第15話「禁断の果実」
今回の投稿は【第10回二ツ樹五輪プロジェクト】 引き籠もりヒーロー 第5巻出版(*■∀■*)の「二ツ樹五輪 次回Web投稿作品選定コース(限定7名)」に支援頂いたたーぼさんへのリターンとなります。(*´∀`*)
-林檎-
『……あんたにも迷惑かけたな』
主に担当が理由で、シン関係者の中ではかなり頻繁にやりとりしている滝沢コウとりんごだが、先日の会談直後の通信会議はその一言から始まった。
『私への謝罪は必要ありません。私のシンへの謝罪は代わりに受け入れますが』
『それでいい。自分がされた事の重大さと反応が釣り合ってないからな。着任半年であのメンタルはどうなってんだ』
『少々アンバランスな方なので』
りんごも、アレが人間の、あるいは日本人の基本と掛け離れたものだとは思っている。
その癖、ところどころで人間らしい一面も多く見られるからアンバランスという評価に落ち着いた。
特異個体と呼ぶほど逸脱はしていない。それこそメンタルを含めた成長性についても、想定の範囲内ではある。だが、それこそ都合がいい。
お互いが触れる事はないものの、滝沢コウとりんご双方にとって、極めて望ましく都合の良い存在と言えた。
『あいつは行使しないだろうから、今回の貸しはあんたの判断で取り立ててもらって構わない。本人じゃない分なんでもとは言わないが、シンとしての成長に結び付くなら受け入れる』
『それくらいの塩梅がよろしいでしょう』
『……そういう匙加減も理解しているんだよな、あんた』
滝沢コウは今回の一件でセルヴァに対する見識を見直さざるを得なかった。りんご個人の性質が多分に含まれているとは分かっていても、自身を担当した穀潰しを基準にするのは間違いと認めるしかない。
『直接は知りませんが、例の穀潰しも理解はしていたと思いますよ。シンの担当になるための適性の一つなので』
『……理解はしていても実践はしなかったと?』
『おそらくは。適性は必要でも、どういった活動をするかについては一任されていますので』
『あんたと違って、明確なハズレだったって事だな』
いなくなってからかなりの期間が経つものの、穀潰しがハズレ担当だった事実は曲げようがない。
『あなたの担当がハズレだったのはともかく、私もあまりいい担当とは言い難いのですけど』
『そうなのか? 他のシンに付いている担当も多少知ってはいるが、あんたほど献身的にサポートしている奴はいないと思うが』
『私にも目的がありますので。今のところ、私と私のシンは極めて理外が一致しているので、そう見えているだけでしょう』
とは言え、その目的をりんごが口にする事はない。滝沢コウ相手とはいえ制限に引っ掛かるのはもちろん、りんご自身が話すような段階でもないからだ。
滝沢コウの目的、りんごの目的、セルヴァの目的、政府の目的、すべては同じ方向を向いているようで、その実まったく別の方向に向いている。
それは、長大な距離を歩む中では明確な差となって現れる角度の違いになるだろう。
『私についても、セルヴァについても、もちろん穀潰しについても、利用してやろう程度の認識でいい。そのくらいがちょうどいいはずです』
『つくづく、あいつじゃなくあんたが担当だったらって思うよ』
『そこまでにひどかったのですか? あなたの性格分析上、事あるごとにそう口にするのはよほどの事だと思うのですが』
『何もしないだけじゃなく、嘘付きで煽り屋、皮肉ばっかりで、何一つ本当の事がない』
滝沢コウにとってあきらかにマイナスしか感じられない。穀潰しとはそういう担当だったのだ。
-梨-
「……本当だったら、今頃サラリーマンやってる予定だったんだよな」
四月を迎えた直後のある日、俺は島の紳士服専門店にいた。何故かと言えば、極々当たり前にスーツを購入するためだ。
それだけなら新社会人っぽい行動に見えなくもないが、実態はまるで別物である。今回買うスーツにしても、一回か二回着るだけになるはずだ。
昔はスーツを着て働く姿に漠然とした憧れを感じていた。今もほのかに残るそれは、あるいは普段スーツを着る職業でない父親への反抗心なのかもしれない。
とはいえ、今更サラリーマンやりたいかと言われるとかなり疑問……というか、今の立場を捨てる気はまったくしないあたり、適正値というのは良くできたシステムなのだと実感する。
そんな事を考えながら、アンドロイド店員の案内を受けていた。
「ご要望の日程ですと、フルオーダーメイドは間に合いませんね」
「そりゃまあ、当然ですよね」
ぶっちゃけ、金の問題は一切ない。ここで一番高いスーツですら収入の面では微々たるものだし、なんなら経費扱いで申請が通ってしまうほどだ。とはいえ、申請自体が面倒なので、シンは多分誰も使っていない。
だからというわけではないが、もっと高いオーダーメイド品ならどうだと確認してみれば、スケジュールの問題があった。
一昔前よりははるかに短縮されたらしいが、それでも一週間程度でどうにかなるものではないらしい。俺としてもまったく知らないわけではなく、去年の就職活動の中で一通り調べてはいたから納得しかない。その長い期間で何をするのか、具体的には何も知らない。
「パターンオーダーでしたら……」
「いや、既製品でいいです」
別に高級品を使いたいわけでもなく、こだわりもない。着てみたら案外違うのだろうが、毎日着る物でもない。一つの案として確認してみただけだ。
スケジュール自体もそうだが、採寸のために何度も通う必要があるというのも厳しい。島内で完結するのは分かっていても、面倒臭さが勝る。
現代人としては3Dデータを使えば済む話なんじゃないかとも思うのだが、使った上でコレなのだとか。
なら、こだわりのない身としては既製品でいいやとなる。現状、それほど欲しいものでないというのが一番の理由だろう。
「シンの方は体型が大きく変わるという話ですし、それが無難かもしれません」
「そうなんですよね」
そもそもの話、ここに来た理由がそれだ。
四月着任のシン……ようは美柑と滝沢茜の事なんだが、彼女らを出迎えるために半年前に購入したスーツに袖を通してみたところ、破けてしまったのである。
俺自身はあまり自覚はないし、鏡で見てもさほど違いは感じられないのだが、シンになって以降体型がかなり変わっているらしい。
『採寸直しを含め、修繕しておきましょうか?』
スーツが破けて微妙な体勢で固まってる俺に対し、りんごはそう言っていたが、それなら新しい物をという事でここに来たのである。
そもそもコレは夏服なので今の季節には合わないだろうという、漠然とした常識にも囚われていた。冬に薄着で外出して東堂さんに咎められているくらいなのに。
「今年の春物ですと、この辺りですね」
店員アンドロイドに案内された区画に吊られているのが、今年の春に発売になったらしい新商品らしいが、周囲のスーツと比べても違いは分からない。
夏服と冬服なら分からんでもないが、春服とか秋服ってオールシーズンのそれと何が違うのかも分からない。
いや、デザインに幅がある女性向けなら分からない事もないけど、男性用ビジネススーツにそこまでの違いを感じられないのだ。全部同じに見える。
「技術の向上もあってか、特に若い方はオールシーズン用で済ませてしまいがちですね。近年は寒暖差が激しいので、夏だけは専用という方も」
冬は上に羽織れる分、やはり鬼門は夏である。美柑の生まれた時点ですでにその傾向はあったらしいのだが、日本の夏は暑い。いや、この島がどこだか知らんのだが、体感的にはたいして変わらんし。気温だけなら、カバーストーリーで着任しているアフリカの国のほうがはるかに高いんだが。
そういえば、夏に買ったスーツも通気性や揮発性が向上した新商品という触れ込みだったはずだ。……結局、数回しか袖を通さなかったが、アレは裸で過ごすよりよほど涼しいという売り文句だったはず。
店員アンドロイドも暇なのか、聞けば聞くだけ専門知識を含めた解説をしてくれるものの、どうしても興味が沸かない。
結局、コレでいいやと、破いた夏服と似たようなデザインの物を試着してみるが、やはり違いは分からない。値段は全然違うのに。
寸法合わせに数時間。受け取って袖を通したそれは他店舗と比べても最新技術……どころでなくセルヴァ謹製の超越技術を使用しているらしく、違和感の一つもなく体にフィットしたものに調整されていた。……それこそ、ちゃんと理解していない俺でもはっきり分かる程度には。
なんか、コレを着たまま戦闘行動できてしまいそうだ。
「……コレなら、余計にオーダーメイドにする意味が分からん」
そして、その問題に帰結する。なんかもう、オーダーメイドっていうステータスが乗っているだけのような気もしてきたな。それが大きいのかもしれないけれど。
感触が少し気に入ったので、せっかくだからと同じように寸法を合わせたものを複数購入させてもらった。倉庫の肥やしになる気がしてならないが、りんごがメンテしてくれるだろうし、数着くらいなら別に構わないだろう。
そんな事を考えながら、待ち合わせ場所であるいつもの喫茶店に向かう。
「……え? うわっ、びっくりした!」
そのままスーツを着て会った東堂さんは、案の定びっくりしていた。ここのところ精神的負担の多いイベントが多かったので、素直な反応に和む。
「一瞬、環境省の人かと」
「官僚はもっといいスーツ着てるんじゃないかな」
「いいスーツってどう違うんです?」
「いや、俺にも分からないんだが」
そういうのが分かる人たちというのは間違いないだろう。山岸なんちゃら面接官なんて、めっちゃ高いスーツ着てる印象あるし。
そういえばあいつ、美柑のスカウト担当になったらしいと聞いた。あんな胡散臭いのに担当させるなととも思ったが、他の担当候補を知らないし、美柑なら大丈夫かとも思うので口は挟んでいない。案外、全体で見たらアレが当たりの部類なんて事も……ないか。
美柑が来たら、山岸道の胡散臭さについて語り合いたいと思う。
「値段はそこそこだけど、むしろ合わせるために買った時計とかネクタイとか靴とか、そっちのほうがはるかに高かった」
「そういえば、腕時計してますね。どこのです?」
「知らんけど、国産の高級ブランドらしい。もっと高いのもあったけど、このスーツならこれくらいが限度だって」
「デザインじゃなく、値段でコーディネイトするんですか?」
「というより、商品の格じゃねーかな。いや、良く分からないまま言っているだけだけど」
なんとなくだが、そういう格を合わせればデザイン的にも合うようになっているんだろう。
スーツが安物なのに時計だけが超高級品とか、確かに見栄張っているようにしか見えないかもしれない。
「というか、現代の人も腕時計使うんですね。思い返したら、環境省の人たちは着けていたような気もしますが」
「機械式の腕時計なんて、アクセサリみたいなもんだろうけどな。このネクタイと同じで」
俺も面接の際には着けていくように言われたけど、それ以外で使った覚えはないし、周囲でも見た事がない。勧めてきた教師ですらそうだったのだ。
主に外部の人間と接触する業種、特に営業や取締役などは現代でも強く習慣が残っているのだとか。
「それで、スーツなのはどうしてですか? 新年度に向けた気分転換とか」
「例の友達がそろそろ着任するんだよ。見知った仲だけど、担当になる以上、最初くらいは一応形だけでも整えておこうかなって」
新年度は関係あるから、あながち間違ってもない。
「あー、例の。だ、大丈夫ですかね? 友達になれるかな……」
「大丈夫じゃねーかな。女同士のそういう関係は良く分からんけど、境遇の共通点もあるし。同じ古代女子として」
「なんか流行りっぽいワードにしようとしてません?」
間違ってもいないと思うんだがな。
シンとしての着任っていう巨大な問題がある以上、そういう共通点がもたらす安心感というのは馬鹿にできない……はずだ。いや、俺は良く知らんから一般論で。
「実際、そこまで気にする事はないと思うけどな。東堂さんは一般人なんだから、どうせ引き籠りなシンだしって諦めてもいいし」
「でも、女友達は欲しいです。スリープ前もロクに友達なんていませんでしたし」
「それも含めて似たような境遇だけど、東堂さんも美柑も話し易いから大丈夫じゃねーかな。俺なんかよりよっぽど」
むしろ、人間関係は俺のほうがよっぼど狭いぞ。性別問わず、友達といえば美柑みたいな生活だったし。
もちろん、まったくいないわけじゃないが、ここに来てから一切連絡をとっていない程度の関係性だ。
「同じく担当する子は書類上の事しか知らないけど、そっちもできれば相手してくれると助かるな」
むしろ、不安なのは滝沢姪のほうである。担当する俺としても不安が勝る相手だ。
「その子もスリーパーなんですか?」
「いいや、現代人。ただ、十二歳だから、そっちのほうが大変かも」
「おお……ジェネレーション・ギャップ」
「担当な以上、ある程度は関係性の構築が求められるんだよな。俺、十二歳女子が興味ある話題なんて持ってないぞ」
笑い事でなく、実際とてつもない隔たりがあるからな。スリーパー云々もそうだが、俺たちの年代で六歳差って別の生き物だ。この辺り、美柑が友達やってるっぽいから大丈夫とはならない。俺、あいつの友達と何かした記憶ないから参考にならないのだ。
……良く考えてみたら、お互い以外の友人関係って、せいぜい紹介しかしてないな。
「……というか、担当? シンにもそういうのがあるんですね」
「今回は特例。と言っても、詳しく説明はできないけど」
禁止事項に引っかからない限りは割と危険な事も喋ってるけど、コレの詳細はさすがにアウトだろう。
政府やセルヴァ相手もそうだが、滝沢に殺される可能性もある。先日のアレを考えると冗談で済まない。
「説明はともかく、やっぱりそういうのはないんですね。なんでしたっけ、OJTってやつ。現代で使われてるか分かりませんけど」
「俺に限って言えば似たような事はされてるけど、他のシンがやっているとは思えない」
OJTって言葉が一般的かどうかはともかく、概念的には近い形で残っているのは知っている。同じく現代で残るインターンで、近い事は体験したし。
「まあ、シンって自由人だらけだしな。間違いなく俺が一番社交的って自信がある。美柑が来たら分からんけど」
「間違いなくって……ほとんど会った事はないんですよね?」
「会った事がないって時点で察してくれ」
「あー」
それで納得できてしまうくらい、シンって奴らは没交渉なのだ。俺との関係がなければ、滝沢だって似たようなものだったろう。
半年前は、言ってもそこまでじゃないだろとは思っていたけど、実際ここまで滝沢しか会っていない。直接のコンタクトに限らず、完全な無だ。
普通、時期外れに着任してくるシンって時点で興味は持ちそうなもんなんだが、十和田さん曰く話題に上がる事すらないと。
そういう奴らって前提がなければ、嫌われてるんじゃないかって疑うレベル。
「でも、いいですよね、こういうの。賑やかになりそうです」
屈託のない笑顔でコーヒーを飲んでいる東堂さんが、妙に遠く、日常を感じられて眩しかった。
-柑-
憂鬱な二度目の三年生が始まった。……始まってしまった。憂鬱なのは二度目という部分か、私一人になってしまったという事実か。
現代でも変わらず使われている留年生という言葉が私の中で強烈なマイナスイメージとして定着しているものの、周囲は一切気にしていないのが救いだろうか。むしろ、なんでそんな事気にするのって感じだし、そもそもほとんどが留年を経験している時点で気にするところじゃないというのは分かるけど、素直に飲み込めない。私は前時代の価値観に縛られた古代女子なのだ。
憂鬱だけど、学業自体はかなり余裕があるものになるだろう。去年は単位取得に負われ続けて手を出せなかった就職活動も、かなり前倒しで進められるはずだ。
だからというわけではないけれど、必須授業以外は就職支援室に入り浸る事になっていた。閑散としたイメージ的があったけど、割と利用人数が多いらしい。
「ハードル高……」
志望企業の募集要項を見てげんなりさせられる。いや、元々知ってはいたのだけど、こうして読み返してみると、どうやって彼が合格に漕ぎ着けたのか想像も付かないほどに募集要件の時点でレベルが高い。ほとんど足切りの意味合いしかない第一次書類選考ですら、今の私では厳しいかもしれない。
現代では駄目元で申請して、あとは天に運を任せるというやり方は通用しない。明確に選考基準を定めている以上は、よほどの事がない限り足切りされるはずだ。しかも、それが最低限で、合格に至るには更なるプラスアルファが求められる。大企業を受ける人は、そのプラスアルファがでかいのだ。
……こういうものを見ると、純粋な就職目的でもストレート卒業というステータスは巨大だったと思い知る。そりゃ、小笠原の連中の目だって血走るだろう。
「コレに合格できるのに、コンプレックスの塊なんだもんなー」
いつも口癖のように私のほうが頭がいいと言っていたけど、とてもそうは思えない。お前のほうが頭いいんじゃーって感じ。
合格した理由に、あるいは国家プロジェクトへの前倒し参加があったのかもとも考えたけど、個別面接まで漕ぎ着けている時点で、やはり優秀だったのだと思い知らされた。昔から、それこそ基礎教育校時代から積み重ねてきた学外活動の影響がはっきりと出ている。
この実績は、今から急いで用意できるものではない。つまり、私には不可能なプラスアルファで、別の部分で勝負するしかない。
救いがあるとすれば、その前倒し参加とそれに伴う就職があったおかげで募集枠が拡大されている事。例年より受かり易いのは間違いない。だから、私が潜り込める可能性だってなくはないだろう。
「だけど、就職できたところで会えるわけじゃないんだよね」
多少距離は縮まるかもしれないけど、どれだけあるか分からない距離が多少縮んだところで、である。
これだけの大企業だ。部が違えば会う機会などほとんどないのは当然と言えば当然だけど、それどころではない。国家機密が絡んだ極秘プロジェクトなど、どの部署が手動しているのかすら分からないし、現在いる国すら不明という有様である。しかも、そのプロジェクトに関わっている限り、いつの間にか別の国に行っていても分からない。
一応、内定した時点で配属先の希望は聞かれるらしいけど、どこを希望すればいいのかさえ不明だ。
これでは上手く就職できたとしても、ただ優良企業に就職できましたというだけで終わってしまう。
それなら、遠隔とはいえ続いているやり取りで吶喊したほうがよほどマシだろう。それが一番可能性が高いというか、ぶっちゃけ実質それしかないというのは分かっている。……分かってはいるのだ。
「はあ……」
アレから何度かメールのやりとりはした。遠回しにだけど、その中に私の気持ちが汲み取れそうな文言も含めている。だけど、まったく気付いてもらえた様子がない。
回りくどいのは確かだけど、文面チェックが入るような連絡手段で直接的な事など書けるはずがないのだ。映像通信でというのは更に厳しい。下手をすれば、画面に映っていないだけですぐそばに政府関係者がいる可能性もあるのだ。成功しても失敗しても、一生残る黒歴史が政府の記録に残ってしまう。
これがまったく芽がないというなら諦められる……かもしれないのに、告白したら案外受け入れられそうなのがまた悩みどころだ。
……実際どうなんだろうか。自分の性格を顧みて、諦められる気がまったくしないんだけど。どんだけ惚れてるんだって感じで、自分に呆れるほどだ。
「伊藤さんも受けられるんですね、その企業」
「うわっ」
気付けば、うしろから資料を覗き見されていた。ウチの副担任である。
同性同士、年齢も比較的近いからか、この人は妙に私への距離感が近く、気安いのだけど、数年過ごしても未だ慣れない。
まさか、実年齢を見てお婆ちゃんに懐いているような扱いじゃないだろうなと勘ぐるものの、口に出す気はない。
「あ、はい。……やっぱり、難しいですかね?」
「例の件もあって、今年は特別拡張枠があるから多少マシですが、元々が倍率高いですからね。恋愛目的で挑むにはなかなか厳しいかもしれません」
「……やっぱりバレバレですよね」
「そりゃ、あれだけ明確に態度にしていればね。……あっちは気付いてなさそうでしたけど」
「そうなんですよねー。朴念仁めー」
脱力して机に突っ伏した。
……そう、周りから見れば、特に女性から見れば分からないほうがおかしいのだ。
男性は気付いていない人もいるので、案外性差によるところが大きいのかもしれないけど、もどかしい事この上ない。
「ああいう男性は多いですけど、ちょっと度が過ぎてる感はありましたね」
「先生もそういう経験が?」
「ニュースで見ました」
ま、まあ、それも一般的な例としてみるなら正しいのだろう。
「現代の人はもっと直接的に物申すというか、そういうところがあるから、はっきり言わない私がいけないのかなとか……」
「確かにそのほうがいいかもしれませんよ。大企業の独身新卒なんて、どれだけ女性社員が釣れるか分かりません」
「ひょっとして、同期にそういう男性がいたりとか……」
「そういう統計が出ているという記事を見た事があります」
「…………」
どうしよう、なんか同類扱いされている気がして悲しくなってきた。
「そもそも、この年で独身彼氏なしな私が言う事ではありませんけどね。それは分かってます、ええ」
「……すいません」
「まあ、いち教師としては愚痴の捌け口になれればという程度の考えなので。ご覧の有様で、相談されても答えは返せませんし。……この年で」
二十代後半って年齢を見れば、そんな事ないですよと言い出したくなるが、この現代だと行き遅れと言われてもおかしくないのだ。
特に教職のような半公務員のような立場だと余計に、未婚というのはバッドステータスになってしまうらしい。実際、私が知っている教師はほとんど既婚だ。
……改めて考えても恐ろしい世の中である。それでいて離婚率も離職率別に高くないらしいから怖い。どーなってんだ。
若い内なら親の助けも得やすい、元気な時期に子育てを済ませてしまったほうがいいのは分かるけど、どうしても私の中の常識が邪魔をする。
まったく手を打てなかったらしい外国の惨状を見れば、国として正解だったのは間違いない。だけど、当事者としては、この未来の日本人どもは意識高過ぎるのだ。
やっぱり、私が知る日本とこの現代日本のイメージがまったく結び付かない。当時小学生でしかなかった私ですらそう感じるほどに乖離している。
「年の話を出されると、私は大変な事になってしまうんですが」
「はは、ナイスジョーク。本物のアラサー舐めんなよ、小娘が」
「ご、ごめんなさい」
「もちろんジョークですけどね」
それはそうだろうけど、内容だけ見るとシャレになってないから怖いのだ。
「……あー、誰かいい人いませんかねー」
「それこそ、私に言われても」
……副担任を見て、こんな人もいるのにと自分を慰めていられない。だって、あきらかに反面教師にしないといけない姿だし。
「……あれ?」
不意に何かの機械音がした。バイブ音だったのか、目の前の副担任が教師用の携帯端末を開く。
こういう時はちゃんと仕事の目をしているあたり、大人なんだなとは思う。
「んー?」
「どうしました?」
「いえ、伊藤さんに面談依頼が」
「私ですか?」
仕事の話ではあったようだけど、私の話でもあった。
まだ、就職希望の申請すら出していないんだけど。よほど条件が合えば、卒業予定の新卒相手に声を掛ける例はなくもないけど、稀だ。
ただ、そういう事をするのはもっぱら中小企業なので、期待している相手とは思えない。もちろん、出席しないのはありえないけど。
「それが政府……内閣府と環境省の連名なんですけど、何か覚えあります? スリープ関連とか」
「あー、あります。……そっちか」
環境省ならスリープ関連じゃない。だけど、つまりそういう事なのだろう。なんか向こうから用事があったらしい。
……とはいえ、どうしよう。もう恥を偲んで政府関係者、企業関係者の監視がある中でぶっちゃけてしまおうか。これが最後のコンタクトとは思わないけど、そう何度も猶予があるとも思えないし。
だけど、どれだけ意気込んでも会話内容次第であっさり流されてしまうのが私だ。最初の時なんて、日焼け度合いだけでいろいろ吹き飛んでしまったくらいだ。
ああもう、連絡するならするで心の準備くらいさせてほしい。いきなりはやめろ。
……もういっそ、お酒で酔っ払って勢い付けてしまおうか。かなり珍しい例だけど、一応法律上は駄目じゃないんだよね。
しかし、思っていた面談でないと気付いたのは指定された応接室に入ってからだった。
モニターがない。いや、応接室だったから当然だったのかもしれないけど、ここまで気付かなかった。
「初めまして、伊藤美柑さん。私、環境省の山岸道と申します」
「は、はあ……」
なんか怪しげな雰囲気を放つ人から名刺を受け取りつつ、まったく想像も付かない展開に困惑していた。
-柑2-
翌日、学校の応接室ではなく、専用に用意されたらしいビルの一室で私は項垂れていた。
「…………」
何がどうなってこうなった。
就職先を調べていたら、あれよあれよと言う間に就職する事になってしまったぞ。意味が分からない。
ジェネレーションギャップに苦しみつつ、一世一代の告白をするかどうかで悩んでいたのがはるか遠くに感じてしまう。
「こんな事を受け入れろと?」
「まあまあ、あなたにとっても悪い話ではありませんよ」
「殺し合いさせられる職業のどこが悪い話じゃないんですか?」
天下の国家公務員……と言っていいのかは分からないけど、それに準じた、それ以上の待遇。ただし自由は失われ、宇宙人と殺し合いさせられるという。
漫画か何かか。現代に感じていた政府への信頼感に、陰謀論的な闇の部分なんてないのかと思い始めていただけに、とんでもない落差でぶち込まれた。
いや、政府にそういう部分があるのは百歩譲って受け入れてもいいのだ。政治家や官僚は清濁併せ呑み、ちゃんと仕事するなら汚職しようがご勝手に。そういうものって感覚は多分現代人よりも強い。だけど、自分の事となると話が違う。
「殺し合い……というか、試合に関してはとりあえず置いておくとして」
「そこを置くんですか」
「ええ、適性値の高い方はまず間違いなく適応するので。ここのところ特に強く感じています」
「…………」
……マジか。その適性値が何を基準にしてのものかはさっぱりだけど、政府の人間がこうも言い切るって事は根拠があるって事だろう。それくらい自信満々だ。
だけど、生まれてこの方殺しはおろか喧嘩一つした事ない身としては納得できない。漫画で言うなら、私は何もできずに殺されるモブキャラ枠だろうに。
「それよりも、今のあなたにとって重要なのは戦士としての特権でしょう」
「特権って言われても……」
「たとえば、希望して頂いた方を島にご招待するとか」
「…………」
その対象が誰であるかなんて言わなくても分かる。国家プロジェクトに関わる者として政府監視の中で通信していたのだから、伝わっていないわけがない。
だけど、そんな拉致みたいな事をしていいのか。私の身が拉致と変わらないとしても、巻き込んでいいものか。
もはや、名前も明かさずに影から支援して幸せを願う展開のほうが私らしいんじゃないか。
「……何がおかしいんですか?」
そんな私を見てか、環境省の山岸氏は薄っすら笑っていた。嘲笑には見えないが、意図は分からない。
「実に難儀な方だなと」
「失礼な人ですね」
「いえ、あなたの事ではなく」
じゃあ、誰の事だっていうのか。
「朴念仁相手には、はっきり言わないと伝わりませんよ」
「余計なお世話です」
どうやら、性格を含めて何から何まで筒抜けという事らしい。名前を出さないのはきっと、立場上の問題か何かで。
「それで、ご返事を頂く事は可能ですか? 時間がかかるのなら、スイートルームを予約してありますので……」
「受けるしかないでしょう、こんな話」
パッと考えただけでも、断った際の問題点が山のように出てくる。これで断る人はよほどの考えなしだ。
たとえ断ったとしても、私の人生設計は跡形もなく崩壊する。それが分からないほど馬鹿じゃない。
これはただ、自分で選んだという事実を突き付けるためだけの選択肢でしかない。
「意外とデメリットが分からない方もいらっしゃるので、そういう場合は懇切丁寧に説明させて頂いてますよ」
「さすがに説明されれば断る人はいないと?」
「いえ、残念ながら極少数はいらっしゃるんですよね、これが」
「その極少数さんはどうなりました?」
「聞かないほうがいいですよ」
……それもそうか。どんな結果になるにせよ、ロクでもない未来なのは間違いない。
下手をすれば、本人だけでなく周囲まで巻き込んでしまいかねない。
結局、その日の内に軍用らしきヘリで飛び立つ事になった。直接だと別れの挨拶も許されないらしいので、なら早いほうがいいだろうと。
どの道逃げられないのなら勢いで行動してしまうほうがいい。実際には選択肢が用意されているとしても、選択できないと分かっているものはないのと同じだ。
……これくらい割り切って告白してたら何か違ったのだろうかと考えつつ、なんの物音もしないヘリの中で到着を待つ。
「ここまで来れば明かしても問題ないのですが、実は滝沢茜さんも候補に入っています」
静寂の中、山岸某が雑談のように挙げた話題に固まった。あまりに想像していなかった名前だったから。
「は? 滝沢茜って、あの茜ちゃん?」
「はい。先日、あなたと接触した茜さんです。すごい偶然ですね」
なんだそれは。昨日まで、携帯端末で何気ないメッセージのやり取りをしていた彼女が私と同じ?
あまりにも脈絡がない。あるいは、運命か何かだとでもいうのか。伏線張るにしても雑過ぎるだろう。
……むしろ、あまりに運命的過ぎて、何物かの干渉を疑わざるを得ない。
「政府が暗躍したという事実はありません。また彼女が何かした様子もない。そこは断言しておきましょうか」
「信じられません」
「信じる必要はありません。ただ、こちらが勝手に弁明しているだけなので。……まあ、私どもも同じく混乱しているんですよ」
もう、何を信じればいいのか分からなかった。とりあえず、目の前の男はあんまり信用できそうにないのは確かだけど。
「まだ交渉段階ですが、滝沢茜は数日遅れての着任になるでしょう」
確定ではない。しかし、私の知る彼女が裏にある危険を感じ取れないとも思えない。それくらいあきらかな地雷なのだ。
「しょ……基礎教育校出たばっかりの子に殺し合いをさせるつもりですか」
「実は、それより若い年齢で着任した人もいるんですよね、これが」
どんな魔境だ。
改めて、現代政府の闇を突き付けられた気分だった。ディストピアめいているけど大多数にとって居心地の良い、高度に過ぎる国家運営の裏側にこんなものが蠢いていたなんて。
……そう、私が調べて怪しいと感じていた半世紀前。世界は謎の宇宙人によって裏側から創り変えられていた。
事あるごとに違和感を感じていた文明の跳躍具合は、何も間違っていなかったのだ。
この未来は私の過去と陸続きではなく、想像を絶する巨大な介入を経た結果なのだと。
それからもいろいろ話はした。高校卒業資格を得られる環境が用意できるとか、とんでもない額の報酬がもらえるとか、一生島から出られないだとか、パンフレットを見せられて紹介されても頭になんて入ってこない。
「ふむ。やっぱり、普通はこんな感じですよね」
「……悪いですか。すんなり飲み込めっていうほうが無理でしょうに」
「いえ、つい半年ほど前に、真っ先に島でも紙の漫画雑誌が購入できるかと言ってきた図太い方がいたもので」
なんだそいつは。なんか私の知っている奴が言いそうな。
「あなたは勘のいい方と聞いていたので、ここまでの話でどう反応するか楽しみにしていたのですが」
「……何言っているんですか」
「いえ、戦士の方に憧れを抱く身としては、やはり期待をしてしまうもので」
やっぱり、この人が分からない。徹頭徹尾、試すように何かの匂わせや含みある言動を続けている。
そこに裏があったとしても、こんな精神状態で読み取れるはずないのに。そんな事ができる奴がいるなら、それはおかしい奴だ。
「さて、ここが今後あなたが生活する事になる島です」
「……何もありませんけど」
「ここは飛行場ですから。少し移動すれば大規模な街があるので不自由はないかと。まあ、人間はあまりいませんが」
人がいないのはともかく、街があるのか。刑務所のような場所でないのは助かる。
……そこに紙の雑誌が買えるくらいの環境は用意されていると。いや、私は現代の漫画はそこまで好きじゃないんだけど。
それで喜ぶ人はかなりマイノリティなんじゃないだろうか。
「さて、本来は島の管理者に引き合わせるまでが私の仕事なんですが、今回は別に案内役がいるので、そちらに任せます」
「はあ……」
と、言い残し、扉の前に放置された。
山岸は最後まで含みのあるような笑顔で去っていった。その印象があってか、後ろ姿すら怪しく見えてしまう。
あまり名残り惜しくないので正直助かるけど、その案内役がこの人よりまともという保証はないのが困る。
「し、失礼します……」
授業でやった企業面接の予行練習なんて比較にならないほどの緊張で、案内人が待つという部屋の扉を開ける。
開けたあとに、先にノックをすべきだったとかいろいろ考えけど、全部あとの祭りだ。この時点ですでにパニックである。
「よう、久しぶり。元気してた?」
「…………」
そして、辛うじて残っていた思考も、部屋の中で待っていた姿を見て完全にフリーズする。
なんか超見覚えのある人が見覚えのないビジネススーツを着て立っているる
「胡散臭い山岸道から聞いていると思うけど、そういう事なんだよな、うん」
いや、何も聞いてないんだが。というか、なんでそんなに極自然な感じでここにいるのか。
国家プロジェクトは? 就職した企業は? まさか、ここはアフリカなのか。というか、映像通信で話した時とまるで違うその顔はなんだ。
「……日焼けは?」
「え、再会してまず聞くのがそれなのか?」
うるさい。こっちはそれどころじゃないんだ。頭なんて回るはずがない。
ああもう、何かどうなってるんだ。私の日常と乙女心はどうしてくれる。絶対、絶対、簡単には納得してやらないんだから。
-禁断の果実-
『それほどにひどかったのですか、穀潰しとやらは』
『それほどじゃなければ穀潰しなんて名前にしない。ただ、何もせずに放置するだけだ。ああ、本当に思い返すだけで腹が立つ』
滝沢コウとりんごの通信は珍しく続いていた。内容は愚痴がほとんどだが、これまでは伝達事項だけで済ませていたのだから、これでもずいぶんな変化だろう。
それが良い方向に転がるとは限らないため、必ずしも良化ではない。なので、あくまで変化だ。
『何もかも知ってるって顔で、すべてが自分の掌の中って態度。俺の事をおもちゃ程度にしか見ていない』
『シンや地球人を下に見ていたという事でしょうか?』
『……違うな。アレは俺に対しての反応だ。こんなところに押し込まれた俺を嘲笑ってたんだよ』
りんごは思案する。滝沢コウの愚痴は聞き流していいものかどうかを。
あくまで犯罪者のした事だ。どんな言動、行動をしていようと、そういう事もあるだろうと片付けられる話でしかない。
しかし、何かが引っ掛かった。
『どうせ、クウォルシフォーラって名前も偽名なんだろ?』
『…………』
……妙な反応だった。これまで見せたものとは一線を画す、会談の際に見せたものとも異なる間。
滝沢コウの知っているセルヴァなら決して見せる事のない、あきらかに何かがあると言ってるような、そんな反応だった。
『……そう名乗ったのですか? 例の穀潰しが』
『ああ』
その反応は一体、どういう意味だと問いたい。しかし、安易に聞いていいものか判断が付かない。
セルヴァの持つ情報に対し、人類は……それこそシンであっても強力な認識制限を受ける。地球圏最高ランクまで昇格した滝沢コウなら多少の制限緩和もされているが、全体から見れば微々たるもの。少なくとも本人はそう考えている。
「あんたが……というか、セルヴァがそんな反応を見せるような言葉を名前として名乗ったわけだな、アレは」
反応を見ればある程度察しはつく。言葉の通じない相手に対して、嘲笑の意味を含めた名を騙るのは地球上でだってなくはないだろう。そういう事だ。
『我々が隷属種に対し、偽名を名乗る事は極一般的な事です。ルール的な制約は強くありませんが、これは人間に限らず発音が困難な事が多いためです』
『まあ、この名前も無理矢理片仮名にすればこうなるってくらいだしな』
『とはいえ……あえてそう呼びますが、クウォルシフォーラは決して我々の名前として使われるものではありません』
りんごであれば、たとえアンドロイドの義体であっても発音は容易なはずだった。なのに、あえて片仮名発音で口にする。
およそ完全な翻訳機能を持つアンドロイドのそれではなく、日本語話者的なそれで。
『おそらくですが、その名は最初から片仮名表記……筆記で伝えられたものでは?』
『確かにそうだな。……あいつが直接口にした事はないかもしれない』
あまり思い返したくないが、穀潰しは直接名乗った事はないはずだ。どうせ聞き取れないからと、あえて片仮名にしたものを見せてきた。
『似たような言葉がたくさんあるから、こうして片仮名にすると別の意味にとられそうだがね』
確か、そんな事を言っていたはずだ。滝沢としては、どの道読みづらいからと穀潰し呼びになったが。
今にして思えば、それすら掌の上だったのではと勘繰りたくなる。
『なるほど、複数種の文字を扱う事を利用した迷彩というわけですか』
滝沢世代だと片仮名は成人前の名前として使われるものという印象が強いが、それ以上に外来語を日本語として使う用途のほうが一般的だ。
とはいえ、日本語には本来存在しない、発音し難い言葉を日本語の発音で扱う以上、本来の話者にとっては別物にしか聞こえないものになる場合も多い。
セルヴァの言葉にしても同様で、たとえばセルヴァ、たとえばシン、それらを日本では近しい音を片仮名として拾っているに過ぎない。
これが別の国家……いや、たいていの隷属種の場合は形容詞を多数含む文章のような形、あるいは完全な代替語で表現する事が多いそうだ。
『セルヴァにとっても厄介事か。……あいつはなんでそんな真似を?』
『犯罪者の心理など分かりませんが、愉悦目的かもしれません』
『言葉の意味を理解できない俺に対する?』
『いいえ、この場合は我々に対してでしょう。刑罰の一種、下層世界における擬似的な体でとはいえ、自由を持たせた事に対して嘲笑っているのではないかと』
もう何も怖くないと、無敵の人が衝動的犯罪に走る理屈だろうか。
本人とそれなりに長く接した滝沢には、穀潰しの表情が浮かぶような、そんな"らしい"行動とも言えた。アレはそういう奴だと。
『本来、この言葉はシンを含む隷属種に伝える事を禁止されています。こうして発覚した以上……人間で言うところの懲役が伸びるような行為です』
『だからと言って、即極刑にされるようなものではないんだな』
『はい。……とはいえ、穀潰しに関してはそもそもが極刑のようなものなので』
『なんでそんな奴が割り当てられてんだよっ!』
『先日も言いましたが、そこは運なので。それに、この活動に犯罪者が割り当てられる事自体は珍しくありません』
『……一応聞くが、あんたは違うんだよな?』
『違います』
評価を見直しはしたが、もしそうなら再考する必要があったかもしれない。
たとえセルヴァ基準の話で人間には関係のない事であっても、穀潰しと同じカテゴリに含まれる時点でどうしてもイメージが悪いのだ。
『履歴を確認した程度ですが、アレと一緒にされたくありません』
どうやら、りんごも同類扱いは不快らしい。
『この片仮名表記を利用した手管についても報告の必要があります。以降、穀潰しにはなにかしらの制限がかかるでしょう』
『それはセルヴァのルールなんだから、好きに整備してくれとしか』
滝沢としては、禁止・制限事項に抵触するならあえて触れる気もない。その程度の扱いだった。気にはなるが、わざわざ問う事もしない。……そのつもりだった。
『……滝沢コウ、この言葉がどんな意味か気になりますか?』
――情報は毒だ。
『なんだよ。禁止事項なんだろ? わざわざルール違反する気はないぞ』
『いえ、その固有名詞を使う事は禁じられているだけで、意味としてはありふれて……はいませんが、日本語にも容易に変換可能な言葉でしかないので』
――容易にバラ撒かれ、拡散し、汚染を広げる。
『私のシンには伝えられませんが、滝沢コウなら開示条件はクリアしているでしょう。問題があれば、認識に制限がかかるだけですし』
『……それなら聞くが、どういう意味なんだ?』
――そして、その過程で意味を、本質すらも変質されていく。
『文明侵略種』
――それは、人間が口にしてはいけない知恵の実だったのかもしれない。
お次は無限よ。(*´∀`*)
一回で気になる引きを書かなきゃいけないから大変だ。




