第17話:魔力切れで凍える帝国の惨状
大陸全土を猛烈な冬の寒波が襲っていた。
例年であれば、帝都ルクスリアは地下炉心から送られる潤沢な魔力によって街全体が温水パイプで暖められ、真冬でも春のような温もりを享受しているはずだった。
しかし今年の帝都は、地獄のような氷の檻と化していた。
「さ、寒い……! 誰か暖炉に火をくべろ! 凍え死んでしまうではないか!!」
宮殿の謁見の間。皇帝アルベルトは三枚もの白熊の毛皮を重ね着し、唇を紫色に震わせながら怒鳴り散らしていた。
だが、豪奢な大理石の暖炉で燃えているのは薪ではない。
かつて歴代皇帝が愛用した純金装飾のアンティーク椅子や、国宝級の絵画の額縁だった。薪の備蓄などとっくに尽き、木製の調度品を手当たり次第に叩き壊して燃やすしかなかったのだ。
「も、申し訳ございません陛下……! 温熱魔導装置の起動を試みているのですが、中央炉心の魔力圧が下限値を下回っており、点火すら叶いません……!」
床に額を擦り付けて震えているのは、宮廷魔導士長アルマンだった。
かつてエドガーを「寄生虫」と罵って追放した張本人である。彼のやつれた顔には隈が刻まれ、豪華だった魔導ローブは煤と埃まみれになっていた。
「言い訳は見苦しいぞアルマン! 貴様はエドガーを追い出す際、『あのような循環士の雑用など、宮廷魔導士が片手間で代行できる』と豪語したではないか! あれから一ヶ月、貴様は何一つ炉心を動かせておらんぞ!」
「ひ、ひぃぃっ! そ、それは……! あ奴が地下炉心に仕組んだ循環回路が、あまりに奇怪で複雑奇怪なためでして……! 我ら第一級魔導士が百名がかりで魔力を注入しても、なぜか途中で激しい逆流と過熱を起こし、昨日も三名が魔力暴走で爆死いたしました……!」
アルマンの報告に、貴族たちから悲鳴が上がる。
当然である。エドガーが日々行っていたのは、単なる魔力の注入ではない。
三千本におよぶ魔力配管の周波数を微調整し、地脈の脈動に合わせてインピーダンスを整合させ、高調波歪みを打ち消すという、神懸かり的な動的バランシングだったのだ。
それを理解できぬ無能どもが力任せに高純度の魔力を注ぎ込めば、送電網が共振を起こして炉心が自爆するのは工学的に必然だった。
その時、謁見の間の重い扉が開き、二人の男女がみすぼらしい足取りで入ってきた。
勇者ギルバートと、聖女エレナだった。
かつて黄金に輝いていたギルバートの聖鎧は、泥と錆に塗れ、あちこちがひび割れていた。
自慢の金髪はボサボサに乱れ、腰に差した伝説の聖剣『レーヴァテイン』は、魔力の供給が完全に途絶えたことで刃先がくすみ、ただの重い鉄の棒と化している。
聖女エレナも同様だった。純白の聖職服は薄汚れ、握りしめた治癒の錫杖の宝玉は、光を失って濁った灰白色に沈んでいた。
「き、貴様ら……! 討伐任務はどうした!? 帝都近郊に出没したアイスウルフの群れを掃討せよと命じたはずだぞ!」
皇帝が詰問すると、ギルバートは悔しさに歯をギリギリと鳴らしながら、うなだれた。
「も、申し訳ありません……。聖剣の魔力チャージが切れており……ただの狼相手に刃が通らず、命からがら逃げ帰ってまいりました……」
「な、何だとぉぉぉっ!? 勇者ともあろう者が、雑魚の狼一匹倒せずに逃げ出したというのか!?」
「せ、聖剣が光らないのです! 魔力を込めようとしても、大気中の魔力濃度が希薄すぎて吸い上げられず、切れ味はナマクラ刀以下なのです! エレナの回復魔法も、触媒の魔石がすべて放電して使えません!」
ギルバートの釈明に、エレナも涙目で追従した。
「そ、そうですわ陛下! 私たちパーティの維持費として支給されていた魔石が、すべて空っぽなのです! 街の冒険者ギルドへ行っても、『魔力のない役立たずの勇者なんぞに酒を出すツケはない』と門前払いされ……!」
「黙れ! 役立たずどもが!!」
皇帝は手元にあった金の杯をギルバート目掛けて投げつけた。杯はギルバートの額に命中し、鈍い音を立てて転がる。
「前線も動かん、帝都は凍え、経済は崩壊……! すべてはあのエドガーという男を失ったことが発端ではないか! おい、シルフィア領へ派遣したレナードはどうなった!?」
その問いに、近衛兵の隊長が青ざめた顔で進み出た。
「は、報告いたします! レナード伯爵一行が先ほど帝都へ帰還いたしましたが……全員の髪が爆発してアフロ頭になり、錯乱状態で『親方ぁぁぁ!』と叫びながら泡を吹いて倒れました! シルフィア領はすでにエドガーの手によって独自に要塞化され、帝国の命令には一切従わないと……!」
「おのれぇぇぇぇぇっ!!」
皇帝の絶叫が、冷え切った玉座の間に木霊した。
その傍らで、ギルバートは血走った目をギラつかせ、拳を強く握りしめていた。
(エドガー……! てめえ、辺境でいい気になりやがって……! 俺が直々に乗り込んで、昔のように俺の靴を舐めさせてやる……! 魔剣さえ充電させれば、俺は再び世界を救う勇者なんだ!!)




