灰被り姫 6
このままでは確実に、娘の前で父親の女子高生姿を披露することになる。だが、ここでもう一つの懸念が浮かび上がった。もっと重大な問題が。その懸念が浮かんだ瞬間、恵介は表情を変えた。
「倒そう……」
恵介は覚悟を決めた目で言った。もうそれしかない。一週間前に魔障種に襲われた時も、防衛相特殊自然災害対策室の職員が、あの魔障種を討伐してくれたという話だ。
「た、倒す……ッ!? 倒すって、あの化け物たいなのを!?」
恵美が驚きに声を上げる。どう見ても女子高生に対処できるような相手ではない。あまりにも体格が違いすぎる。
「それしか方法がない……。多分だけど、この廃工場はあいつの住処なんだろう……。乗ってきたバスは俺たちを住処に運ぶためのもの。目的を果たしたから、動かなくなった……」
「で、でも……、そうだとしても、あんなのと戦うなんて無茶だよッ!」
「それは、そうかもしれない……。でも、あいつを倒さないことには元に戻れないって、思う……。本当は最初から分かっていたことなんだ……。だけど、危険なことはしたくないから、他に方法がないかって思ったんだけど……。多分、他に方法はない……」
恵介だって本当はあんな化け物と戦いたくはない。だが、勝算がないわけではない。
(俺の中にあるアマテラス因子は、対魔障種には絶大な力を持ってるはずだ……。この力を使えば、あの化け物もなんとかなる……はずだ。だから、0時までに何とかしないと、完全に詰みだ……)
0時に解除されるという制約があるため、恵介の中にあるアマテラス因子の力は更に強力になっている。問題は、魂性変異術式が解除された後、現状では再び使用する方法がないということ。再び魂性変異術式を使えるようになる夜明けが来たとしても、今の恵介ではやり方が分からない。そうなると、もう戦う術がなくなる。
「それは、分かるけど……。それでも、戦うなんて止めよう! 助けが来るまで逃げよう!」
恵美が必死に訴えかけてくる。その意見は当然のことだろう。目の前の少女が、あんな化け物と戦えるなんて到底思えない。
「無理なんだ! 逃げることなんてできない! 今、あいつを倒さないと、手遅れになる!」
恵介は恵美の肩を掴んで叫ぶようにして言った。
「そ、そんな……。でも、倒すなんて……」
「大丈夫、俺が戦う! あいつは俺が倒す! だから、信じて――」
「櫛名田さん、危ないッ!?」
恵美が慌てた様子で叫ぶと、咄嗟に恵介の体に飛び掛かった。そのすぐ後ろを巨大なノコギリが通り過ぎていく。
間一髪、恵介も恵美も傷を負うことなく避けることができた。
だが、ズタ袋の大男は、再びノコギリを振り上げている。
「こっちだッ!」
恵介はすぐさま大勢を整え、恵美の手を掴んで走り出した。
後方から金属がぶつかる嫌な音が響いてきた。ズタ袋の大男が手にしたノコギリを振り下ろしたのだろう。それを確認している余裕はない。走ってこの場所から離れる。それだけだった。
少し走ると、また上の階に繋がる階段を見つけた。二人は一目散にその階段を駆け上がっていく。
「ど、どうして、見つかったのッ!?」
走りながら恵美が声を上げた。
「やっぱり、ここはあいつの住処なんだ! どこまで正確に把握できるのかは分からないけど、ある程度こっちの居場所は把握できるのかもしれない!」
これは推測でしかない。だが、それなりの確証はある。一週間前に恵介が魔障種に襲われた時も、逃げ切れたはずなのに捕まってしまった。
「そ、そんな……。それじゃあ、逃げても……」
「絶対に追いつかれる……。倒すしかない……」
「倒すしか……」
恵美が静かに返事をした。怖いという思いが大きいが、逃げていても何も解決しないことは理解していた。
「何か武器になる物を」
恵介は走りながら周囲を探す。棒状の何かがあればいい。鉄骨は大きすぎて扱えないが、鉄パイプくらいなら落ちているかもしれない。
「櫛名田さん、あれ!」
そこで恵美が何かを見つけたようだ。それは床に無造作に落ちているバール。
恵介もすぐにバールを見つけて拾う。錆びついているが、強度に問題はなさそうだ。
「これで何とかするしか……」
恵介に戦う技術は何もない。格闘技もやったことがないどころか、学生の頃から運動が苦手で、ずっと帰宅部だった。単に体を動かすということが得意ではない。
(それでも……。恵美を……)
恵介がぎゅっとバールを握りしめる。バール程度が化け物相手にどこまで通用するかは分からない。だが、今のところ、他に武器になるような物がない。
「不意打ちとかできないかな……?」
恵美が上がってきた階段の方へと目を向けながら言った。正面から戦っても勝機はなさそうだ。それなら、奇襲をかけて一気にやってしまえばどうか。
「それができればいいんだけど……。あいつが、どこまで俺たちの位置を把握しているかが問題……」
そこまで言って、恵介があることに気づいた。裸電球に照らされて、後ろに何か大きな影がある。
恵美もその影に気づき、二人してガバッと振り返った。
そこには、今にも巨大ノコギリを振り下ろさんとする、ズタ袋の大男がいた。
「キャアァァァーーーーッ!?」
恵美は悲鳴を上げながらも、飛び出すようにして横に回避。恵介も同様に横に飛ぶ。
何とか体勢を維持できた恵介は、バールを構えてズタ袋の大男を睨みつけた。
「うらアアアァーッ!」
恵介は雄叫びを上げながらバールをズタ袋の大男に叩きつけた。手に伝わってくるのは、ブヨブヨとした脂肪と分厚く固い皮膚の感触。まるで効いている様子はなかった。
ズタ袋の大男は再び巨大ノコギリを振り上げる。標的は恵介。
勢いよく振り下ろされる巨大ノコギリだが、恵介は難なくこれを回避。すぐさま反撃のバールを撃ち込むが、手ごたえはさっきと同じ。効いてる感じがしない。
「な、何で後ろから……ッ!?」
「俺たちの位置を把握しているだけじゃない! こいつはある程度自由に廃工場の中を動けるんだ!」
「う、噓でしょ……。それじゃあ……」
逃げ場所などどこにもない。これでは、動きの遅さなど然程問題ではないということになる。
「逃げろッ!」
恵介が必死の形相で叫ぶ。
「で、でも――」
「早くッ!」
有無を言わせないといった顔で再び恵介が叫ぶ。
「…………」
恵美はコクリと頷いてから、すぐさま走り出した。ここで言い合いをしていても足手纏いにしかならないと判断しての行動だ。
「このメタボ野郎が……」
恵介がズタ袋の大男を睨んでいる。攻撃は通じている様子はないが、恵介には手応えのようなものがあった。
それは、身体能力が常人よりも遥かに優れているということ。体が若返ったというだけでは説明ができないほど早く動ける。
それにまだ全力を出すことはできていない。そもそも、全力がどの程度なのかも分からないほど、身体能力が向上している。
(なるほど、美奈子がこの体に慣れろと言ったのもそういうことか)
自分の意識と実際に動く体が乖離している。思っている以上に動けてしまうため、意識が勝手にブレーキをかけてしまっているのだ。
だから、先ほどの攻撃が効いていなかったとしても、まだ勝機は残されている。全力がどこまでなのか分からないから。まだまだ、力を出すことはできる。
ズタ袋の大男は、恵美が逃げたことをさほど気にする様子もなく、恵介を標的として定めている。大きく腕を振り上げると、再び攻撃を仕掛けてきた。
大振りで力強い攻撃。だが、その分単調だ。当たれば助からないだろうが、スピードと反応速度が違う。特に反応速度はかなり遅い。頑丈な身体があるため、攻撃を受けることに何の問題もないから、反応する必要もないといったところか。
恵介はズタ袋の大男の攻撃の合間を縫って、攻撃を重ねていく。
その攻撃はどんどん早くなっていった。どこまでスピードを出せるのかを確かめるようにして、次々と攻撃を加えていく。
攻撃を繰り出す度に、恵介の速度も上がっていく。速度が上がると攻撃も激しく強くなっていく。どんどん感覚が鋭くなっていくのを感じていた。
ズタ袋の大男の大振りの攻撃を避けて、その隙に何発もの攻撃を加える。そして、一定の距離を取ってから、また相手の隙を突いて攻撃を加えていく。
もう何度目かの攻撃。恵介も体の動きに慣れ始めて、当初よりもかなり早く動けるようになっている。その動きに比例するようにして攻撃も苛烈になってる。
どれくらい攻撃を入れたのか、もう分からないくらいにズタ袋の大男をバールで叩きつけた。だが……。
「どうなってんだ……、こいつは……?」
ズタ袋の大男は、平然として恵介の前に立っていた。消耗した様子は一切なく、巨大なノコギリを振り上げて恵介に狙いを定めている。
その攻撃を回避するのは問題ない。だが、時間だけが浪費されていく。




