第14話「全知全能に非ず」
遅れました。(*´∀`*)
今回の投稿は【第10回二ツ樹五輪プロジェクト】 引き籠もりヒーロー 第5巻出版(*■∀■*)の「二ツ樹五輪 次回Web投稿作品選定コース(限定7名)」に支援頂いた月神さんへのリターンとなります。(*´∀`*)
滝沢コウ。日本所属で地球圏最高ランクのシン。俺がシンになった直接の原因であり、現在は後見人のような立場で、一歩引いた位置に立っている年下の少年。
彼が俺に望むものは将来性であり、未来におけるシンとしてのパートナー。
事情を知らない、おそらく知る権限を持たない俺としては、何故そこまでしてという気持ちもあり、正直強権による理不尽に思うところがないわけでもないが、それならそれと飲み込んでメリットを甘受しようと頑張っているのが、着任半年経った今の状況だ。
しかし、そんな立ち位置にありながら、彼は未だ俺に戦う姿を見せない。動画は制限されているにしても、どの程度強いのか、隔絶しているのかを認識させるのは将来的なパートナーを望んでいる相手に対して必要な事なのではとも思っていた。普通なら、見本という意味で無駄になるようなものではないだろうと。
……抜けたところがあるから、案外素でそういうステップを忘れている可能性もあるが、俺は何かしら意図があるんだろうと聞かないまま今に至る。
きっと、コレはその一端。見本を見せられないのではなく、見たら飲み込まれる。殺気を放っただけで相手の心が折れかねない劇薬。生物として隔絶し過ぎていて参考にもならない。
巨人の如き存在がビルを倒壊させて、じゃあやってみてと言われても無理としか返せない。……そういう差だ。
そんな隔絶した差を真正面から、受けてしまった。
-1-
覚悟はしていたつもりだった。実力差を想定すれば、一発でももらえば即死する可能性すら考えてた。
しかし、まさか不意に発生した殺気を当てられただけでこんな事になるとまでは考えていない。そんな事があり得ると想像すらしていなかった。
比喩ではなく、心臓が停止した。
ここまで神経系を含めて強化を重ねていたからこそ、自分の心臓が停止した事が分かってしまう。
平時であればすぐに回復する。やった事はないが、能動的に、意識して自分で動かす事さえ可能かもしれない。しかし、体全体、部屋全体を押し潰さんとするプレッシャーの中では、そんな事は不可能だと思い知らされている。
その事実に驚愕し、動揺した事で生まれた精神的隙に、更なるプレッシャーが容赦なく踏み込んでくる。悪循環だ。
心臓だけではない。今の俺でも把握できないほどに、全身の機能が急速に停止しつつあるのが分かった。
あっという間に視界がブラックアウトする。心臓停止によるものだけでは決してあり得ない急速な変化は、体のどこがどう作用して発生したものか分からない。
そして、何故かそれを受け入れていた事実に驚愕し、何故だか納得もしていた。なんとなく、死はこういうものなのだと。
次に考えたのは……そういえば走馬灯見てないなって事だった。
バチッ!
電流の流れる音がして、現実に引き戻された。
心臓が跳ねる感覚の直後、濁流のように血液が全身を駆け巡るような感覚。次いで、体が跳ね上がるような衝撃。視界が戻ってきたのはその直後だ。
「……りんご?」
「簡易な蘇生処置を行いました」
りんごの手の感触を背中に感じる。……手から電気を放って除細動で救命処置したって事か。そんな機能があるなんて知らんが、今は助かった。
「す、すまん……そんなつもりじゃ……」
改めて前を向けば、極めてバツの悪そうな表情の滝沢。あの凶悪な殺気はすでになかった。
その姿はいつものふてぶてしいものでも、超然としたものでもなく、なんとなく年相応のものに感じる。……初めて年下の滝沢の姿を見た気がした。
ここまででおそらく数分……ひょっとしたら一分にも満たないかもしれない。そんなわずかな時間で、生死の境界線を往復してしまった。
「覚悟してた事だからいい。いや、あんま良くないが、結果として死んでないし問題ない」
走馬灯も三途の川も、写真でしか知らない祖父母の迎えもなかったし。
「割り切り過ぎだろ。こっちは本気で肝冷やしたんだぞ」
「やった本人が言うな」
「やった本人だから言うんだよ。……マジで想定外だったんだ。こんなに自分の感情を制御できないとか」
まあ、りんごの対応がなかったとしても、心停止なら滝沢が正気に戻りさえすれば蘇生は間に合っただろうとは思う。……戻らなかったら普通に死ぬ。
物理的に攻撃されて即死するよりははるかにマシ……なのか分からんが、そういう事にしておこう。
横を向くと、特に表情の変わらないりんご。動揺などは一切見られない無表情なのは今更として、この状況に口を挟む気はなさそうだ。
「さすがに謝罪の方法が見当たらない。一つ借りにしておいてくれ」
「そこまで求めるつもりはなかったんだが」
「けじめだ。大抵の無茶ならなんとかする」
滝沢への貸しとか、どれだけの価値があるか分からんな。政府とかは死ぬほど欲しがりそう。
蘇生直後な今の自分が冷静な気はしないから、振り返ってみたら妥当って感じるのかもしれない。事実だけ並べるなら……まあ、割ととんでもない事されている気はするが。
「それはそれとして、あいつの件……元々の話に納得するつもりはねえぞ」
「……だろうな」
もちろん知ってた。ただ話して納得してくれるくらいなら、こんな悲壮な覚悟で対応していない。
あいつの件と濁してはいるものの、今回の件が滝沢茜についてである事は伝わっていて、滝沢がそれを正しく認識している事は間違いない。
これは本人が名前すら口にしたくないという反応だ。それだけなら反抗期の少年の行動に見えなくもないが、不快感を隠し切れていない表情を見れば相当な妥協である事が伺える。
「だいたい、なんでそんな事になる。普通なら政府がリストから除外するなり、始末するなりするのが筋だろうが。それくらい忖度される立場にいる自信はあるぞ」
「俺もそう思う」
「だよな!? 正直、自分が冷静な自信はまったくないが、間違ってないよな」
「間違ってないぞ」
ただのイエスマンみたいになっているが、それは俺も抱いた疑問だ。
そして、実情は納得できずとも理解はできる内容でもある。まずはこれを伝えないといけないのだが、単に説明するだけでは意味がない。
十和田さんから受け取った資料があるから説明はできるが、ここら辺、俺と滝沢の立ち位置では意味合いが少し違ってくると感じている。
滝沢に必要なのは、理路整然とした説明による理解ではなく納得だ。理解が不要とは言わないが、多少強引でもいいから受け入れさせる事のほうが大事。だからこそ、こうして顔を突き合わせて話す必要があった。
「そこのところ一応確認しておきたいんだが、滝沢としては、あー……茜ちゃん自身について何か思うところが?」
こちらも名前を濁そうか考えたが、さすがに伝わり難いだろうと諦める。名前が出るだけで不快な表情になるのを誤魔化しもしない滝沢も、さすがにこれだけで激昂する事はないし、咎めもしない。
「もちろんあるが、そんな事を聞きたいんじゃないよな。……アレに関して親類の情なんかない。なんの干渉もなく生きていくだけなら別段気にしないが、幸せになって欲しいとも思わないし、生きてほしいとすら思ってないくらいだ。逆に、死んだとしても喜びはしないが」
……おそらくだが、本心だな。実際にどうなるかは予測も付かないが、少なくとも現時点ではそう考えていると。
「手をかけられなかったんだよな?」
「……そうだよ。否定はしない。皆殺しなんざやっている最中なのに、人間らしい倫理観に縛られて手が鈍った。今の俺なら確実に殺してるのにな」
滝沢が幼児を縊り殺す姿を想像して少し嫌になったが、まあ必要ならやるだろうなと思う。
問題は、それが極めて感情に寄った反応な事だ。滝沢の中で、十年前の事件はどんな扱いになるんだろうとも思った。
……この分だと、多分整理できてないだろうな。する気もないんだろう。
「自分に関係ない世界で生きている分には見逃すけど、目に入る領域に入ってきたら無視できないって感じか」
「……ああ。ちょうど、俺もこんな場所に隔離されている事だしな。なのに、わざわざその隔離場所に放り込むのはおかしいだろ。嫌がらせか」
「それは確かにそうな」
しかも、絶対に機嫌を損ねられない超VIPに対してだ。政府も滝沢も、お互いがそう思っているのに何故かこんな事になっている。
「で、こんな呑めるはずない要求を通すつもりだ?」
「なんでこんな事になっているのかについて説明は受けているし、資料も受け取っているんだが、正直なところ滝沢が納得できると思えない」
「だが、この場に来て説明しているって事は、それなりに納得はしてるって事だろ。……言ってみろよ」
相変わらず良く分かっているな。これなら、最低限の理解は期待できる。というか、ここまでキレたら聞く耳持たなくなりそうだが、俺に対する罪悪感がそれを緩和してくれている。利用するようで悪いが、対面したかいがあったというものだ。
というわけで、恐怖を通り越して良く分からない精神状態のまま、勢いで説明する事にした。基本的に資料を交えて、かなり専門的かつ難解で説明が困難な部分もあったが、そこは素直にりんごの手を借りた。こんな状況だと冷静なりんごの存在がありがたいな。
「……その流れでどうしてそうなる? 意味分かんねえんだけど」
そして、十和田さんからされた一般的な範囲の説明を繰り返したところでその反応だ。知ってたとしか言いようがない。
「俺が冷静じゃないからか? あきらかにおかしいとしか思えない」
「いや、間違ってないぞ。俺もそう思ったし、ぶっちゃけ今も思ってる」
「……だよな?」
「だけど、奇妙な事が起きている。あきらかに説明がつかないレベルの偶然が重なって、こんな事になったらしい」
「…………」
普通ならあり得ない。政府の怠慢でもない。なのにおかしい事が起きていると伝えるのに、段階的な説明は必須だった。
理路整然としているからこそ、詳細な説明で違和感が爆発するのだ。どれだけ運が良かろうと、さすがにそれはあり得ないと。
「……やべえな。本気で意味が分からん……が」
滝沢の視線が、りんごに向けられた。いや、この場合、滝沢が見ているのはその先のセルヴァか。
「無関係です」
「らしいぞ」
「同席している時点で、んなわきゃねーだろっ!! 通るかそんなもん」
「それが通るんだよな……」
「マジで言ってんのか」
いつもの滝沢ならこの段階であたりが付くはずだ。当たり前だろうが、やっぱり冷静じゃないな。
「無関係だからこそ、興味があります」
「…………」
とはいえ、りんごのその一言で考え直したらしい。セルヴァを知っているほど、この一言は的を得ていると分かる。
「……つまり、セルヴァと無関係な力が働いてるから興味が出て同席したと?」
「ここに来たのは私のシンのボディガードが主目的ですが、否定はしません」
「…………」
その言葉を受けて、立ち上がりかけた滝沢が腰を下ろす。
「滝沢」
「……ちょっと待て」
そこから時間にして一分ほど、滝沢を腕を組んで黙り込んだ。情報の整理か、落ち着くためか、交渉の下準備を整えているという事なのだろう。
「……とりあえず落ち着いた。他に捕捉があれば頼む」
どうやら、無事とは言えないものの山場は越えたらしい。
-2-
「……とまあ、そういうわけだ」
そこから続く異常性に関しての説明に対し、滝沢は素直に耳を傾けていた。
ツッコミポイントが無数にあるのに口を挟まなかったのは、すでにそういうものと考えているのか、多過ぎて呆れているのか。改めて説明してなお強く思うが、全体像が俯瞰できるほどにおかしい案件である。
「おおよそ理解はした。おかしいのが同感っていうのも含めて」
それが結論だ。冷静に説明を受け、分かる範囲で理解するならそうなるだろうという結果である。
「とりあえず考えても答えのでない意味不明な事象は置いておいて、政府の要求はなんだ?」
「シンとして滝沢茜が着任する事の黙認だけだ」
「つまり、着任以降なら殺しても構わないって事だな」
「…………」
それは……どうなんだ?
いや、この島が治外法権な事は今に始まった話じゃないし、実際にそうしても政府は何も言わないだろう事は想像が付く。俺が気になったのはそこではない。
「なんだよ。今更、驚くような事じゃねーだろ。極論、この島を破壊して回っても許される立場だぞ、俺は。同じシンとはいえ、新人一人殺すくらい……」
「……そうじゃない」
「じゃあ、何だよ」
「そもそも、それは可能なのか?」
「は?」
滝沢にそれができるのかという問題。今更、人として、親族しての情で殺人ができるのかと疑っているわけじゃない。
ここまであらゆる事で運命が誘導されたような相手が簡単に殺されてくれるのか、という問題だ。
「わざわざ後回しにしたのに話を戻す事になるが、実行しようとしても妙な事が起きるんじゃないかって」
ここまで、政府のあらゆる忖度を擦り抜けてシンになる事が内定しているような相手だ。直接的な殺害だって、なんだかんだで回避されてしまうかもしれない。
十和田さんからもらった政府資料には暗殺計画の類は存在しないものの、実は裏で実行していましたってケースもなくはないのだ。政府主導なら、それこそとれる手は無数に存在するのだから。
「……セルヴァとしての見解は?」
「滝沢コウはあまりこういった場合に意見を求めないと思っていましたが」
「セルヴァにとっても未知なら、一方的な情報の持ち出しにならないだろ。貸し借りにならない」
「なるほど」
ああ、滝沢が普段からりんごと没交渉なのは、セルヴァへ対する嫌悪感云々ではなく、そういった価値観からくるものだったのか。
セルヴァ……というか、りんごがそんな事を気にするとは思えないが、それが滝沢の距離感なんだろう。
いやまあ、俺の事については、肝心な本人の頭を飛び越えていろいろやりとりしているのは知っているが、それはそれとして。
「まず、前提として申し上げますと、セルヴァは今回の件についてそこまで関心を持っていません」
「あれ? そうなのか」
「はい、シン。私個人は興味を惹かれますし、セルヴァとしても完全に無関心ではありませんが、未知の前例はいくらでもありますので」
前例あるのか。
……それもそうか。宇宙外知性体なんてトンデモな名称で勘違いするが、全能でも全知でもない……はずだ、多分。
少なくともりんごを通して見たセルヴァという存在は、完璧とは言い難い。人類にとってあまりにかけ離れた存在ではあるものの、それはスケールの違い、文明レベルの違い、生物としての違いに根ざした差に過ぎない。
そもそも、本当の意味で完璧ならこんな見世物みたいなシステムを構築しないだろう。りんごの談でしかないものの、犯罪者だっているくらいなのだから。
だから、いくらスケールが違うとはいえ地球のすべてを知っているわけではないし、知らない事だってそりゃあるだろうという話だ。
スケールだけでたとえるなら、人類がウィルスや原子物理学などのミクロな世界で、未だ新発見を続けているのと同じだろう。
「なので、これから話す予想も、私という個体のものに過ぎないという事をご留意下さい」
「くそ、なんで俺の担当はあの穀潰しだったんだ……」
「それは単に運の問題かと」
りんごの誠実さが良く見える対応に、まったく関係ない部分で滝沢がダメージを喰らっていた。
「とはいえ、私の意見も概ねシンと同様です。この手のタイプは何をしても、予定調和のようにそこに収まっているというケースが多いので。働いているだろう力は未知ですが、結果だけを見ても類似例は地球の歴史ですら複数確認できます」
「運命とでも言うのか」
「その言葉を否定するつもりはありませんが、何かしらの力・影響が見られる以上、これは真逆のものだと考えます。操作・誘導された必然によって結果を導いているようなので」
なるほど。確かにそれは運命に似せた何かでしかないんだろう。
「なので、どうしても滝沢茜を排除したいのなら、未知の原因から取り除く必要があります。そして、それが何かはセルヴァでも把握していない状態です」
「…………」
「もちろん私という個体の予想に過ぎませんので、試してみたらあっさり死ぬかもしれませんが」
「それをした場合どうなるか……分かるわけないか」
「類似例から導き出した予想なので」
人を殺すかどうかの話をしているのに俺の心が穏やかなままなのは、ここに来て変わってしまったからなのだろうか。
俺としては正直、滝沢茜の生死やシンとしての着任可否に興味はない。彼女が死んだら、美柑のフォローが必要だよなとか、そんな事ばかり考えていた。
さすがに、元々こうだったとは思いたくないんだが。
「俺からも聞きたいんだが、強くでないにしてもセルヴァが関心を持っている相手を殺すのは不興を買わないか?」
「それについては問題ありません。その結果を含めての観察という形になるかと」
「じゃあ、りんご個人としては?」
「……そうですね」
そこで、りんごは一拍置いた。それは、ほとんど思考時間というものを感じさせないりんごには珍しい反応だ。
「あえて言うなら、生かしておいたほうが……おっと」
「なんだ、そのわざとらしいおっと」
「わざとなので」
「つまり、そういう事なんだろうよ。……悪いな、あんたのスタンスは少し分かった」
完全に理解したわけじゃないし、意図も読めないが、りんごのそれが意味するところは呑み込めた。ここで深く追求すべきでない事も。
多分だが、それはきっとセルヴァにとっての制限事項なのだ。情報として発する事ができない類の。それをあえて漏らしたと。わざとらしいのはりんご個人の癖だろう。
……そう、癖である。意識したものか無意識かの判別は付かないが、りんごが時折見せる人間臭さだ。
「俺も、ちょっとセルヴァって存在への見方を変える事にするよ」
「ええ、懸命かと。そのほうが私もやりやすいので」
「……ちょっとだけな」
何かしら狙いがある事を隠さないのもりんごの癖の一つだ。とはいえ、滝沢に対してはそれが誠実さに映るだろう。
警戒度マックスだった滝沢から発された言葉である事を考慮するなら、りんごがした事の重みも理解できようというものだ。
「話を戻してもいいか? 滝沢から政府への要求についてなんだが」
「そりゃ完全に没交渉だ。完全にシャットアウトして、俺の情報の一切合切を隠蔽したい」
シンは元々そうだろという話ではない。それ以上に、言葉一つ、情報一つですらお互い伝わらない形にしたいという事なのだろう。
「無理」
「あん!?」
強烈な殺気が膨らんだが、もうそれだけで心臓が止まったりはしない。不意に喰らったら漏らすくらいはするかもしれんが、二度目ともなれば耐性もできる。
「説明の中でも言ったが、彼女はすでに美柑と知己……ひょっとしたら友達になってるかもしれない。そのラインが存在する以上、俺とのラインも生まれる。深く干渉する事は避けられても、情報の完全なシャットアウトは不可能だ」
不干渉程度ならまだしも、情報すべてまでという条件を押し通す場合、滝沢と俺とのラインを切らないといけない。
滝沢の中で俺がどういう立ち位置かは怪しいが、その重要度を測る問題になる。これは俺だけの意思で転ぶ方向を定められるものではなく、滝沢の評価次第だ。……俺としては、滝沢との関係は感情を抜きにしても得難いものだと思っているので妥協してほしい。上を目指すなら、この関係は間違いなく強力なアドバンテージなのだ。
即物的に見えるだろうが、俺たちの間にある情はまだ相当に希薄だから、どうしても損得での判断がメインになる。
「ああくそ、そうなんのか。……そうだよな。確かに無理筋だ」
「一応、俺の存在を含めてラインを切るって手はなくもないし、滝沢ならゴリ押せるとは思うが」
「そこまで縛るつもりはねえよ。せっかくだから正直に言うが、今のところ俺の中であんたの評価は相当に高い。元々の期待値以上なんだ。投げ捨てるのは惜しいし、それが縛り付けて発揮される類のものじゃないってのは理解してる」
おや、思った以上に高く買われているらしい。さすがにゴリ押し監禁まではしないと踏んでいたが、俺との関係を断ち切るまではあり得ると思っていた。
「……しょうがねえな。完全没交渉で留める。ただし、政府が公式に用意しているラインはすべて機能ごとシャットアウトだ。情報も可能な限り隠蔽してもらう」
すべてを把握しているわけじゃないが、機能というのはスケジュールにある面談申請などの事だろう。
「公開情報はどうようもないんだよな?」
「さすがにランキングの名前は隠蔽し切れないだろうな。関係者には知れ渡ってるし、変に隠すと不自然さが出るから、そこは仕方ない」
「まあ、滝沢って名字だけならいくらでもいるしな」
叔父の名前どころか存在も、自身の出自すら知らない人間が、同じ苗字を見て何かを感じるとも思えない。滝沢という名字は現代でもそれくらい多い。
「言っておくが、情報の隠蔽に関してはあんたからもだぞ。何一つ喋んなよ」
「それはもちろん……なんだが……」
「いや、ちょっと待て。……俺の情報って、他のシンだったら知ってる奴は知ってる情報じゃねーか」
……だよな。全員が調べてるとは思えないが、ランキングトップって時点で調べる奴は当たり前にいるだろう。特に阿蘇狂歌なんて、追っかけやってる奴が知らないはずないだろって話しになるし。
とはいえ、基本没交渉なシン同士でそんな口止めが成立するとは思えない。そもそも滝沢茜が接触するかすら怪しいが、可能性は残る。
「なら、他のシンと接触する場合は基本的に俺か美柑を通してって形にしてもらおう。本当の意味での直接接触は防げないが、十和田さん経由で申請を握り潰してもらう事は可能だろうし、それくらいの特例処置なら押し通せると思う」
「……わ、悪いな」
「ただ、最低限、阿蘇に関しては対策が必要だろ。追っかけなんて、血縁関係知って吶喊する可能性すらあるぞ」
重箱の隅を突くような情報にだって意味を見出すのが追っかけなのだから。
「あいつに関してもそっちでなんとかできない?」
「自分の追っかけなんだから、自分でなんとかするっていう心意気はないのか。別に話通じない相手じゃないんだろ」
ここまで会わずに済んでいる。しかも、これほど滝沢と接触している俺に対してもこうなら、警告された事は守っているという事になる。少なくともストーカーレベルではないはずだ。楽観的かもしれないが、むしろ滝沢より常識人なんじゃって思っているほどだ。
「俺、あいつ苦手なんだよな……」
これまでの、人の生死に関わるレベルの問題とはあきらかにトーンが違う。
「じゃあ、さっき俺の心臓止めた借りでやってくれ」
「あんた馬鹿じゃねーのっ!? あーっ、くそっ、そんなんで貸し借り使うんじゃねーよ。分かったよ。それは取っておけ」
本当に借りを使っても良かったんだが、納得してくれたらしい。
それからも細かいやり取りは続いたものの、概ね交渉はまとまった。いろんな意味でハードな会談だった。
「あと、政府にはこれが巨大な貸しだって念を押しておけよ」
「そりゃまあ、滝沢の立場を考えるなら仕方ないよな。十和田さんにも、ちょっと露骨なくらい言い含めておく」
「俺の事じゃねーよ」
ああ、なるほど。確かにそういう見方もあるな。
-3-
そんな感じで、ここに来て人生最大だったかもしれない山場は無事乗り越えた。一度心臓止まった時点で無事ではないかもしれないが、結果として死んでいない。
「それでは、簡単な議事録と政府への報告書の暫定案を作成します」
ついでに、りんごが出席したメリットを甘受して書類をいろいろ作ってもらう。
そのまま出しても大丈夫な形にはなっているんだろうが、内容確認はした上で多少の修正は必要だろう。万能だが全知全能でないセルヴァ様は、人間相手の機微を汲んで対応してくれるものの、やはり完全ではないためだ。俺の会話の癖まで含めて対応し切れているとも思えない。
「今更だけど、セルヴァも全知全能ってわけじゃないよな」
「そもそも全知全能を謳った事はないはずですが。私も学ぶべき事は多くありますし、そうでなければここにいません」
そうだ。セルヴァは理解が追いつかないほど強大だが、全知全能の神ではない。
「シンの考えている事は、地球上の、主に日本以外の国家で議論されているようです。セルヴァは神なのかと」
「結論は?」
「もちろん、神ではありません。一神教のみならず、多神教のそれとも違うものです」
完全なる否定だ。当然そうなる。無数の、特に一神教を掲げる国家において、これが議論されないわけはないのだ。そして、そこを無視して隷属させる事は不可能に近い。
実を言えば、現代においての宗教はかなり色が濃くなっている。信者自体は減った。活動も目立たなくなった。しかし、一部の信者……特に宗教国家のそれは前時代と比べて遥かに深く、強い信仰で形造られていると。元々はそういうものなのかと深く考えていなかったが、この変遷もセルヴァ技術が根底にあるのかもしれない。
「それが足枷になって成績が振るわない国も多く、日本はその点が有利に働いているのではないかという考察もありますね」
「結論は?」
「影響は顕著です。実際の統計を見ても、間違いなく足を引っ張っています」
そう答えるりんごは少し楽しそうだった。それが語っている内容によるものか、俺が続けて結論を求めた事に対してかは分からんが。
「それと、シンのスケジュール案に訂正を入れました」
「内容は?」
「マッチングの後ろ倒しです。気付いていないようですが、先ほどの会談の影響でシンのパフォーマンスに低下が見られます」
「……マジで?」
「前回の試合よりも顕著です。条件を下げるならともかく、現在のシンのスタンスでのマッチングは推奨できません」
……なんてこった。この件に関する出来事の中でこれが一番ショックだった。ただでさえ強制休暇でフラストレーション溜めていたのに倍プッシュだと。
「四月までにもう一つくらい上げておきたかったんだが」
「それは問題ありません。ランク昇格に必要な勝利数は足りてますので」
ならいいか……って事にはならないんだよな。
俺は試合そのものができない事に不満に感じている。あきらかにそういう自覚がある。決して、趣味がないからではない。
「伊藤美柑と滝沢茜が着任すればいろいろと変わるかもしれませんが、何か趣味でも始めてみては?」
「趣味ならあるんだが」
「では、その趣味をされては?」
クソ正論である。
しかしなあ……どうも気乗りしないんだよな。図書館造ってくれるって言われて少しは嬉しかったが、あとになってなんか違うとも思ったし。
「あまりプライベートに踏み込むつもりはないのですが、提案してもよろしいですか?」
「……どうぞ」
超越存在に矮小な人間の何が分かるんですかねと内心毒付きつつ、りんごならひょっとしたらとも思って答えを促した。
「十和田遥から提案された図書館は大規模過ぎて、趣味の範囲に留めるには手に余るかと。とりあえず本棚を造ってみては?」
「…………」
「幸い、この拠点はポイントによる拡張機能があります。散財は推奨しませんが、家具一つ、あるいは一部屋程度であれば、強化に使う分にも影響しません」
あまりに正論過ぎて反論が浮かばない。……おのれ。
何故そんな事すら思い付かなかったのかと言えば、ここがシンの活動拠点としか認識していなかったからだ。日々の戦いを繰り返す中で忘れてしまっていた。なんなら、寮から運び込まれた物も一切触れていないくらいだ。
いきなり図書館立てますとか言い出した十和田さんを否定する事はできない。何故ならこの拠点について十和田さんは何も知らず、提案しようもないからだ。
……そこまで考えて、改めて今の重症具合を自覚してしまった。ワーカーホリックどころではなく、俺は相当に病んでいると。
「あるいは、伊藤美柑、滝沢茜を歓迎するための下準備として事前に島の施設をチェックしておくとか」
続く提案も一切反論の余地もないくらい真っ当なものだ。趣味にするには一時的なものだが、そこから何か興味が出るかもしれない。そういう意図を含んだ提案だ。
「すまん。今ちょっと打ち拉がれているんで止めてもらっていいかな」
「理解しています」
分かってやってるのかよ。くそ、冗談なのかどうかすら分からん。これじゃ、りんごより人間味がないって指摘されているようなものだ。
俺がサイコパス気味な気質があるのは受け入れざるを得ない部分もあるが、さすがに宇宙外知性体のほうが人間として常識的というのは受け入れ難いぞ。このままじゃ人間としてのアイデンティティの危機だ。
いろいろと気付かされてしまった事もあって、改めてこの拠点について確認してみる事にした。
普通なら着任後すぐに、遅くともその週くらいには済ませるような事を今更やる。その事に思い至りもしなかった。
シン技術そのものな超ハイテク施設に拒否感がある人はいるだろうが、俺は別にそんな事ないのに。
拠点の拡張機能は端末内に専用メニューが用意されている。
そこからポイントで部屋を選んで設置。既存の空間からそこに繋がる接続……つまり出入り口を設置する。たったこれだけの作業で一部屋追加された。使ったポイントも些細なものでしかない。
ポイントで設置可能な施設は増やせるし、今の強化施設も同じ手順で用意したものなのだが、こと生活空間に関しては最初から用意されているメニューで十分だろう。
ちなみに、設置した施設同士は干渉する事を考慮する必要があるものの、自身が設置したもの以外……つまり、他のシンの拠点を考慮する必要は一切ないとの事。
多分だが、物理的に空間が隔離されているんだろう。もう、それくらいのSF技術では驚かなくなってきた。
「あのさ、これができるなら地上への転送ルートも別に設置できたりしないか?」
「日本政府との規定で禁止されています」
目下不満を感じている事に対処できないかと聞いてみたが、できないらしい。それも、技術的にではなく規定の問題らしい。
-4-
翌日、滝沢との交渉がまとまった旨の報告、そして細部を詰めるために十和田さんの執務室を訪問する。
「あ、ありがとうございます! 本当にどうすればいいのかと……」
「十和田さんが行かなくて正解だったと思いますよ。俺も物理的に心停止させられましたし」
「はぇっ!?」
直接の交渉は論外、通信でも危険ってレベルだ。あいつが謝ったのだって、俺に対して一定以上の価値を見出していたからだろう。十和田さんと滝沢の関係は知る由もないが、そんな関係とも思えない。普通の男女なら恋愛感情も含めて考えないといけないが、滝沢のトラウマを考慮するならまずないし。
「相当に妥協させた感がありますんで、その旨は政府に強く伝えて下さい。あいつは俺から政府への貸しって事を念押ししろと言われましたが、それも含めて」
「ええ、ええもちろん。私個人としても、とんでもない借りを作ってしまったと思ってます。……どうやって返したらいいのか検討もつかないんですが」
それは俺も検討が付きません。
「正直、職分の範囲を含めないなら犬になれと言われても断れないとさえ……」
「いや、そういうのは別にいいです」
「これでもそういう悲壮な覚悟はできてたんですよっ!」
とはいえ、十和田さんを犬にして飼う趣味はない。いや、十和田さんに限らず、他の人でも同様だ。
そこには性的な意味合いすら含まれているのかもしれないが、それもあまり食指が動かない。別に十和田さんに女性的魅力を感じないわけでもないが、あえて手を突っ込みたいとまでは思えないからだ。なんだかんだで絶対余計なものまでくっついてくる立場だし。
単に恋人や嫁さんが欲しいなら別に選ぶ。東堂さんにアタックしてもいいし、本当に美柑がそういう感情を抱いているならそちらのほうがはるかに優先度は高いからだ。
根本的に、俺が男女のそういう関係を意識できないという問題もあるが、それはそれとしてだ。
「……というわけで、いろいろと付帯条件はありますが、滝沢からの要求はこんな感じです」
「むしろ、良くコレで呑ませましたね」
滝沢との会談でまとめた内容を説明すると、十和田さんは若干引いていた。押し付けたのはあんただろうと思わなくもないが、理由は察せる。
あんな暴力の塊、権力の塊を相手に、普通は交渉など成立しないのだ。それこそ、交渉が成立するだけで大金星。あちらから提示された条件に修正を入れるなど論外といったところだろう。
それこそ、最初に提示してきた完全な隠蔽体制でもそのまま丸ごと呑まないといけない。そういう相手なのだ。
制度的に無理があろうが、下手に交渉するよりもそちらの道理を捻じ曲げるほうがよっぽど楽だろう。
「条件については問題ありません。全部呑みます。シンとしての権利を妨げる事にはなりますが、滝沢茜の対外接触の際にあなたを挟む事も特例扱いで通るでしょう」
「まあ、こちらとしても悪意があるわけではないですし、悪いようにはしません」
滝沢茜の性格がよほどアレなら対応を検討する必要はあるだろうが、資料を読む感じそんな事はないし。異常なアレコレを抜きに考えるなら、普通にいい子だろう。
「基本俺から伝えるつもりはありませんが、彼女が滝沢の故郷の件について知る事になった際はまた別に報告します」
「知らないままでいたほうがいいでしょうが、シンの場合はどこで知る事になるかは未知数ですしね」
出生の秘密、故郷であった事は相当にショッキングな情報だ。直接それを引き起こした滝沢コウ本人ほどでないにしろ、情報だけで軽く絶望する内容である。
しかも相手は思春期真っ盛りな年齢なのだ。美柑ほど老成しているとも思えないし、滝沢からの要求がなくとも普通に止めるへぎ案件である。
「それで、本件とも絡みが生まれてしまいましたけど、伊藤さんへの対応はどうしましょうか」
「あー、基本的には通常のスカウトと同じ扱いでお願いします。ただ、他の着任者とはズラしたほうがいいでしょうけど」
「いえ、今年は定員割れ……というか、伊藤美柑、滝沢茜の二名だけの着任になる予定です。スカウト担当者と関係各所がバタバタしていたので、思うように進まず……」
「……今回の件が原因ですか?」
「もちろんそれだけじゃありませんが……概ねは。なので、今年は時期をズラして追加という可能性も出てきています」
政府としては、活動できるシンなんて多いに越した事はないだろうしな。枠があるなら限界まで突っ込みたいだろう。
それでも十全に審査・交渉ができないほど、政府全体が揺れていたのかもしれない。投げっぱなしな意見も、そういう空気から出たのなら分かる気もする。
「じゃあ、島に来てからの対応は俺がまとめて預かりますよ。もちろん細かい説明は十和田さんでしょうけど」
「すいません、助かります。いくらご友人とはいえ、面倒事に変わりはないのに……」
「自分からそうしようと思ったので気にしないで下さい」
こんな事まで貸し借りで捉えられると面倒だし。
……それにしても、なんだかんだで結局ここまで来てしまったか。スカウト確定になった時点で仕方ないとはいえ、俺としては少々……かなりモヤモヤする形ではある。
一連の流れの中に滝沢茜、あるいは彼女に働く力が関わっているだろうという事実もまた、理不尽さを感じてならない。
ここまでの事がすでに起きているのだ。どうせ、この先も何か奇妙な事は起きるんだろう。
それなら、多少面倒だろうが正面に立つほうがのちのち動き易い。……そう考えて、自分を納得させる事にした。
あと一回続きます。(*´∀`*)




