7.いやだから、いや
季節がまたひとつ巡ったころ。
私は前より広場に慣れてきて、他の子どもたちと遊ぶ時間も少しずつ増えていた。
……はず、だった。
その日の広場は、いつもよりも賑やかだった。
棒を振りまわす子、
いきなり抱きついてくる子、
大声で笑って転げ回る子、
泥を両手いっぱいにして見せてくる子。
みんな、自分の「好き」と「したい」がそのまま行動になっていた。
(……どうしてみんな、そんなに…自由なの?)
私は笑って返したり、黙って逃げたり、曖昧に頷いたりしながら過ごした。
でも胸の奥で、小さなざわざわがゆっくり、ゆっくり膨らんでいく。
「いや」と言えた場面もあった。
嬉しかった瞬間もあった。
でもなぜか、胸の奥が苦しい。
(…なんで?なんでこんな気持ちがするの…?)
エリナの手を握る力が弱くなっているのに気づいたのは、広場を離れた帰り道だった。
⸻
家に帰ると、エリナの声が落ちてくる
「ニア、今日はどうだった?楽しかった?」
いつもの優しい声。ただそれだけ。
…なのに。
胸の奥のが無性にざわついて、何かが弾けたような気がした。
「……っ……」
声が出ない。
言葉が全部、のどの奥で固まる。
エリナが心配してしゃがみ込む。
「ニア?疲れちゃったのね…。抱っこしましょうか?」
その手が伸びてきた瞬間。
⸻
条件反射で、手を振り払った
「…っ……や……!」
自分でも驚くほどの力で、エリナの手をバチンと振り払ってしまった。
エリナは驚きつつも、怒らない。
「大丈夫よ。びっくりしたのね?」
その“怒らなさ”が、胸の奥のざわざわに火をつけた。
(なんで……?なんで怒らないの……?)
胸が締めつけられる。
息が苦しい。
でも理由はわからない。
そのとき――。
ライルの声が重なった
「ただいま戻ったぞー。…ん?どうした?」
その優しい低い声が、胸のざわざわの最後のひと押しだった。
びくん、と身体が跳ねて、世界がぐらりと揺れた。
(……なんで?優しいのに…怖い)
理由なんて説明できない。
でも、胸がぎゅっと痛む。
そしてよくわからない感情が膨らんで、限界に達した時、
「…っやだ!!!…やだぁぁ!!」
声が勝手に飛び出した。
「ニア!?どうし……」
「やだーー!!やだ!!やだ!!」
手がバタバタ動く。
足をジタバタさせて床を蹴る。
顔は涙でぐしゃぐしゃ。
自分でもなにがイヤなのかわからない。
ただ、いや だから いやだった。
「やだ!!やだ!!やだのーー!!」
「わかんないけど!!やなのーー!!」
腕をふりまわして、地面に座り込んで足をバタバタさせる。
「にあ、もう!!いやなの!!えりなも!!らいるも!!こないで!!」
意味はめちゃくちゃで、言葉になっていない言葉が
涙と一緒にあふれ続ける。
手をばたつかせ、床を蹴り、
目をぎゅっとつぶって泣き叫ぶ。
それはニアの本心でもあり、おそらく前世も含めて初めて、自我が確立されようとしている瞬間でもあった。
エリナとライルは一切怒らない
エリナはニアのそばにしゃがんで手を伸ばす。
「ニア…思うように伝えられなくて…嫌よねえ。でも大丈夫、泣きたいなら、いっぱい泣いていいのよ」
ライルも安全な距離を保ちながら膝をつく。
「ニア、嫌なもんは嫌なんだ、だから思う存分嫌って言っていいんだ。怖かったら、怖いでいいんだ」
責めない、ただただ温かい声がニアの心に染み込んでいった。
「……や……だぁ……ひっ……ぐ……」
泣き声がだんだん小さくなり、
手足のバタバタが弱くなっていく。
エリナがそっと手を伸ばし、
「抱っこしてもいい?」
返事はできなかったけれど…こくりと頷いた。
エリナはそっと抱きしめた。
「ニア……大丈夫よ。大丈夫」
ライルも近くで優しく声をかける。
「大丈夫だ。これも大きくなるために必要な経験だ、よくわからないニアが1番辛いよな」
その言葉に反応するように、ニアの身体のこわばりが少しずつほどけていった。
そして――
泣き疲れて、エリナの胸の中で眠った。
⸻
ニアを寝かせたあと、2人はそっと部屋を出た。
エリナは胸に手を当ててつぶやいた。
「イヤイヤ期というものかしらね、ニアとってもつらそうだったわ…」
「うまく伝えられなくてもどかしいんだろうな。俺たちはどしっと構えて見守るしかないな。」
エリナは静かに頷く。
「ええ…私たちはあの子が安心できる場所を作りましょう」
ライルも笑った。
「そうだな。俺たちのすることは変わらないよ」
静かな夜。
2人は眠るニアの部屋の扉をそっと見つめていた。




