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01

 夕暮れ染まる空の下、ハヤトはアーリアの背に乗り移動していた。


「もうすぐ夜だし、そろそろ野営場所を探そうか」


「了解にゃ」


 そして、どこかにいい場所はないかと、二人は野営場所を探し始めた。


「主様、前を見るにゃ!」


 周囲を探していたハヤトだったが、言われた通りに前を見ると、前方に大きな湖が広がっているのが見えた。


「ここらには湖があるのか。なら丁度よさそうだ。アーリア、あそこにしよう」


「がってんにゃー」


 ハヤトが湖の畔を指差すと、アーリアはそこを目掛けて降下していった。



 湖の畔に到着すると、周囲に野営しやすい場所がないか探す。


「おや?」


 辺りを探索していたハヤトだったが、少し離れた場所に小さな家が一軒建っているのを見つけた。


「見て、アーリア」


「にゃ?」


「あんなところに家がある」


「本当にゃ」


 両側にある森と湖に挟まれた場所に位置して、その家はひっそりと佇んでいた。


「ちょっと見に行ってみようか。もしかしたら、野営をせずに済むかもしれないし……」


「賛成にゃ。きっと宿に違いないにゃ!」


「さすがにそれはないんじゃないかな……」


「にゃ!?」



 少し歩くと、目的の家へと着いた。その家は、木で出来たログハウスのようだった。家の周囲には短い草が生えている中、ドアの周りには草が生えていない。どうやら、人の往来はあるようだ。


「すみません。誰かいませんか?」


 ハヤトはドアをノックしながら尋ねる。けれど、家の中からは物音一つしなかった。


「留守なのかな?」


「やっぱり宿に違いないにゃ」


 そう言ってアーリアはドアノブを回す。すると、鍵がかかっておらず、ドアは簡単に開いた。


「開いたにゃ」


「え? 本当に?」


 家の中にさっさと入ったアーリアに続き、ハヤトも中に入る。中には人が生活するのに必要な、ベッドや棚といった家具が一通り揃っていた。また、調理場を覗けば、鍋が火にかけられていて、調理中であることが窺えた。


「誰かが住んでいるみたいだし、勝手に入ったら悪いよ。早く外に出よう」


 先に入って、周囲を物珍しそうに眺めているアーリアに告げると、後ろから物音が聞こえた。振り返って見ると、入り口に三十代前半に見える、一人の女性が立っていた。


「誰、あなたたち? 人の家に上がり込んで何の用?」


 女性は手に木の実が入った籠を抱えていた。さらに女性をよく見れば、耳のあたりに扇状のヒレのようなものが付いており、人間ではないことがわかる。恐らく海人族(かいじんぞく)なのだろう。知識では知っていたが、見るのは初めてだった。


「すみません、勝手に上がり込んで。湖で野営しようと思ったところ、こちらの家を見つけたので……。泊めてもらえないか相談しに来たところ、鍵が開いてたので連れが入ってしまいました」


「ごめんなさいにゃ」


 アーリアも素直に謝った。


「そうなのね……。まぁ、そのことはもういいわ。誰もいないからって、鍵をかけてなかった私も悪かったしね。それよりあなたたち、家に泊めてほしいんだっけ? よければ泊めてあげましょうか?」


 女性の提案に、渡りに船とばかりに頷いた。


「よろしければ、是非お願いしたいです」


「わかったわ。なら泊まっていきなさい。私も久しぶりに人と話せて嬉しいわ」


「お姉さん、ありがとうにゃ」


 二人は女性の厚意により、家へ泊めてもらうことになった。



 夜になり、二人は女性との夕食に同伴させてもらっていた。


「そういえば、あなたは海人族ですよね? どうしてこのような場所で生活されてるのですか?」


 ハヤトは気になっていたことを尋ねた。


「あら? あなた海人族を知ってるの?」


「ええ。以前、本で読んだことがあります」


「へぇ、物知りね」


 意外そうな顔をしていたので、自分がどう思われているのかが、少しだけ気になった。


「確かに私は海人族だわ。それと、ここにいる理由だっけ? 別に大した理由じゃないわ。ただの家出よ」


 女性はつまらなそうな顔をしていた。


「家出ですか?」


「ええそうよ。私が生まれた場所は海の村っていう、古いしきたりのあるくだらない村だったの」


 そう言い、女性は詳しく説明してくれた。


「その村では海神様というのが祀られていて、代々その神に仕える巫女というのが選ばれていたの。それで、先代様のお役目が終わったってことで、次代の巫女に選ばれたんだけど……。それがもう嫌で」


「別の国で、巫女に選ばれるのは大変名誉だと聞いたことがあります。あなたの村では、そうではないのですか?」


「そりゃ、村の中では名誉だろうけど、私にとってはそうじゃなかったわ。だって、巫女になると生涯をその村で過ごさなくちゃならないのよ? 村の外に出ることは許されないし、お役目とやらで自由な時間もほとんどない。そんな縛られた人生、誰が好き好んでやるのよ」


 私は遠慮願いたかったわ、とさらに愚痴る。


「それで村を出たのかにゃー」


「村から出ると言ったときは、そりゃ非難の嵐だったわ。『名誉ある責務なのに』とか『巫女はどうする気だ』とか(うるさ)いったりゃありゃしない」


「それはそうでしょうね。そんな代々続けられてきたのであれば」


「そんな古いしきたり、知ったこっちゃないわよ。こっちはいい迷惑だったわ。そのことを親に話したら、『罰当たりが』って怒鳴られて。そのせいで、喧嘩別れになっちゃったわ」


 笑い話であるかのように、女性は語っていた。


「村を出てからは、川を泳いで遡ってきたわ。水の中では、そうそう何も起きないし、食料もある程度は持っていた。問題はなかったわ。それで、何日間か移動して、ようやくこの場所に辿りついたわけなの」


「最初からここに湖があると知っていたのですか?」


 ハヤトの問いに首を横に振った。


「いいえ、そんなことはないわ。偶然見つけただけよ」


「それはすごい偶然ですね。このような素晴らしい場所を見つけるとは……」


 ええ、と頷いた。


「本当に、この場所はすごく気に入ってるわ。何せ家もあるし、食料も湖と森の中を探せば手に入る。生活するのには困らない。そうよ、私はこういうのを求めていたのよ」


「いわゆるスローライフってやつですか。……それにしても、この家は最初からあったんですか?」


「そうね。何故かは知らないけど……。大方誰かが別荘にするつもりで作ったんじゃないかしら? あいにく誰も来ないからそのまま使わせてもらってるけど……」


「誰かが帰ってきたらどうするのかにゃ?」


「その時は――もう私が使ってるし、諦めてもらいましょう!」


 女性は楽観的な様子でそう言ったのだった。

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