第22話:亡命してきた銀髪の皇女殿下
翌朝。
心地よい疲労感とともに目を覚ましたエドガーは、左右の腕と胸元にぴったりと密着し、幸せそうに天使のような寝息を立てる美少女たちをそっと起こさないようにベッドから抜け出した。
朝の熱電シャワーを浴びて作業着に袖を通し、テラスで淹れたての魔導焙煎コーヒーを啜っていたその時――。
領主邸の直通インターホンから、鋭い警告ベルが鳴り響いた。
「マスター、西境ゲートの検問防護結界より緊急通信です」
いつの間にか寸分の乱れもないメイド服に着替えたアイリスが、音もなく背後に寄り添い、情報端末のホログラムを展開した。
「帝国領側より、単身で結界を突破しようとして力尽きた一名の人型生命体を保護いたしました」
「帝国から……? またレナード伯爵のような無礼な使者か?」
「いいえ。バイオ生体スキャンおよび魔力指紋の照合完了――帝国第一皇女、アステリア・フォン・ルミナス殿下と判明いたしました」
「……皇女自らが亡命?」
エドガーはカップを置き、眉をひそめた。
アステリア皇女といえば、傲慢と腐敗に塗れた帝国宮廷において、唯一平民や孤児のために慈善救療院を私財で建設し、国民から「帝国の良心」と慕われていた誇り高き少女だった。
エドガーが地下炉心で過酷なブラック労働を強いられていた頃も、一度だけ現場を視察に訪れ、「あなたの尊い働きのおかげで、帝都の灯りが保たれているのですね。どうか無理をなさらないで」と、手作りの温かい焼き菓子を差し入れてくれたことがあった。
***
領主邸の集中医療室。
エドガーが開発した微細ナノ魔力点滴が静かにチューブを流れる中、最高級の羽毛ベッドに横たわっていた少女が、ゆっくりと長い睫毛を震わせた。
「ん……っ……ここは……天国……?」
透き通るような白銀の長髪に、深いサファイアを思わせる瞳。
だが、かつて気品に満ちていた皇女の身体は、長旅の飢えと極度の疲労によって痛々しいほど痩せ細り、身につけていたシルクのドレスは泥と自らの血で無惨に引き裂かれていた。
「気がつきましたか、アステリア殿下」
「あ……あなた、は……エドガー……技師長……?」
アステリアは虚ろな瞳を大きく見開き、信じられないものを見るようにエドガーの顔を見つめた。
そして次の瞬間――シーツを跳ね除け、痛む身体を引きずってベッドから床へと転がり落ち、両手を突いて額を石畳に擦り付けた。
「エドガー様……! どうか……どうか、愚かな帝国を……帝都の罪なき数十万の民たちをお救いください……!」
「アステリア殿下、顔を上げてください。病み上がりの身体に障ります」
エドガーが慌てて抱き起こそうとするが、アステリアは頑なに首を横に振り、大粒の涙をボロボロと床に零し続けた。
「父上……皇帝陛下は、大停電による国家崩壊の心痛で倒れられ、いまだ意識が戻りません……! 宮廷を牛耳っていた軍閥貴族たちは、私財と食料を抱えて我先にと他国へ逃亡し、残された帝都には暖房も、パンも、水すらありません……! 今この瞬間にも、氷点下の寒波の中で、罪のない子供たちや老人たちが凍死の危機に瀕しています……!」
「……そこまで崩壊が進んでいたのですか」
「すべては、我が皇室が無能の誹り恐れ、あなた様の計り知れない英知を理解せず、理不尽に追い出した因果応報です! 私をどのように処罰していただいても構いません! 奴隷として売り飛ばしていただいても、広場で首を刎ねて晒し者にしていただいても結構です! ですから……どうか、飢え凍える民に、温もりと光を届けてはいただけないでしょうか……!」
自分の命など路傍の小石のように投げ捨て、ただ民の救済を願って泣き崩れる皇女。
その澄み切った瞳には、かつてエドガーを陥れたギルバートやアルマンのような醜悪なエゴは微塵も存在しなかった。
エドガーは静かに息を吐き、保温トレイから温かいコンソメスープの入った木椀を取り出すと、アステリアの震える両手にそっと握らせた。
「奴隷にもしませんし、首も刎ねませんよ。うちのシルフィアは、そんな野蛮なことはしない国です」
「エ、エドガー様……?」
「ちょうど、帝都までレールを敷こうと思っていたところです。――アステリア様、あなたには帝国の臨時全権代表として、我が国との【包括的エネルギー救援条約】に調印していただきます」
「きゅうえん……条約……!?」
「ええ。帝都の市民たちを、寒波なんぞで凍え死なせはしません。俺の造った世界最速の列車で、ありったけの温かい食料と魔力バッテリーを届けてあげましょう」
エドガーの温かい眼差しと力強い言葉に、アステリアの胸の奥から熱い感情が込み上げた。
スープの湯気の中で、少女は声をあげて泣きじゃくった。
暗黒の底に沈んでいた帝国を照らす真の光が、いま静かに動き出そうとしていた。




