第18話:勇者ギルバートの土下座未遂
シルフィア領の南門ゲート。
澄み渡る冬晴れの空の下、最新の超伝導ミスリル装甲で補強された防壁の前に、二つの惨めな人影が立っていた。
泥だらけのボロボロの外套を羽織り、寒さに震えながら門兵にすがりついているのは、かつて帝国最強と持て囃された勇者ギルバートと、聖女エレナだった。
「頼む……通してくれ! 俺はエドガーの大親友のギルバートだ! 幼馴染のよしみで、彼に大事な話があるんだ!」
「そうですわ! 私はエドガー様の元婚約者候補のエレナです! エドガー様に会わせてくだされば、あなたたちの給料を百倍にしてあげますから!」
門兵たちは冷ややかな目で二人を見下ろしていた。
シルフィア領の兵士たちが身につけているのは、エドガーが設計した軽量高密度のミスリルチェインメイルと、寒さを完全に遮断する電熱インナー。肌ツヤも良く、栄養の行き届いた精悍な顔つきをしている。
対する勇者と聖女は、垢じみた顔に無精髭、飢えで頬がこけ、どちらが物乞いか分からない有様だった。
ウィィィン……と静かなモーター音を立てて、門扉がスライドして開いた。
奥から姿を現したのは、黒い上質な外套を羽織ったエドガーと、その背後に控えるアイリス、そして巨大なモンキーレンチを肩に担いだバガンだった。
「エ、エドガー……! エドガーじゃないかぁぁぁっ!!」
ギルバートは歓喜の叫びを上げ、這いつくばるようにエドガーの足元へと駆け寄ろうとした。
「動くな。それ以上接近した場合、右脚の膝蓋骨を貫通します」
カチャリ、と無機質な金属音が響く。
アイリスが右腕の装甲を展開し、青い光を収束させた魔力レールガンをギルバートの鼻先に突きつけていた。照準レーザーがギルバートの眉間を正確に捉えている。
「ひぃっ!? な、なんだこの人形は……!?」
ギルバートが腰を抜かして後ずさると、エドガーが小さく手を挙げてアイリスを制した。
「いいよ、アイリス。……それで、元勇者様と元聖女様が、何の用ですか? ここは追放された『無能の寄生虫』が住む、最果てのゴミ捨て場のはずですが」
エドガーの底冷えのするような声に、ギルバートは引きつった笑みを浮かべた。
「よ、よせよエドガー! 昔の冗談をまだ根に持っているのか? 俺たちはずっと苦楽を共にしてきた仲間じゃないか! あの時はちょっと酒に酔って、アルマンの爺さんに言われて仕方なくだな……!」
「仲間、ですか」
エドガーは冷淡に事実を羅列した。
「迷宮探索の荷物運びをすべて俺に押し付け、自分たちは高級宿に泊まりながら俺には馬小屋で寝るよう命じ、俺の給料の九割を着服して豪遊していた。それがあなた方の言う『仲間』ですか?」
「ぐっ……! そ、それは、お前を一人前の男に鍛え上げるための試練だったんだよ! なあ、昔のことは水に流そう! 俺は反省した! だから……」
ギルバートは腰から、錆びついた聖剣『レーヴァテイン』を両手で差し出した。
「頼む、エドガー! この聖剣に、昔みたいに魔力を満タンにしてくれ! お前の循環技術なら一瞬だろ!? これさえ光れば、俺はまたSランクの魔獣を倒して大金を稼げる! 稼いだ金の半分……いや、三割をお前に分けてやるからさぁ!」
その浅ましさに、後ろで聞いていたバガンが顔を真っ赤にして激怒した。
「てんめええええぇぇぇっ!! どのツラ下げて親方にそんな寝言をぬかしてやがるんだ薄汚え小僧が!! 親方の神がかった技術を、テメエの小遣い稼ぎの道具にする気かぁっ!?」
バガンがモンキーレンチを振り上げると、ギルバートは悲鳴を上げて頭を抱えた。
すると今度は、聖女エレナが媚びるような猫撫で声を出しながら、胸元を大きくはだけさせてエドガーに擦り寄ってきた。
「エドガー様ぁ……! 私、ずっとエドガー様のことが好きでしたの! あんな野蛮なギルバートなんて大嫌い! 私をこの領地に置いてくださいまし! エドガー様の夜のお世話でも何でもいたしますわ! ねえ、私を抱いて……っ!」
「不潔です。対象の生体汚染レベル、許容値を大幅に超過。排除を具申します」
アイリスが氷のように冷たい声で言い放ち、指先からパルス電撃を一閃させた。
バチィッ!!
「きゃああああっ!?」
エレナの足元の地面が弾け、泥水がその薄汚れたドレスと顔に跳ね返った。エレナは尻餅をつき、泥まみれになって喚き散らす。
「な、何よこのブリキ人形! 私は帝国の聖女よ! この泥棒猫がぁっ!」
「お引き取りください」
エドガーは二人を見下ろし、吐き捨てるように言った。
「あなたたちに貸す魔力も、恵んでやる食料も、この領地には一欠片もありません。俺の魔力は、俺を必要とし、信じてくれた人々の暮らしを豊かにするためにだけ使います」
「エ、エドガー! 頼むよぉぉぉっ! 土下座するから! 靴でも何でも舐めるからぁぁぁっ!!」
ギルバートが泥水の中に膝をつき、額を地面に擦り付けようとした――その瞬間。
「見苦しい真似はおやめなさい!」
凛とした声とともに、セレーナが衛兵を引き連れて現れた。
その手には、領主としての正式な退去通告書が握られていた。
「シルフィア領法第七条に基づき、貴方たち二人を【永久追放および領地立ち入り禁止処分】といたします! 衛兵、この者たちを領外へ排除しなさい!」
「はっ!」
電熱装甲を纏った屈強な衛兵たちが、喚き叫ぶギルバートとエレナの首根っこを掴み、問答無用でゲートの外へと引きずり出していった。
「エドガー殿、ご不快な思いをさせて申し訳ありませんでした」
「いいえ、セレーナ様。これで過去の因縁には完全にケリがつきました」
エドガーは清々しい表情で振り返り、工房の煙突を見上げた。
「さあ、戻りましょう。帝国の嫌がらせに備えて、防衛用の『主砲』の最終調整を終わらせなければなりません」




