八咫烏 1
昼前の防衛省特殊自然災害対策室の最奥、ダークブラウンの木目が綺麗な扉の向こうに室長室があった。
広めの部屋なのだが、壁一面の本棚のせいで圧迫感を感じる。置かれている書物は魔道、呪術、陰陽道、その他にも祓魔、召喚術等など、一般には手に入らないような書物が所狭しと並んでいる。
そんな室長室の奥にある執務机に腰掛けるのは、防衛相特殊自然災害対策室長、大国 大志だ。
ガタイの良い体格に、白髪交じりの短髪の男性が、提出された報告書に目を通している。
コンコンコンッ
ノックの音が室内に響く。
「入れ」
大国の低い声が返事をする。
「失礼します。天津課長、山祇係長、両名をお連れしました」
そう言ったのは、金髪碧眼のロングヘアーの美女だ。年齢は20歳くらいに見える。艶やかで美しい女性なのだが、どこかこの世界からズレているような、そんな不自然さを持っていた。
「手間をかけたな、カティア」
「いえ、一応秘書も兼ねておりますので」
カティアと呼ばれた、金髪碧眼の美女が微笑みながら答える。
「二人とも疲れているところ悪いのだが、この報告についてだ。天津 恵美が覚醒の兆候があるという報告についての確認だ。これは、母親である天津課長が直接確認をしているから、間違いはないだろうが、事前に聞いていた話では、天津 恵美がアマテラス因子の力を覚醒する見込みはないはずだったが?」
大国は静かに話を進めた。まずは事実確認から。どうやら事前情報と食い違っているところがあるようだ。
「はい。理屈から言えば、恵美がアマテラス因子の力を覚醒させる可能性は極めて小さい……はずでした」
美奈子にしては珍しく自信なさげな口調になっている。
「理屈とは?」
「はい。まず、天津家の人間であっても、必ずしもアマテラス因子の力が覚醒するわけではないということ。つまり、アマテラス因子の力を覚醒することができないまま、世代を重ねてしまうことがあるということです」
「今の天津家の状況がまさに、そういう状況だと聞いているが」
「仰る通りです。実際に私はアマテラス因子の力を覚醒させることはありませんでした。可能性があったのは、姉ですが、その姉も覚醒の兆候があっただけで、結局、覚醒には至りませんでした」
「あまり、人の家庭事情を探るのは、今のご時世良くないとは分かっているが、差し支えなければ続きを聞かせてもらえるか?」
昔と違い、同僚のプライベートのことはあまりずけずけと聞くことは難しい。だが、美奈子も事情は分かっているので、プライベートがどうとかを主張するつもりはなかった。
「問題ありません。まず、恵美がアマテラス因子の力を覚醒させる可能性が極めて低い理由なのですが、父親の柳 恵介が大きな理由となっています」
「先週、魔障に襲われた彼がか?」
大国が報告資料に目をやる。平凡な中年男性。それが、柳 恵介への印象だ。
「はい。柳 恵介は一般人です。魔障や魔法に対する特別な才能は何も持っていません。覚醒する兆候もなかった私と、魔法の才能も血筋もない一般人である柳 恵介との間に生まれた恵美が、アマテラス因子の力を覚醒させるなんて、考えられないことなのです。ですから、天津の本家も私達を放置していたということです」
「なるほどな。血筋も才能もないか……。その子供が覚醒するなど思いもしないというわけだな」
「そういうことです。逆に姉の方は、夫に迎えた人物が神道では有数の家系です。魔法の――ええと、向こうの呼び方では、神言術といいますが、その神言術の才能もある人だと聞いています。なので、天津家としては、姉の方に大きな期待を寄せていました」
才能のある姉と無才能の自分。美奈子はいつも姉と比べられて生きていた。だが、美奈子は姉に劣等感を抱いたことはない。アマテラス因子の力を覚醒させるということ以外であれば、美奈子は圧倒的に姉よりも優れていた。だが、天津家の評価はアマテラス因子の力を覚醒させるかどうかが全て。他の全てが勝っていようが関係なっかた。おかげで、美奈子は天津家を出ることができて済々したという過去がある。
「天津課長の姉の子はどうなっている?」
「姉の子にアマテラス因子の力が覚醒する兆候があるとは聞いていません」
「そうか……。天津家から何か話は来ているか?」
「いえ、今のところは特に……。ただ、近いうちに何か言ってくる可能性はあります」
「家に戻れと、そういう類の話だな」
「はい。勘当されたも同然に家を出ましたので、今さ戻る気など毛頭ありませんが……」
用無しと蔑まれ、家を出た後も放置されていたにも関わらず、今さら掌を返されてもまとも取り合う気など更々なかった。
「天津家も大人しく引き下がるとは考えにくいが……?」
「そうでしょうね。天津家以外にも加具土家や武甕家がどう出てくるか……。面倒な話です」
うんざりしたような表情で美奈子が答える。
「その話は分かった。こちらでも対応は考えておこう。では、次だ――天津 恵美の護衛となった柳 恵介氏のことだが、先日の訓練では想定を上回る成果を上げたということだが」
「その件に関しては私から報告いたします」
そう言って前に出てきたのは山祇だった。
「聞こうか」
「まず、今回の訓練の目的なんですが、天津 恵美さんに現実を理解してもらうことと、護衛の柳 恵介氏にもより危機感を持ってもらうことが主目的でした。ですので、最終的には特災の部隊が二人を救出して終わり。柳氏にはもっと力をつけてもらわないと娘を守れないですよ、という話をするつもりでした」
山祇は淡々と説明を始めた。
「実際には、こちらが用意した疑似魔障種を滅したということだが」
「倒せるとは思っていませんでした。柳氏にアマテラス因子があるとしても、使い方も何も知らない状態ですし。戦闘訓練もしてない状態でしたから。なので、完全に想定外ということになりますね」
「まあ、嬉しい誤算ではあるがな」
「そうですね。問題がある訳ではないので、この成果は素直に喜んでいいか――」
「あの~、ちょっと待ってもらっていいですか?」
山祇の話に割り込んできたのは、黙って聞いていた金髪碧眼の女性、カティアだった。
「はい、どうかされましたか?」
「天津課長の話では、柳 恵介氏は一般人なのですよね? 魔法の才能もなければ、魔法の知識も経験もない、血筋もただの一般人だと」
カティアは訝し気な顔で質問をする。
「そうですね」
「本当にただの一般人なのですか?」
カティアの疑問も最もな話だった。疑似的な魔障種が相手だったとしても、中級相当の魔障種と同等の力を持っていた。
「そこは、私も疑問に思っていたところだ。アマテラス因子を持っているとしても、訓練を受けていないのであれば、使い方も分からなかったはずだ」
これには大国も同じ意見だった。
「お言葉ですが、恵介さん――えっと、柳 恵介氏は一般人で間違いありません。私と夫婦であった当時も本人からは何も聞かされていませんし、魔障種に襲われた時も完全に一般人の反応でした」
これに美奈子が反論する。先週、真夜中に恵介が魔障種に襲われた時も、何も理解していないまま、転がるように逃げ回っていただけだ。専門家の動きには到底見えなかった。
「だとしたら、この結果は出来過ぎではないのかね?」
大国は美奈子の反論には納得していない様子。
「それは、そうかもしれませんが……。ですが、柳 恵介氏がこちら側の人間であったとは思えません」
美奈子も譲らない。恵介が魔法に対して、何らかの知識や経験があったとは到底思えない。出会った時から素人だった。
「でしたら、試してみませんか?」
ここでカティアが割り込んできた。おっとりとした口調だが寒気を感じるものがあった。
「試すとは……?」
美奈子が心配そうな顔で聞いた。何を試そうというのか。それが気になる。嫌な予感しかしない。
「柳 恵介氏がただの一般人かどうか。八咫烏の試練を受けさせてみてはどうですか?」
カティアは薄っすらと笑みを浮かべながら言った。どこか楽しむような顔をしている。
「八咫烏ってッ!? それは無茶でしょう! 誰も成功したことがないんですよ!」
反論したのは山祇だった。慌てた様子で声を上げている。
「誰も成功したことがないからですよ。もし、八咫烏に認めらるようであれば、本格的に柳 恵介という人物のことを調べてみてもいいのではないでしょうか? それに、戦うための専用の武器も必要ですから」
「それは……。大国室長は、どう考えられますか……?」
山祇ではこれ以上判断できない。大国に意見を求めた。
「……いいだろう。やらせてみよう。それに、もしも、八咫烏に認められることとなれば、大きな戦力になる。賭けに出てもいいだろう」
大国は少しだけ考えると、すぐに了承した。
「大国室長ッ!? それは流石に無茶が過ぎます! 今まで八咫烏が主と認めた人間はいなかったのですよ! 恵介さんにできるわけがありませんッ!」
美奈子も強い口調で反対意見を述べる。あまりにも無謀な試練に賛同することなどできなかった。
「大丈夫ですよ。八咫烏も柳 恵介氏の命を奪うようなことはしないと思いますし。想定外の成果を上げたですから、案外成功するかもしれませんよ」
カティアは口調を崩さず意見を述べる。
「どれだけ危険か分かっているんですかッ!? 本来であれば、実戦経験豊富で実績を上げた人間が挑むものです!」
だが、美奈子も譲らない。
「だから、試してみようっていう話なんですよぉ。危険なのは実戦でも同じでしょう? それだったら、まだ半殺しで済ませてくれる八咫烏の方が安全だと思いますよ」
「無謀すぎるという話をしているんですッ!」
「でも、疑似魔障種に襲わせるっていう訓練も相当危険なことだったでしょう? これには美奈子ちゃんも賛成してくれてたじゃない? 八咫烏の試練も同じようなものだと思いますよ」
「それは……、そうですが……」
美奈子はどうもカティアという女性が苦手だった。何を考えているのか分からないところがある。
「天津課長の言い分も分かる。だが、柳 恵介氏に何かあるのかどうかも含めて、八咫烏の試練を受けさせるのは理にかなっている。無謀でも受けさせる価値はあると判断する」
大国が美奈子の目を見て告げた。有無を言わせない力強さのある目だ。
「……大国室長がそこまで仰るなら……。分かりました……。これ以上、反論はありません」
「よろしい。それでは、さっそく準備に取り掛かってくれ」
こうして、恵介の知らない所で、無理難題を吹っ掛けられることが決定したのであった。




