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灰被り姫 3

       1



一夜明けて、次の日の朝。よく晴れた春の朝は、吹く風も暖かく心地よい。何もかもが新鮮で、キラキラと輝いて見える。そんな春の空気など知ったことかいった顔の少女が通学路を歩いていた。


パールグレイのブレザーにチェックのスカート。灰色の長い髪はポニーテールに纏めている。通りすがる人が思わず目を奪われてしまうような整った顔立ちの女子高生。


挿絵(By みてみん)


それが今の柳 恵介(45歳)の姿だった。


昨日、目覚めてから、ここに至るまで恵介は一睡もしていなかった。


いきなり女子高生になるための準備や説明やらで、寝ている時間などなかった。とはいえ、一週間眠り続けて、昨日の夕方に目を覚ましたのだから、その夜に寝ろと言われても不可能なことだったのだが。


とにかく、娘の恵美を護衛するために、今日から女子高生としての生活をしなくてはならない。マニュアルを必死で読んで、防衛相特殊自然災害対策室の用意してくれた学用品や制服等の準備やら、夜通しやっても時間が足りないくらいだ。


櫛名田クシナダ 刹那セツナ か……)


恵介は偽造の生徒手帳を見ながら嘆息した。櫛名田 刹那、それが今の恵介の名前だ。昨晩、急遽撮影した写真を張り付けた生徒手帳。何せ0時になったら、元の中年おっさんに戻ってしまうため、少女の姿でいられる内にやっておかないことは最優先でやった。


(この姿が、あんな化け物に対して特別な力があるなんてな……。もう少しマシな冗談を言ってほしい……。まずはこの姿で動くことに慣れろってことだが、慣れたところで本当に戦えるのか……?)


何もかもが急に決まったため、全てのことが同時並行で進行している。今日も、夜から対魔障種の基礎訓練があると言われている。少女の姿で過ごすことも、今の恵介にとっては訓練の一つだ。夜明けから0時になって魔法が解けるまでの間は、ずっと少女の姿でいるようにと指示されていた。つまり、寝ている間だけ、おっさんに戻るということだ。


(恵美は何も知らないっていうことなんだけど……。魔障とかアマテラスとか、いきなり言われてもわけ分からないだろうしな……。今は、黙っておくしかないか……)


護衛対象である天津 恵美は、アマテラス因子のことや、魔障種に狙われていることも、護衛のことも一切知らされてはいない。


このことについては、改めて美奈子から説明をするとのことだが、一体どうやって説明するのか見当もつかなかった。


(そういえば、仕事も辞めたんだよなぁ……)


辞めたというか、目が覚めたら退職していたというのが正しい。恵介が寝ている間に、防衛相特殊自然災害対策室が弁護士を通じて退職代行をしていた。


今の恵介の職業は女子高生兼国家公務員ということになる。あのブラック企業から国家公務員になれたことは数少ないメリットと言えた。


(もうすぐ学校につくか……)


生徒手帳片手に恵介が顔を上げた。目線の先にあるのは、学校の正門。大きな通りに面した立派な門だ。学校を囲む白い壁を突き破るようにして桜の花が咲いている。はち切れんばかりの青春を謳歌しようとする満開の桜といったところか。


私立 清桜女学院。それなりに偏差値の高い高校で、この地域では有名な学校だ。有名大学への進学率も高く、学費もそれ相応に高い。


(恵美のやつ、ちゃんと勉強してたんだな……)


離婚してから数年。実の娘に会う機会が少ないため、どういう生活をしているのか心配していたが、ちゃんとした高校に入学できたことが感慨深い。養育費を払い続けた甲斐があったというものだ。


新入生らしき女子生徒達が次々に正門を潜っていく。入学式と大きく書かれた看板の横にいる先生がにこやかに挨拶をしていた。


恵介も先生に挨拶をして正門を通っていく。校内はクラシックな感じがするが、古さは感じない。手入れされた花壇や芝生のグランド、聳え立つ校舎等など、ざっと見渡しただけでも設備が充実していることが分かる。


(マジで、女子しかいねえな……。俺はずっと共学だったけど、女子高ってこんな感じなのか……。なんか良い匂いがするな……)


単身で女子高へと入っていることへの妙な緊張の中、周りの空気は心なしか良い匂いがするような気がする。


不審者よろしく若干挙動不審になりながらも、恵介は案内に従い、入学式会場となる体育館へと向かった。


これまた大きな体育館で、恵介が通っていた公立の高校とは規模が違う。今まで自分が通ってきた学校とのレベルの差を感じつつも、手元の資料を見て自分の席へと向かった。


そうこうしている間に入学式は始まる。まずは学校長の話。無駄に長い校長の話。これは恵介が高校に入学した30年前から変わらない。校長の話は長い。


続いて長い黒髪の生徒会長の挨拶等があり、入学式は恙なく終えた。



       2



入学式を終えた後、各自が自分の教室へと向かう。『1-A』これが恵介が通うクラスだ。既に何人もの生徒が教室におり、中学からの友達らしき女子たちが会話に花を咲かせていたり、新しくできた友達と挨拶をしていたりと、新入生特有の華やかさというものがあった。


(中年のおっさんが、どうやって女子高生の会話の中に入れっていうんだよ……)


恵介が教室に入って来た途端、何故か注目を浴びたが、これといったリアクションを返すこともできず、黙って自分の席に座った。何か話をした方がいいのだろうが、誰にどう切り出せばいいか皆目見当もつかない。


(仕事だったら、簡単に話ができるんだけどな……。仕事以外で、女子高生と何を話せばいいんだよ……? いや、仕事でも女子高生と話すのは無理か……)


中年のおっさにはあまりにも難易度が高いミッションに、恵介は早々に諦めモードに入り、自分の席で大人しくしていることを選んだ。そんな時――


「あのー、隣……」


一人の少女が恵介に話しかけてきた。サイドに編み込みを入れた、栗色のセミロングの小柄な少女だ。まだ中学生っぽさが抜けていないが、可愛らしい顔つきをしている。


その顔を見た瞬間、恵介の血圧が急上昇した。


「メッ……!?」


恵介は思わず『恵美メグミ』と言いそうになった。それもそのはず、話しかけてきた少女は、実の娘である天津恵美(離婚して柳から天津へと名字が変わった)だったのである。


「め……?」


恵美は不思議そうな顔で首を傾げた。


「あ、あああ、ごめん……。声をかけられて、驚いただけで……」


「ああ、こちらこそごめんね。急に声をかけちゃって」


「いや、別にいいんだ。大丈夫……」


心臓がバクバクいいなが、恵介は何とか平静を保とうとした。話をしている相手は実の娘なのだが、久々に会ったことと、父親である自分が女子高生になっているということで、変な汗が出ていた。


「あの、隣の席の天津 恵美っていいます。よろしくね」


恵美は微笑みながら挨拶をしてきた。恵介は何年振りかに向けられた恵美の柔らかい笑顔に、感涙を流しそうになるが、そこはグッと堪える。


「あ、あの、お――私は、や、あ……、えっと、櫛名田 刹那っていいます……」


思わず本名を名乗りそうになるが、何とか修正した。


(な、何で恵美が隣の席に!? 護衛対象だから近くにいた方がいいに決まってるが、偶然にしてはできすぎだろ? 仕組まれたか? 国家権力で学校に圧力をかけたのか? まさか、美奈子が学校に何か――してるな。あいつならやるわ……)


元妻のことを思い出してみると、今の偶然が必然であるということに妙な納得感があった。


「ふふ、緊張してるね。まあ、私も櫛名田さんに声かけるのは少し緊張したけど」


少し嬉しそうな顔をしながら恵美が話しかけてくる。


「そ、そうだね……。ちょっと緊張してるかも……(お前、こんなに社交的だったのか!? 面会の時、俺が話しかけてもほとんど返事もしなかっただろうが!)」


恵介が美奈子と離婚した後も、数回は恵美と会っているのだが、こんな顔で話をされたことはない。鉄仮面でも被っているのかと聞きたくなるほどの表情だった。


「櫛名田さんは、中学校からの友達とかはいないの?」


「あ、うん……。中学校からの友達はいないかな……」


恵介の中学校時代の友達は全員社会人である。女子高にいるわけがない。


「私もー。友達はみんな他の高校に行っちゃって、知ってる人いないから凄く不安だったんだー」


恵美は同じ境遇の仲間を見つけたように顔を明るくした。実際は同じ境遇の仲間というより、父親なのであるが。


「そうだね……。不安はあるよね……」


心の中で『不安しかねえよ!』と独り言ちながらも返事をする。


「でも、櫛名田さんって、なんていうか、凄く大人びた雰囲気してるから、不安に思ってたっていうのは意外かも」


「そ、そうかな……? 自分では全然分からないけど」


大人びているどころか中年のおっさんだ。人生の半分以上を社会人として生きている。これで大人びていなかったら問題だ。


「そうだよー。それにさ、このクラスに凄く綺麗な人がいるって噂になってるんだけど、それって櫛名田さんのことだよ、きっと。皆、櫛名田さんのこと見てるもん」


「ん? 自分が……?」


そういえば教室に入って来た時、妙に注目集めていたような気がしたが、どうやらこの容姿が注目を集めていたらしい。


(この見た目は天照大神の影響なんだがな……。後光でも射してたか?)


恵介が女性になっていたらこういう姿になっていた――という訳ではなく、あくまでも神がかり的な現象の副作用でしかない。恵介がそのまま性転換していたら、単に地味な見た目になっていただろう。


「そうそう、だから最初に声をかけるのも凄く緊張しちゃってさ。本当に噂通りの綺麗な人がいたんだもん。ちょっと変なテンションになっちゃたよ」


恵美は照れ笑いをしながら言った。


「いや、そ、そんな大層なものでもないけど……」


実の娘から、綺麗だと言われても恵介からしてみれば反応に困る。『女子高生になったお父さん綺麗』と言われているようなものだ。違和感が半端ない。


「あれ? 何か、綺麗とかって言われ慣れてそうだけど、もしかして、そんなことない?」


「うん……。綺麗っていうのは、言われたことないかな……」


恵介は若い頃から見た目が地味だったから、綺麗もカッコイイも言われたことがない。そういう人生だった。


「ふうん……。意外だね。気付いてないだけとか?」


「いや、そんなことはないと思うんだけどな……(何、こいつ、めっちゃ話しかけてくるんだけど!? 前に面会した時、今の100分の1も会話してないんだが? お前、普段はこんなに喋る奴だったのか!?)」


思えば、小学校低学年の頃までは普通に話をしていたと思う。あの頃までは学校であったことなどをよく喋っていた。それもいつの間にかなくなっていたが。


「そういうの気にしないタイプなんだね。それもそうか。それだけ綺麗だったら、周りの評価なんて気にする必要ないもんね」


恵美は悪戯っぽく笑いながら言った。


「いや、褒めすぎだって……。そんなに褒めても何もないよ?」


「櫛名田さんって、男兄弟ばかりだったとか、男友達が多いとかする?」


「え? いや、一人っ子だけど……。まあ、友達は男友達が多いかな――どうして?」


「だって、なんだか、女子と話し慣れてないような感じだったから。そうかなって。やっぱり友達は男の子が多いんだね」


「まあ、そうだね……。女子とはあまり話してなかったかも……」


全くもってその通りだ。ずっと共学の学校で過ごしてきた恵介だが、当時からそれほど女子と話をすることはなかった。ましてや、今は中年のおっさんである。女子高生に話しかけられることなど皆無だ。


「そっか、ここは女子高だから、少しずつ慣れていかないとね」


恵美は少し揶揄うような顔をしていた。


「うん。ほんと、それな……。慣れないとなあ……」


実の娘と話をするだけでもこれだけぎこちないのだから、初対面の女子と話をするのなんて想像しただけでも苦難の道のりでしかない。


そんな会話をしている時だった。教室に一人の女性が入ってきた。まだ若い、20代といったところか。長い髪を一つに編み込んで前に垂らしている。眼鏡をかけた落ち着いた感じの女性だった。


その女性が入ってきた瞬間、教室は静かになり、各々が自分の席に座った。恵美も『また後でね』と小声で呟いた。


「初めまして。みなさん入学おめでとうございます。これからこのクラスの担任をします、伊金イカネと申します。よろしくお願いします」


伊金と名乗った教師は丁寧に挨拶をした。物腰の柔らかい優しそうな先生だ。クラスメイト達も、良い先生に当たったという予感がして、嬉しそうな顔をしている。


こうして、中年おっさんの女子高生活が始まったのである。





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