第19話:古代兵器の主砲起動テスト
シルフィア領の北端、赤岩連峰の最高峰に位置する天然の要塞岩盤。
そこに据え付けられていたのは、旧時代の遺物とは思えないほど洗練された流線型の超巨大兵器だった。
全長三十メートルにおよぶ二連装の砲身。
赤岩渓谷の古代遺跡深くから発掘された、旧文明の戦略防衛砲――【収束共振魔導砲】である。
発掘当初は主砲バレルの内部が経年劣化でボロボロに侵食され、送電系も完全に焼き切れていたため、ただの巨大な鉄パイプの残骸に過ぎなかった。
だが今、その砲身はバガンの手によって叩き出された最高純度の超伝導ミスリル鋼で完全に再ライニングされ、鏡のように銀色の光を反射していた。
「親方! バレルの同軸アライメント、誤差千分の一ミリ以内で据え付け完了したぜ! 耐圧テストも完璧だ!」
バガンが油まみれのタオルで汗を拭いながら、主砲の基部から顔を出してサムズアップした。
「ご苦労様です、バガンさん。アイリス、共振回路の接続状況は?」
「全ライン、正常に導通。シルフィア中央変電所からの超高圧送電ケーブル、接続完了。システム同期率、九九・八パーセント。いつでも撃てます、マスター」
アイリスの背中から伸びた光ファイバーケーブルが主砲のコンソールに直結され、膨大な制御データをリアルタイムで処理している。
「エドガーさん……本当にこの山の上から発射テストを行うのですか?」
見学に同行していたセレーナが、防音用のイヤーマフを両手で押さえながら心配そうに尋ねた。
「標的は、あそこに見える無人の『黒角岩山』ですわよね? ここから優に十キロメートル以上離れていますけれど……」
セレーナが指さす先には、領境の遥か彼方にそびえ立つ、標高五百メートルほどの黒々とした巨大な岩山が小さく見えていた。
通常の投石器や火炎魔法の射程がせいぜい数百メートルであることを考えれば、十キロ先の標的を狙うなど神業どころか狂気の沙汰である。
「ええ。十キロ先の標的の、中心部にある巨岩を狙います。火薬も火炎魔石も使いません。純粋な交番魔力パルスによる【空間振動収束弾】です」
エドガーはコンソールのメインスイッチに手をかけた。
「帝国の旧式魔導砲のように、爆薬で砲弾を飛ばすのではありません。超高周波の共振波をレーザーのように極限まで絞り込んで撃ち出し、標的を構成する分子の結合そのものを共振させてプラズマ分解します」
エドガーがレバーを一気に押し込んだ。
「インパルス・キャノン、主電源直結――発射!」
キィィィィィィィィィィン……ッ!!
耳をつんざくような爆発音はしなかった。
代わりに響いたのは、大気そのものが悲鳴を上げるような、超高周波の澄み切った共鳴音だった。
二連装のミスリル砲身の先端に、目が眩むほど純粋な白銀の光球が凝縮され――次の瞬間、極細の光の槍となって彼方の空を一直線に貫いた。
光条が放たれた瞬間、大気が真空のトンネルとなって切り裂かれ、遅れてズドォォォォォンッ!という衝撃波の轟音が渓谷を揺らす。
そして――十キロメートル彼方の黒角岩山に光条が着弾した。
ドゴォッ……という鈍い地響きとともに、信じがたい光景が広がった。
爆発の炎や噴煙などは一切上がらない。
光条に触れた山頂部の巨岩数十万トンが、まるで夏の朝の霧のように、音もなく真っ白な光の粒子となって融解・蒸発したのだ。
光が収まった後、そこには――山頂がスプーンで綺麗にえぐり取られたかのような、巨大なすり鉢状のクレーターだけがポッカリと口を開けていた。
「な…………っ!?」
セレーナは言葉を失い、イヤーマフを外したまま凍りついた。
山が、消えたのだ。十キロメートルも離れた場所からの一撃で、巨大な岩山が文字通り消滅した。
「ギャハハハハハッ!! 見ろよあの威力! 岩が豆腐みてえに消し飛んじまったぞ!!」
バガンが腹を抱えて大歓声を上げる。
「マスター、射撃結果の解析完了。目標座標からのズレ、わずか三ミリメートル。着弾エネルギー効率、計画値の一二〇パーセントを達成。これにて本機は、対要塞・対巨大魔獣用迎撃兵装として実戦投入可能です」
アイリスが淡々と報告を締めくくった。
***
その頃。
岩山の麓、数キロ離れた森林の物陰で望遠鏡を覗いていた帝国の密偵たちは、全員がその場にへたり込み、股間を生温かい液体で濡らしていた。
「ば、化け物だ……! あんなもの……あんなもの、帝国全軍の浮遊艦隊が集まったって、一瞬で消し炭にされるぞ……!」
「に、逃げろぉぉぉっ! 皇帝陛下に報告だ! シルフィア領に手を出したら、帝国が滅びるぞぉぉぉっ!!」
密偵たちは武器も脱ぎ捨て、狂ったように帝都へ向けて逃げ出していった。
シルフィア領の絶対的な防衛力は、こうして帝国の軍部へと知れ渡ることとなったのである。




