邦の成立により、大陸の情勢はかつてない平和と安定の時代へと突入した。
各都市の首脳陣や同盟国の国王たちからは「ぜひ連邦の初代大統領に!」「我が国の最高名誉元帥に就任してほしい!」と、エドガー宛てに親書の山が連日届いていたが――。
「すべてお断りしてください。俺は現在、有給休暇を満喫中ですので」
エドガーの即答により、すべての親書はセレーナの執務机の「保留」トレイへと直行することとなった。
***
シルフィア領の奥深く、美しく澄み切った渓谷と世界樹の雄姿を一望できる断崖の高台。
そこに新設されたのは――【エドガー専用・源泉かけ流し魔導大露天風呂】だった。
巨岩をくり抜いて作られた広大な湯船の湯口からは、エドガーの生体リアクターの余剰パルスが溶け込んだ、最高純度のナノ魔力温泉が滾々と湧き出している。
微細な気泡が肌を撫で、湯に溶け込んだミネラルと低周波魔力が、酷使した筋肉と神経を芯から解きほぐしていく。
心地よい春の青空の下、エドガーは湯船の縁の檜に頭を預け、氷結冷蔵庫でキンキンに冷やした魔導ビールを豪快に喉へと流し込んだ。
「ぷはぁぁぁっ……! たまらん……! この一杯のために生きてるな」
「マスター、お背中をお流しいたします」
真っ白なバスタオル一枚を体に巻いたアイリスが、滑らかな足取りで湯船に入ってきた。
普段は完璧な鉄面皮を崩さない機巧天使の頬が、湯気とアルコールでほんのりと桜色に上気し、エメラルドの瞳が熱っぽく潤んでいる。柔らかな手つきでエドガーの肩に温かい湯をかけ、優しく指先で揉みほぐしていく。
「わたくしだって前をお流ししますわ〜! ほらエドガー、わたくしの豊満な世界樹の果実(胸)で、極上の泡マッサージをして差し上げますの〜!」
フロリアが豊かな泡を胸元にたっぷり乗せ、エドガーの正面からむぎゅっと抱きついてくる。
「ふ、フロリアさん! 抜け駆けは許しませんわ! 私だって……エドガーさんのお世話がしたいのですから……!」
セレーナが湯船の中で真っ赤になりながら、エドガーの空いている方の腕をぎゅっと抱きしめる。
「あ、あの……私も、ご一緒してもよろしいでしょうか……?」
脱衣所の暖簾から、おずおずと姿を現したのは、淡い桃色のバスタオルを巻いたアステリアだった。
白銀の濡れ髪が肩にかかり、細身ながらも女性らしいしなやかな曲線を描くプロポーションに、エドガーは思わず吹き出しそうになった。
「アステリア様まで……!?」
「エドガー様の魔力温泉に入ると、お肌がすべすべになると聞きまして……それに、エドガー様のお傍にいたいのです……!」
四者四様の絶世の美女たちに囲まれ、立ち上る湯煙の中で押し合いへし合いの濃密な密着状態。
エドガーは幸せな苦笑いを浮かべ、ジョッキを高く掲げた。
「まったく……前のブラック職場で泥水をすすっていた頃は、こんな天国が待っているなんて夢にも思わなかったな」
「マスター。我が解析回路は、現在の幸福指数を『測定不能・カンスト』と判定しております」
「ふふ、私もですわ、アイリスさん!」
澄み切った青空に、少女たちの笑い声と水しぶきが溶けていく。
世界を救った男に与えられた休暇は、最高に甘美で贅沢なものだった。




