灰被り姫 8
1
「魂性変異術式、解除されます」
0時丁度、恵介が連れていかれた護送車の中で、隊員の一人が口を開いた。
光の粒子が恵介に集まり、瞬間的に元の中年の体に戻る。女子高生の制服はそのままに。
「お疲れ様……クッ……、で、でした……。ククッ……。無事で……、ククック、無事で、何より……です……」
笑い声を必死で堪えながらそう言ってきたのは山祇だった。周りのと同じ特殊部隊の戦闘服を着ているが、ヘルメットは外している。
「あの……、まずは何か羽織る物をもらってもいいですか……?」
サイズの合わない女子高生の制服のまま、恵介は不満の声を上げる。
「は、はい……ククク……。そ、そうですね……。な、何か……ククッ……羽織る物を……ックク」
パツパツの女子高生姿のおっさんがツボに入ったらしく、山祇は笑いを堪えるのに必死でまともな会話が難しい状態だ。
他の隊員が大き目のレインコートを持ってくると、恵介はすぐさま羽織った。これでも不審者丸出しなのだが、女子高生の恰好を見られるよりは100倍はマシだ。
「恵美は無事ですか……?」
突入してきたのは、見覚えのある防衛相特殊自然災害対策室の職員だったので、恵美の無事は保証されているのだろうが、それでも気になって聞いた。
「――はい。それは問題ありません。娘様のことは天津課長が対応しています。母親の姿を見れば、恵美さんも安心するでしょう」
一度深呼吸をしてから山祇が答えた。大き目のレインコートのおかげで、おっさんの女子高生姿を見なくて済むため、落ち着きを取り戻している。
「そうですか。美奈子が来ているのなら、大丈夫そうですね」
「ええ、そこは安心してもらって大丈夫です」
「恵美には説明するんですか? 魔障のこととか、アマテラス因子のこととか……」
娘の身の安全は問題ないと判断できる。では、その後のことが問題だ。なぜこんな状況に巻き込まれたのか。そして、なぜ母親である美奈子が現場にいるのか。そのあたりはどう説明するのだろうか。
「はい、天津課長から全て説明することになっています。とは言っても、かなり突拍子もない話なので、簡単には信じられないでしょうけども」
山祇が少しだけ困り顔で言う。こんな荒唐無稽な話を実の娘にしないといけない上司に少々同情する。
「……私のことも、ですか……?」
櫛名田 刹那は実はお父さんでした。という説明をするとなると、恵美はどう反応するのか。もしかしたら、これが一番受け入れ難い事実かもしれない。
「いえ、それは伏せておきます。ただ、櫛名田 刹那という少女は、恵美さんの護衛であることは伝えます」
さすがに、父親が女子高生になったことは娘には内緒にしておいてもらえるようだ。
「そうですか……。それなら良かったです。まあ、お父さんが同じ女子高に通って、護衛をすると知ったら、恵美は絶対に了承しないでしょうしね……」
恵介は苦笑いを浮かべながら言った。
「仰る通りです。なので、柳さんには、このまま恵美さんの護衛を継続していただきたいと思っています」
「それは、はい……。恵美が襲われる危険がある以上、私も全力で守らせていただきますが……」
恵介は歯切れの悪い言葉で言った。何か腑に落ちないところがあるようにも見える。
「何か気になることでも?」
「いえ……、今は大丈夫です……」
「そうですか。何かあれば何時でも言っていただいて結構です。とりあえず、まずは手当をしましょう。先ほどの戦いで、負傷されているようですし」
「……はい。お願いします」
恵介は軽く礼を言うと、そのまま無言で護送車に揺られて行った。
2
防衛省特殊自然災害対策室の有する施設の一つ。主に負傷した隊員が運び込まれる、専用の病院へと恵介は運び込まれた。
簡易な検査の結果では目立った負傷はなかったことから、精密検査は後日にすることとなり、この日は疲労を回復させることを優先し、個室で休むこととなった。
時刻は3時を過ぎている。体は疲れ切っているが、恵介は眠ることなく、ソファーに腰かけていた。
そんな時、個室のドアが静かに開く音がした。
「あら、寝ていなくていいの?」
やってきのは美奈子だった。どうやら恵介の様子を見に来たようだ。
「……ああ、ちょっとな……」
「そう。でも、早く寝たほうがいいわよ」
美奈子はそう言いながら、恵介の座るソファーの向かい側に腰かけた。
「お前は寝なくていいのか?」
「こういう仕事をしてるとね、徹夜なんて当たり前にあるのよ」
「恵美はどうした?」
一番気になっていたことを恵介が問う。恵介と恵美は別々の護送車で運ばれたが、行きつく先は同じ施設だった。そのため、美奈子もこうして恵介の様子を見に来ることができた。
「もう寝たわ」
「そうか……」
「一応、アマテラス因子を持っていることや魔障のことも説明したわよ。納得してないみたいだけど」
「そりゃあ、そうだろ。あんな話、誰が信じるんだ?」
恵介だって、理解していない部分が大きい。大昔、魔に対抗するために、天照大神の力を行使する権限を授けられた一族の末裔だと言われても、信じられるものではない。
「それでも信じるしかない。そういう出来事に出くわしたのよ。嫌でも受け入れるしかないのよ」
「なあ、美奈子……」
「何?」
「………………」
「何よ?」
「……どこまで知ってる?」
恵介は重たい口を開いた。睨みつけるようにして美奈子を見やる。
「どこまでって? 何のこと?」
「とぼけるな! 今回の魔障のことだ! お前はどこまで知っていた?」
怒鳴りたい気持ちを抑えつつ、怒気を含んだ声で問いかけた。
「どうして私が知ってると思うの?」
反対に美奈子の方は冷静だ。動揺は一切見せない。
「タイミングが良すぎる。0時になる直前に突入して、俺と恵美の身柄を確保された。隊員達の動きもそうだ。最初から全て把握しているようだった。最初から分かっていないとできない動きだ!」
恵介は美奈子から目線を外さずにいた。
「意外と勘が良いわよね――そうね、全部知っていたわ。それに、夜に訓練があるって伝えていたはずだけど?」
美奈子は悪びれる様子もなく淡々と答える。
「訓練? 訓練だと? あれが、訓練だったっていうのか? 恵美がどうなるか分からなかったんだぞ! それをお前はッ!」
恵介は我慢できずに怒鳴り声を上げていた。
「あれは疑似的な魔障種よ。こちらで用意したもの。万が一のためにも隊員が待機していたでしょう?」
「そういう問題じゃない! どうして恵美を巻き込んだ!? 恵美がどれだけ怖い思いをしたか分かっているのか!」
「さっきも言ったでしょ。アマテラス因子や魔障のことを信じることなんて、普通はできないのよ。実際に遭遇して、経験してみないことには絶対に無理なの」
「だからって、魔障種に恵美を襲わせたって言うのか!」
「疑似的な魔障種よ。本物じゃない」
「だから、そういう問題じゃないんだよ! 恵美にあんな怖い思いをさせるなって言ってるんだ!」
「なら、どうやって恵美に魔障のことを理解させるの? 話をしたら信じてもらえるの? 母親の頭がおかしくなったって思われて終わりよ。それに、今後、恵美を襲ってくるのは偽物じゃない。本物の魔障種が恵美を狙ってくるの! あなたを襲った中級の魔障種や今回みないな偽物の魔障種じゃなくて、もっと上位の種がね! だから、恵美には一早く現状を理解してもらう必要があった。甘いことを言っていたら、恵美が危険に晒されるだけなのよ!」
天津 美奈子という人間は合理的な人間だ。そして、実力も高い。それ故に最も効率の良い方法を選ぶ。ただ、恵介の言っていることを全く理解していないわけではない。分かった上で、恵美の命を守る方法として最善だと判断しての行動だ。
「……それでも、他に方法があるだろッ!」
恵介としても、美奈子が言っていることが正しいことは理解できる。そもそも、恵介も魔障に遭ったから、信じることができたのだ。
それに、今回は訓練として疑似的な魔障種だっただけで、次回は本物かもしれない。もっと強大な魔障種かもしれない。その時に、何の理解も、警戒もなかったら、本当に命が危ないだろう。それでも、納得できるものではなかった。
「例えば?」
「た、例えばだな……、実際に魔法を見せてみるとか、魔障の資料や映像を見せるだとか、やり方はあるだろう!」
「それをどこまで信じられると思うの? 現実味がない、フィクションのような、まるで他人事のように思えるでしょうね。それじゃあ、中途半端なの。中途半端な理解や覚悟では、これからやってくる危機に対応することができない。あなたが思いついたことくらい、こっちだって検討しているわ。その上でこの方法を選んだのは、これが現実であるっていう実感を持ってもらわないと、この先、恵美の命の保証がないのよ!」
「……だからって、こんな方法じゃなくてもいいだろ!」
「あなたの言うような方法で説明をして、ちゃんと理解できていないせいで、何人か命を落としている。そういう歴史があるの」
「……俺は納得してないからなッ!」
結局、美奈子の言う方法以上の代替案は恵介には出せなかった。実際に経験させる以外の方法で、恵美にアマテラス因子やら魔障のことを理解させるのは不可能だ。
「それで結構よ。私としては、あなたに恵美の護衛を続けてもらえればそれでいい。納得するもしないも、どちらにせよ、恵美には常に危険が迫っているということだけは理解してくれていれば、それでいいわ」
「分かっている……」
「それならいいわ。そうだ、あと、明日――というか、今日ね。ちゃんと学校に行ってね。恵美が櫛名田 刹那のことを心配しているから」
「分かってるよ……」
不満は大いに残るが、恵介と美奈子の会話はそれで終わり。その後、恵介は短い眠りについた。
3
その日の朝早く、恵介は数時間しか眠れないまま起こされ、魂性変異術式により、女子高生 櫛名田 刹那の姿へと変えられた。
そして、そのまま登校。恵美は別に公用車で学校の近くまで送っていってもらったとのことだ。
別々に行動したのは、同じ場所に居たのなら合わせてくれたっていいだろうと文句を言われるから。合わせられない理由があるから、別々に行動していたのだが、それを説明することはできない。
櫛名田 刹那がお父さんであることは、恵美には秘密にしてある。
流石に眠気を堪えるのは難しく、欠伸をしながら恵介は教室へと入っていった。
「刹那ーッ!」
先に登校していた恵美が声を張り上げながら抱き着いてきた。周りの生徒も驚きの顔をしながらその光景を見ている。
「えっと……。ど、どうした……?」
どうしたもこうしたもない。あんなことがあったのだ、刹那の無事な姿を見れて嬉しくて抱き着いてきた以外の理由はない。
「よかったぁ……。刹那……、無事だったんだね……」
恵美は泣きそうにな顔をしながら、なおも抱きしめてくる。
「ちょ、ちょっと……。周りの目があるからさ……」
父親としては、娘が抱き着いてきているだけなのだが、今は女子高生の姿をしている。しかも、入学した次の日にいきなり抱きあっている二人の姿は、何かと噂になるかもしれない。
「あッ! ごめん……。なんか嬉しくて」
恵美は少し落ち着いたようで手を離した。安堵の微笑みを浮かべている。
「大丈夫。何ともないから。それより、天津さんは大丈夫だった?」
「恵美」
「ん?」
「天津さんじゃなくて、恵美。最初に下の名前で呼んでくれたのは刹那の方だよ?」
少し不満気な顔で恵美が言った。そういえば、魔障種(正確には疑似的なものだが)に恵美が襲われた時に、娘の名前を叫んでいた。
「あ、ああ……。そうだったな――恵美は大丈夫?」
恵介としても、『天津さん』より『恵美』の方が呼びなれている。それに、離婚して苗字が変わっているので、『天津さん』と呼ぶ方が違和感があった。
「うん。大丈夫。刹那のおかげでね」
名前を呼ばれた恵美は、満面の笑みでそう答えた。




