第13話:超伝導ミスリルと魔導工作機械
「う……美しい……! これが、本当に鉄なのか……!? 神話に出てくる神々の銀塊じゃねえのか……!?」
赤岩連峰の麓に急ピッチで建設された【シルフィア中央魔導製鉄所】。
二重螺旋の魔力誘導コイルが青白いコロナ放電を放つ真空チャンバーから、巨大なトングで引き上げられた純白のインゴットを見つめ、バガンは両手を震わせて拝むように息を呑んでいた。
それは、太陽の光を浴びて鏡のように銀色の輝きを放つ、傷ひとつない【超伝導ミスリル鋼】の塊だった。
従来の木炭炉で作られたミスリルは、どれほど丹念に鍛錬しても微細な気泡や炭素の不純物が混ざり、表面に黒ずんだ斑点が現れるのが常だった。
だが、エドガーの高周波誘導炉で無酸素溶融され、急速冷却されたミスリル鋼は、分子配列が完璧に整列した結晶体そのものだった。
「ミスリル純度、九九・九九九パーセントを検出。内部歪み、ゼロ。魔力伝導損失、計測限界以下を記録しました。……マスター、バガン殿の金型成形技術は極めて優良です」
傍らに控える古代機巧天使のアイリスが、水晶の計測器から視線を上げ、淡々とした鈴のような声で告げた。
「へ、へへっ……! アイリスの嬢ちゃんに褒められちまったぜ! だがよ、俺の腕じゃねえ、親方の設計したこの炉が凄すぎるんだよ! 温度が狂わねえから、叩く前から鉄が素直に言うことを聞きやがる!」
バガンは照れ臭そうに白い髭を指で擦りながら、満面の笑みを浮かべた。その瞳は、数十年前の少年のように生き生きと輝いている。
エドガーは出来上がったインゴットの表面をコンコンと指先で弾いた。
キィィィン……と澄み渡る金属音が、数秒間にわたって工場内に心地よく響き渡る。
「素晴らしい母材です。内部応力も完全に抜けていますね。バガンさん、この超伝導ミスリル鋼を使って、早速次のステップに進みましょう」
「おうよ、親方! 次は何を打てばいい!? 魔王の首をも跳ね飛ばす神剣か!? それともドラゴンのブレスを防ぐ無敵の盾か!?」
「いえ、そんな旧時代の武器は作りません」
「えっ? じゃあ一体何を……?」
「旋盤とフライス盤です」
エドガーが作業台の上に広げた新たな設計図に、バガンは太い眉を寄せて首を傾げた。
そこに描かれていたのは、回転する主軸に金属の棒を固定し、超硬質のバイト(刃物)を押し当てて削り出す頑丈な機械と、高速回転するフライス刃で金属を平滑に削り落とす機械の構造図だった。
「これらは【工作機械】――機械を作るための母なる機械です」
「工作……機械……? 鉄を、機械で削るのか……?」
「ええ。ドワーフの職人が何日もヤスリをかけて指先の感覚で作っていた精密なネジやボルト、歯車、ベアリング、ピストンシリンダーを、誰が操作しても千分の一ミリの精度で、一日に何百個も寸分の狂いなく削り出せるようになります」
「な、なんだとぉぉぉっ!?」
バガンは目玉が飛び出さんばかりに叫んだ。
「ネジ一本、歯車一枚削るのに、ヤスリで指を血豆だらけにして何年も修行する苦労はどこへ行っちまうんだ!? そんなもん、職人の誇りが廃るんじゃねえのか!?」
「逆ですよ、バガンさん」
エドガーは穏やかな笑みを浮かべ、老ドワーフの肩に手を置いた。
「職人がその貴重な人生と才能を、単純なボルト削りや同じ歯車の繰り返し加工に浪費するべきじゃない。規格化された部品の量産は機械に任せ、職人はより高度な設計、試作品の開発、新しい合金の探求といった『人間にしかできない創造的な領域』に全精力を注ぎ込むべきなんです。この機械の刃先には、あなたが一生をかけて培ってきた『削りの極意』をそのまま組み込むんですよ」
「俺の……削りの極意を……機械に……!」
バガンの胸に、熱い衝撃が走った。
エドガーは職人の技を軽視しているのではない。誰よりも職人の価値を理解し、その技術を何万倍にも増幅して世界を豊かにしようとしているのだ。
「わ、分かったぜ親方……! 俺の魂を、このマザーマシンって奴に全部注ぎ込んでやるよ!!」
***
それからわずか五日後。
完成したシルフィア製マザーマシン第1号機からは、鏡面のように磨き上げられたミスリル製ボールベアリングと、狂いのない精密ボルトが、リズミカルな作動音とともに次々と吐き出されていた。
そしてその日の夕方。
領主館の厨房には、エドガーが設計し、バガンが削り出した部品で組み上げられた最新の設備が据え付けられていた。
「きゃっ……! まあ、エドガーさん、これはいったいなんですの!?」
厨房に入ってきたセレーナが、驚きの声を上げた。
黒く輝く平滑なガラス天板――【魔導インダクション・クッキングヒーター(IH調理器)】。
そしてその隣には、純白のミスリルパネルで覆われた背の高い金属箱――【氷結圧縮式魔導冷蔵庫】が静かに佇んでいた。
「薪も炭も使わずに料理ができる加熱台と、食材を氷のように冷やして何週間も鮮度を保つ冷蔵庫です。試運転がてら、今夜の夕食を作ってみました」
エドガーがフライパンをIH天板に置くと、火花も炎も上がらないのに、バターが一瞬でジュワッと音を立てて溶け、香ばしい香りが立ち上った。
大農園で採れた新鮮な地鶏の胸肉をソテーし、冷蔵庫から取り出したキンキンに冷えた世界樹の白ワインを注ぎ入れる。
「火がないのに……お肉がこんなに均一に、美しい黄金色に焼けていきますわ……!」
「冷暗魔石の冷気をミスリル配管で循環させて庫内を一定温度に保っています。野菜もシャキシャキのままですし、お肉も腐りません」
その夜、食卓を囲んだセレーナ、アイリス、そして招待されたバガンは、煙臭さのまったくない極上のチキンソテーと、冷たく澄み切った白ワインに舌鼓を打った。
「う、うめぇ……! 冷えた酒ってのは、こんなにも喉越しが良くて美味いもんだったのか……! 親方、俺はもう元の生活には戻れねえよ!」
バガンが豪快にジョッキを飲み干し、髭をビール泡で白く染めて破顔する。
セレーナもまた、頬をほんのり桜色に染めながら、エドガーをうっとりと見つめていた。
「エドガーさんの手にかかると、暮らしのすべてが魔法のように美しく、豊かになっていきますわね……」
「いえ、これは魔法ではなく工学の力です。……ですが、この豊かな暮らしを守るためにも、そろそろ外からの『招かれざる客』に備えなければなりませんね」
エドガーはテラスの外、南の空を見つめた。
帝都からの使者が、すでに領境の監視結界に引っかかっていた。




