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第14話:帝国からの督促状と使者の傲慢

帝都が未曾有の大停電に見舞われてから、二週間が経過していた。

 壮麗を極めた白亜の宮殿は、いまや黒煙を吹き上げる粗悪な薪の煤で薄汚れ、豪奢なシャンデリアはただのガラスの塊と化していた。貴族たちは凍える部屋で毛皮のコートを着込み、下水道のポンプが停止したことで街中には悪臭が充満していた。

 皇帝の怒号と、宮廷魔導士長アルマンの胃を痛める悲鳴が響き渡る中、ひとつの「調査報告」がもたらされた。


『東方の最果て、貧相なシルフィア領において、突如として不可解な大電力の反応と、大量の高品質食料の収穫が確認された』と。


 そして今――シルフィア領の領境ゲートに、数頭の痩せこけた馬に引かせた豪奢な馬車と、三十名の帝国正規軍重装歩兵隊が到着していた。


「な、なんだこの街は……!? ここは帝国でも最底辺の貧民街のはずではなかったのか!?」


 馬車の窓から顔を出した帝国宮廷特使――レナード伯爵は、目の前に広がる光景に顎が外れんばかりに驚愕していた。

 ぬかるんだ泥道などどこにもない。

 滑らかに舗装された石畳の道路が遥か先まで続き、その両脇には等間隔で銀色の魔導街灯が立ち並んでいる。

 行き交う領民たちの顔には飢えや絶望の色など微塵もなく、清潔な綿の服を着て、焼きたての白パンを抱えながら談笑しているのだ。

 帝都の住民が寒さと飢えで暴動を起こしかけているというのに、この辺境の地には、まるで別世界の楽園のような豊かさと活気が満ち溢れていた。


「お、おい! 案内しろ! 領主のセレーナと、あの落ちこぼれの循環士エドガーの元へだ!」

 レナード伯爵は馬車を降りると、鼻につく香水を振りまきながら、領主館の正面玄関へと乱暴に乗り込んできた。


 領主館の応接間。

 セレーナが冷ややかな視線でソファーに腰掛ける中、エドガーはその隣で静かに紅茶を淹れていた。

 ドカドカと土足で踏み込んできたレナード伯爵は、テーブルの上にドスンと重々しい漆塗りの親書を叩きつけた。


「貴様がエドガーだな! 宮廷を追放された身でありながら、辺境の小娘をたぶらかし、このような贅沢に耽っているとは言語道断であるぞ!」


 レナードはエドガーを小汚い虫けらでも見るような目で見下し、尊大に胸を反らせた。


「皇帝陛下は大変にお怒りである! 貴様が去ってからというもの、帝都の地下炉心が不調をきたし、一時的な魔力低下に見舞われているのだ! これはすべて、貴様が引き継ぎを怠って逃げ出した職務放棄の罪によるものである!」

「職務放棄、ですか」

 エドガーは眉一つ動かさず、ティーカップをソーサーに置いた。


「俺は勇者ギルバート様と宮廷魔導士長アルマン様から、正式に『無能の寄生虫』として解雇処分を受け、追放されたはずですが。職務放棄も何も、雇用契約はあの日をもって完全に終了しています」

「黙れッ! 落ちこぼれの循環士風情が、宮廷の重鎮に対して口答えするか!」


 レナードは唾を飛ばしながら、テーブルの上の親書を指先でトントンと叩いた。


「皇帝陛下の寛大なる温情により、貴様に罪を償う最後の機会を与えてやろうというのだ! ありがたく平伏して拝聴せよ!」


 レナードは羊皮紙を広げ、芝居がかった甲高い声で読み上げ始めた。


『一、エドガーは直ちに帝都へ帰還し、不眠不休で地下炉心の再起動と魔力供給の正常化に従事すること。

 一、シルフィア領において開発された「高周波製鉄技術」「超伝導ミスリル鋼」「魔導工作機械」、および領内のすべての食料備蓄と発電設備を、帝国政府へ無償で接収・上納すること。

 一、これらに従うならば、エドガーの追放処分を解き、再び宮廷の下級魔力給仕係として雇い入れてやるものとする』


 読み終えたレナードは、ふん、と満足そうに鼻を鳴らした。


「どうだ? 身に余る光栄であろう! 帝都へ戻れば、再び宮廷の飯を食わせてやるというのだ。さあ、直ちに荷物をまとめ、この領地の技術台帳とミスリル鋼を馬車に積み込め!」


 応接間に、重苦しい沈黙が降りた。

 セレーナの拳が、怒りでワナワナと震えていた。

 自分たちが血の滲むような思いで開拓し、エドガーの英知によってようやく手に入れた平和と技術を、すべて無償で強奪しようというのだ。しかも「下級給仕係にしてやる」などという侮辱を添えて。


「レナード伯爵……! そのような理不尽な要求、到底受け入れられません! エドガーさんはこのシルフィア領の最高技術顧問であり、我が領民にとってかけがえのない大恩人です! お引き取りください!」

「黙りなさい、田舎貴族の小娘が!」

 レナードは侮蔑を露わにしてセレーナを一喝した。


「帝国の命令は絶対だ! 貴様のような落ちぶれ貴族など、陛下のひと声で領地ごと取り潰すことなど造作もないのだぞ!」

 そしてレナードは、冷徹な視線をエドガーに向けた。


「エドガー、貴様の返答はどうなのだ? まさか、帝国の威光に逆らえるとでも思っているのか?」


 エドガーは静かに立ち上がった。

 その表情には、怒りも、焦りも、恐れもなかった。

 ただ、不出来な不良品をゴミ箱に捨てる時のような、底冷えのする冷淡な笑みが浮かんでいた。


「返答ですか? ――ええ、もちろん【ノー】です。お引き取り願えますか、無能な泥棒の皆さん」

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