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八咫烏 3

       1



「急なことですみません。何せ今回の訓練の変更は急遽決まったことでして」


車を運転しながら、山祇が申し訳なさそうに話しかけてきた。


「いえ、そういうこともあるでしょうし、私は気にしてませんから」


社会人としての経験が長い恵介も、こういう急な予定の変更というのは偶にあることだ。何か事情があるのだろうから仕方がない。


挿絵(By みてみん)


「そう言っていただけると助かります」


「それで、行先というのは?」


恵介が早速本題に入る。時間のかかる場所だということだが、どこまで行くのだろうか。


「行先の前に、これからやっていただく訓練……、というか試練ですね。そちらの説明をしますね」


「試練……? ですか……」


一体何を試されるとういうのだろうか。以前の疑似魔障のことといい、嫌な予感がしてくる。


「はい……。多少は、危険なんですけども……」


「えっと、それは命に係わる類のことではないでしょうねッ?」


早速、嫌な予感が的中しそうで、慌てて質問を投げかける。とりあえず命の保証だけはしてほしいところだ。


「ああ、それは大丈夫です。命を落とすところまではいかないはずです」


山祇は申し訳なさそうにはしているが、口調はどこか事務的だ。本当に悪いと思っているのか甚だ疑問が残る。


「そ、それって、命に関わることもあり得るっていうことじゃないですよねッ?」


山祇の言い方に一抹の不安を抱きながら、恵介はなおも質問を重ねた。


「一応、今まで命を落とした人はいないので、大丈夫だとは思いますよ」


なんとも判断の難しい回答。今まで命を落とした人がいないだけで、安全が保障されているとも思えない。


「一体、どんな試練なんですか……?」


正直言って、あまり聞きたくないのだが、聞かないわけにもいかず、恵介は嫌々ながらも聞いてみた。


「八咫烏の試練と呼ばれるものです」


「八咫烏って、神話に出てきた?」


「ええ、その八咫烏で間違いありません。八咫烏の試練というのは、直接、八咫烏と戦っていただくことです。見事、八咫烏に認めることができれば、試練達成ということになります」


何やらとんでもないことを、山祇はサラッと言った。神話に出てくる神の鳥と戦えと言っているのだ。


「無理でしょ?」


恵介は率直に答えた。勝てるわけがない。


「私もそう思ったので、反対したんですけどね……。すみません、止めることができませんでした。結局、やってみる価値はあるという判断になりました……」


流石にこれは口調からも申しわかなさそうな感じが伝わってくる。山祇も無謀なことだと今でも思っていた。


「どういう判断でそうなったんですか? 私は、アマテラス因子があっても、まだ実戦経験は乏しいですよ? そんな神話級の相手とまともにやり合えるとは到底思えないのですが……?」


恵介は至極当然の論理を展開する。普通に考えれば、無茶苦茶なことをやらせようとしているとしか思えない。


「私もそういう意見を出したんですがね……。ああ、あと、今回の試練でアマテラス因子の力を使うことはできません。魔法は完全に遮断された状態で試練に挑んでもらうことになります……」


山祇の口から更にとんでもない事実が出てきた。ただでさえ勝ち目のない戦いをやれと言われているのに、絶望的な条件が出されている。


「無理ですね」


即答。無理。それ以外の答えがない。中年のおっさんのまま神話クラスの相手と戦えというのはどういうことなのか。勝つ以前に勝負にすらならない。


「そう考えるのも当然のことだとは思いますが……。これが、八咫烏の試練の原則でして……。なんの力にも頼らずに、自分だけの力でどこまでできるのかを見られるということなんですよ。だから、倒そうと思わなくてもいいと思います。あくまで、八咫烏に認めてもらうことが目的ですから」


「いや、そう言われましても……。無理なものは無理としか言いようが……」


「私も同じ意見なんですけどね……。ただ、八咫烏は理性的な方なので、最初から見込みがなければ、無茶なことはされないですよ」


「まあ、それでも不安しかありませんが……。すぐに呆れられると思いますよ?」


要するに、ただの中年のおっさんが試練にやってきたのであれば、すぐに見切りをつけらて帰されるということなのだろう。


「それなら、それで構いません。八咫烏の試練を受けてもらえればそれでいいです。結果は求められていませんので、その点は安心してください」


「はぁ……、そうですか……。一体、私の何が試してみる価値ありなんでしょうね?」


まったく期待されていないというのは、それはそれで釈然としないのだが、実力以上に期待されていても困りものだ。


「……それは、私にも分かりかねます。上の決定ですから……。ただ、申し訳ないのですが、上が決定した以上、特殊自然災害対策室の職員である柳さんもこの決定に従っていただくことになりますので」


「……ああ、そういえば、私も公務員になったんでしたね」


前のブラック企業は、美奈子の根回しによって弁護士を通じて退職している。国家公務員になれたことを喜んでいたこともあったが、こんなことをやらされるのであれば、ブラックであるという部分は同じだった。


「すみませんね、こういう内容なので、労基駆け込むこともできなくて……。あと、現場に着きましたら、後部座席にある戦闘服に着替えてください。先ほども言いましたが、魔法は制限されるので、元の姿で試練を受けてもらうことになります」


疑似魔障の訓練の最後を思い出して、山祇が笑いそうになるが、そこはグッと我慢する。


「そうしてもらわないと試練以前の問題ですからね。私は女子高生の制服を着る趣味があるわけではないので……」


恵介としても、あんな無様な格好になるのは二度とごめんだ。娘に見られなかったのが唯一の救いだった。


そんな話をしながら車は進んでいった。



       2



日も沈んだ時刻。恵介は山祇の運転する車に揺られ、山中の深い所までやってきた。舗装されていない細い道を車が徐行しながら進んで行く。時折、道からはみ出してきた木の根を踏み、ガクッと大きく揺れることもあった。


人の気配はまったくない。鬱蒼と生い茂る木々の間の砂利道を進んでいく。ほとんど誰も通らないのだろう、車の跡もないような道をライトの光を頼りに進む。


暫くして、ようやく車が停車する。そこには既に1台の車が止まっていた。恵介が乗ってきた車とは違う、白いワゴン車だ。


ワゴン車の前には二人の女性が立っていた。一人は美奈子。もう一人は、恵介の知らない金髪の若い美女だった。


「お疲れ様。山祇から話は聞いてるわよね?」


車を降りた恵介に話しかけてきたのは美奈子だった。


「一応な。無茶なことをやらされるっていう話は聞いている」


皮肉を込めて恵介が言う。


「言っておくけど、私も反対したからね」


「ああ、分かってる。それくらは分かってるさ」


実は、この試練を提案したのは美奈子ではないかと疑っていたのだが、どうやらそうではないらしい。


「本当に分かってるのかしら? あなた、昔からこういうことは適当に答えることがあるから」


「お前も、昔から余計な一言を言うことがあるからな。お互い様だ」


「余計なことを言うのはあなたでしょ! ふん、まあいいわ。早速行きましょう。時間が惜しいわ」


思わぬ反撃を受けて、美奈子が少し不機嫌になるが、ここで元夫婦の喧嘩を見せるわけにもいかず、話を変えた。


「ちょっと、待て。あの人は、誰? なんて言うか……その……」


恵介は先に進めようとする美奈子を止めた。一人知らない人がいる。しかも、何故だか分からないが、恵介の本能が警笛を鳴らしている。そのせいで恵介は途中で言葉が止まっていた。


「ああ、あの人。カティア アカーシャさん。防衛相特殊自然災害対策室の魔法顧問よ。あなたの魂性変異術式にも大きく関わっている。あと、大国室長の秘書も兼ねているわ。それ以上のことは聞かない方がいいわよ」


「一応、表の人ってことでいいんだよな……?」


美奈子の言い方に引っ掛かりを覚えて、恵介が聞き返した。


「聞かない方がいいって言ったわよね?」


「あ、ああ……。分かった……」


美奈子の威圧感に押されて、恵介は引き下がることにした。


「一応、誤解のないように言っておくと、裏社会と関係があるわけでは――ああ、やっぱり止めておくわ。忘れて頂戴」


「お、おう……」


かなり気になる言い方をしていたが、これは聞かない方が幸せになると判断し、恵介はこれ以上のことは聞かないようにと心に留めておく。


美奈子との話を終わり、恵介はカティアのいる方へと美奈子と一緒に進んでいく。


「こんばんは。防衛相特殊自然災害対策室のカティア アカーシャといいます。恵介君には無理言って来てもらってごめんなさいね」


おっとりとしたお姉さん口調でカティアが挨拶をしてきた。初対面の中年男性に向かって、君付けで読んでいることに違和感を感じながらも、恵介は挨拶をする。


「あ、初めまして。柳 恵介です。こちらこそ、山奥までご足労いただきありがとうございす……」


口調の柔らかさに反して、カティアという女性は得体の知れない怖さというのがあった。実在しているようで実在していないような、本当にこの姿のままを見ていいのかどうか分からないという印象を受けた。


「ふふふ、そんなに改まった言い方しなくてもいいんですよ。美奈子ちゃんの元夫なんですから。色々と苦労してきたんじゃないですかあ?」


「ええと……、まあ……」


「余計な話をしている時間はないわよ。さっさと着替えて頂戴!」


会話を遮るようにして美奈子が割り込んできた。その声色から苛立ちを隠せないでいる。


「あらあら、美奈子ちゃんを怒らせちゃったかな? それじゃあ、早速だけど、恵介君は戦闘服に着替えて。その後、魔法を解除するから」


カティアは微笑みながら言う。美奈子が苛立っていることもお構いなしという感じだ。


「は、はい……(この人、苦手だな……)」


恵介は言われるがままに渡された戦闘服を持って、白いワゴン車で着替えを済ませるとカティアによって魔法が解除され、元の中年男性の姿に戻った。




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