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恋ってなぁに? ~4~

「俺の一番のお気に入りは、これや」


 そう言って、七夕飾りの吹き流しみたいな紅い擬似餌をぴらぴらと揺らして見せると、「なんで?」と問いかけながら、ユウリが興味津々といった視線を向けてくる。

「初めて釣れた時、使ってたんよ」

「へぇ~」


 ユウリの興味はころころと転がって、本物そっくりなメダカみたいなルアーをつまみあげる。


「やけど、騙す言うんなら、こっちのほうが良いような気もするんやけど……」

「そうやな。小魚を餌にするような大物がいる場所なら、そうかもな」

「それって、海?」

「そうやな」

「ハルトは、行ったことあるん?」

「あるよ」

「綺麗やった?」

「そうやな。綺麗やよ」

「いいなぁ~」


 ふと、連れて行ってやりたい衝動に駆られるけれど、潮風が苦手なアンドロイドが多いことはハルトでも知っていて、「行こうか?」と気軽に誘えない。でも、もしもユウリにお願いされたらなんとかして連れて行ってやりたいな、とは思う。


「これって、川でも使えるん?」

「あっ、あぁ、もちろん」


 するとユウリがにっこりと笑って、「じゃ、今日、行こう!」なんて言い出す。


「釣り、してみたいんか?」

「してみたいって言うか、……見てみたい」

「なにを?」

「ハルトが釣りしているとこ」


 魚なんて、多分本気で興味はないんだろう。

 生意気にも、魚の生臭(まなぐさ)さが苦手だなんて言って、魚料理は絶対にしないユウリだった。

 そんなユウリが釣りをしたいなんて言い出すのは、多分きっと、出かけたいだけなんだろうなとハルトは思う。


 見上げれば、晴天の空は何処までも透明に澄んで、雲ひとつない青を惜しげもなく降り注いでいる。まるで、部屋の中に居ることを責めるように。早く外に出なよと、()かすように。


「よし。じゃ、いくか?」

「うん!」



 夏休みとはいえ、ウィークディに釣り人は少ない。

 なかでも、ほとんど人も通りそうにない木蔭で、ハルトが釣り糸を穏やかな川に向かって投げ込む。最初の頃こそわくわくといった表情で糸の先を眺めていたユウリだったけれど、いっこうに揺れもしない状況に「ふわー」とあくびの音がする。


「なんや? もう、飽きてしまったんか?」


 かかる気配のない糸の先を延々と待ち続けるこの時間は、ユウリには退屈だろうと思っていた。

 ハルトにとっては、今日みたいに天気の良い緑の綺麗な日だったら、魚なんてつれなくても、釣り糸を垂らしていることそれ自体に意味があるのだけれど、ユウリには多分そういう事はわからないだろう。


「つまらんことあらへんよ。ハルトがのんびりしとんの、なんか嬉しいし、ここにじっとしとるんも、なんか贅沢(ぜいたく)やん」

 あくびを飲み込んで健気(けなげ)にも言いつのるユウリに、ハルトが申し訳なさそうに言う。


「釣り竿、もう一本、持ってくればよかったなぁ」

「ええって。俺、やりかた知らんし、ハルトの大事にしとるもん、なくしたぁないし。俺やったら、糸、切ってしまいそうやもん」

 いいながら、ちらっとハルトを見上げくりんと背を向けると、ハルトに寄りかかるようにしてぽそぽそと言う。

「ハルトが、楽しければ、それでええねん」


 寄りかかったユウリの体温はやわらかにハルトに沁みて、なんとなく心地よく、ユウリが言った言葉も甘く、そのままとろんとした気分で過ごした。すると、やっぱり本当は飽きてきていたんだろうユウリが、うつらうつらと船を()ぎだした。


 まったく、ヒューマノイドのくせに、こんなところまで人間そっくりだから、困ってしまう。

 すこし身体をずらすと、こてんとハルトの膝に頭を乗せてくるユウリは、あどけない表情で眠っている。

 ユウリを起こしてしまわないようにそーっと釣り具をしまって、ちょっとの間その寝顔を見つめる。やわらかに色づく紅い唇をそっと撫でると、幼い指先が目頭をこすって「う~ん」と目覚めの声を出す。


「おはよ」

「えっ? おは……、! ごめん! 俺、眠ってもうたんや! ごめん」

「いいって」

「良くない! ハルト。魚は?」

「さっき捕まえて逃がした。キャッチ・アンド・リリースや」


 それは、見栄っ張りのええかっこしいの嘘。


「えぇー! ほんまにぃ! 俺、ハルトが魚捕まえるとこ、見たかったのにぃ」

 なのにユウリは疑いもしないで、本気で残念そうにつぶやく。

「ほんまかいな」

「ほんまやよぉ」


 なおもぐずるユウリを立たせて身体に付いた枯れ草を払ってやると、「ほんまごめんなぁ、寝てまうなんて、最低や」なんて申し訳なさそうに謝るものだから、本当は捕まえてなんかいないよと言いずらくなってしまう。なので、

「ええやん。おまえも気持ち良かったんやろ? 外でお昼寝なんて、初めてやん」

 と明るく言うと、しぶしぶながらもこくんと頷く。


 空はすっかり薔薇色に染まって、優しい夕間暮れが近づいていた。

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