永遠の少年 ~3~
トオルが、そっと立ち上がって部屋を出ていく。
画面に釘づけになって、黙り込んでしまったハルトの父に、声はかけなかった。
研究所の外は綺麗に晴れて、澄んだ秋の空は高く遠く、山際には羊雲がぽわぽわと漂っている。
ハルトは、自分の家族が今も元気に暮らしていると、そう信じている。
でも、本当は、ハルトの家族は父をのぞいてみんな、すでにこの世にいなかった。去年の夏休みに、ハルトの家族は父が運転する車で事故にあった。ハルトの父だけは奇跡的に軽傷だったけれど、車体から放りだされた母と姉は即死。ハルトも危険な状態だった。
そこでハルトの父は、ハルトをヒューマノイドにつくり変えた。傷だらけの身体から無傷な脳を取り出して、ハルトそっくりに作り上げた機械に、その脳を移植したのだ。
そのことをトオルが知ったのは、ハルトの父に呼び出された、夏の終わり。
ユウリの「捨てられないように、努力せなあかんねん」という言葉に、切なくなってしまった帰り道のことだった。
交通事故のあと、ハルトがあのマンションで暮らし始めるまで、トオルはハルトと会っていなかった。
そして、ハルトに会う前にハルトの父から、事故の後遺症で事故以降の記憶が抜けているから、そのことには触れないでほしいと言われていた。ハルトは春休みまで普通に学校に通っていたつもりになっているから、話を合わせてやってほしいと……。
だからトオルは、久々に会ったハルトに、抱きついてしまいそうになるのをぐっとこらえた。
嬉しくて泣いてしまいそうで、その顔を隠すためにマスクまでつけて、ハルトに会った。
けれど、時を同じくして紹介されたユウリを見た瞬間、トオルの頭はすっと冷めた。ユウリの、あまりの精巧さに「もしかして」と、ずっとずっと思ってきた。
だって、ハルトは長い間植物状態で、目が覚めるのは奇跡だと、仮に目が覚めたとしても一生車いす生活になるだろうと、そう言われていたはずだった。なのに、マンションで会ったハルトは事故前と少しも変わっていなくて、それが不自然だった。
だから、ハルトの父に呼びだされたとき、トオルは思い切って聞いた。すると、ハルトの父は、すんなりと本当のことを言ったのだった。
「これから、ハルトが本当のことを知ったとき、支えてやってほしい」
その願いがトオルには、ハルトの父の祈りのように聞こえた。
ハルトの父の、本当の気持ちはわからない。
けれど、どうしてもハルトを失いたくないと思った気持ちは痛いほどにわかる。だから今、もしもハルトが事実を知ったとして、自暴自棄になってしまったならと不安に思う気持ちも理解できた。
だからこそ、その時に、永遠の伴侶としてのユウリがいればと、そう考えただろうことも想像できた。
でも、と、トオルは思う。
そんなふうに、ずっと一緒に居て欲しいと願うなら、普通のカップルとして、ユウリをセクスレスなんて曖昧な設定にしないで、女性にしておけば良かったんじゃないかとトオルは思っていた。そしてそれを、直接ハルトの父にぶつけていた。
すると、ハルトの父は少しも驚く風も見せないで、淡々と言った。
「激しい恋情は、いつか必ず冷めてしまうものだと、私は思うんですよ」
はっとした。トオルが感じた破たんはきっと、このことだと、そう思って。
「冷めてしまった相手と、惰性で居続けるのは、それはそれで、辛いことのように思えたんですよ」
それに、と続ける。
「これからもずっと、お互いだけを頼りに生きていく彼らには、これから先、いろんな悩みが出てくる。その時、性の違う彼らが、相手に同調できず、相手の悩みをわかってやれない状況では、共に生きることが切ないように感じたんですよ」
そして、
「でも、それはハルトを、無駄に悩ませてしまっているようですけどね」
ふっと小さく笑って、此処ではないどこか、遠くを見つめる瞳で続けた。
「私はきっと、彼らに、永遠を望んでしまっているんでしょうね」
ハルトの父の夢見るような瞳を、トオルは今でもはっきりと思い出せる。
そして、その夢は、いつしかトオル自身の夢にもなっていた。




