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第13話「滝沢茜」

今回の投稿は【第10回二ツ樹五輪プロジェクト】 引き籠もりヒーロー 第5巻出版(*■∀■*)の「二ツ樹五輪 次回Web投稿作品選定コース(限定7名)」に支援頂いたkuroさんへのリターンとなります。(*´∀`*)




-1-




 一時的に十和田さんが席を外した応接室で、深くソファに沈み込む。


「さて、……どうしたもんか」


 というわけで、十和田さんの切実なお願い攻勢を断り切る事はできなかったよ。知ってた。

 まあ、十和田さんというか、所属の環境省というか、ひょっとしたら日本政府の切実な願いを無下にするのも問題だろう。

 正直なところ、ここまで日本政府から受けている対応は誠実というか、事情が事情だけに納得するしかない。求められるなら応えたいという気持ちもある。そういう気持ちを持つ事を含めての管理体制かもしれないが、そもそもの話、家族から逃げ出した俺は国に育てられたようなものなのだから……なとど理由付けしてみる。自分が納得するための理由創りは割と得意なほうだし、多少理不尽でも飲み込めるのだから、この程度はなんて事はない。

 面接からここにシンとして着任するまでだって、山岸某への個人的感情以外、国への反骨心など欠片も抱いていなかったわけで、それは今も同じようなものだ。

 美柑に言わせれば国に懐柔されていると言うかもしれないが、あいつの生きていた時代よりちゃんとした政府なのは間違いないし。


「俺が一番無難ってのも理解はできるしな」


 滝沢がどのくらい強いのかの詳細は未だ分からないものの、あいつが感情のままに動き出された時に無事でいられる存在など地球上にいないという事は分かる。

 あいつがそこまで短絡的に動くとも思えないが、滝沢コウという存在の根幹部分に触れる事は確実だし、万が一があるかもしれないというのも否定できない。

 そんな役目を普通の人間である十和田さんにやらせるのが問題だし、滝沢に手を出させたくもない。

 その点、滝沢と協定のようなものを結んだ俺なら、万が一の場合でも損得勘定やら何やらで踏み止まってくれるかもしれないという打算もある。


「……すいません。でも、本当に切実なんです」


 資料を持った十和田さんが戻って来た。席を外したタイミングで逃げ出す事もできなくはなかっただろうが、さすがにそれをする事は躊躇われてしまった。そう思った時点で負けなのだろう。これが山岸某なら……って思わなくもないが、あいつが相手でも多分無理だな。


「滝沢案件な時点で、切実なのはそうでしょうね」


 強さ云々を抜きにして考えても、滝沢の立場が非常に重要かつデリケートである事に疑いはない。

 滝沢は日本国において……下手すれば地球レベルで最大の稼ぎ頭だ。それも、グループだとか企業だとかではなく、個人で国益そのものに直結した存在価値を持っている。そんな巨人の如き存在の地雷原を踏破する覚悟なんて持てるはずがないのだ。首相だろうが、万が一の責任を取れるはずがないのだから。


「あの……こんな少ない情報で俺が疑問が思う事を政府側で検討していないはずはないと思うんですが、なんで滝沢の姪がシンになる事が既定路線のような流れになってるんです?」


 さっきから話を聞いていて抱いた疑問の一つを投げかけてみる。何故、滝沢の姪がシンになるのは既定路線なのかと。

 そう明言されたわけじゃないが、あきらかにそういう前提で話が進んでいたはずだ。


「適正値が高かろうがシンになっていない人は多いわけですし、年齢的にスカウトを延期する手だって普通にありますよね?」

「そこはその……制度上の問題と板挟みになっているというか」


 そして、それは勘違いではなかったらしい。何かしらの理由で特別扱いを受けている?

 俺だってある意味特別扱いだが、この様子だとそれどころでない感じだ。


「シンに対しては、法律も倫理も人道もガバガバ極まる対応しているのに? 今の俺ですら特別扱いされている自覚はありますよ」

「そのガバガバ具合を実現・維持するための法や体制がガチガチなんですよ。そうしないと実現できないと言いますか、制度構築の経過で結果的にそうなってしまったと言いますか」


 ……ふむ。言っている事は分からんでもない。いつか見せてもらった分厚いファイルが棚にあるのを見て、そう思った。人間の欲望を具現化したような闇のファイルは健在で、普通なら絶対に実現してはいけない所業の履歴でもある。それらはすでに提案され、あるいは叶えられた前例なのだ。ドン引きする内容ばかりではあるが、俺自身そこにある欲望を否定できない。

 国家が自身の法や憲法を無視して、シンが望むがままの欲望を叶えるというのは、ダブスタという次元の問題ではない。そういう意味では、美柑の生きていた時代よりもよほど欲に塗れ、腐敗していると言えなくもない。

 シンが望めば、人一人どころでなく容易に消せる。というか集落レベルでも存在そのものを抹消できる。そういう事を合法で済ませ、表社会に波風を立てない。

 臭いものに蓋をするためには、その蓋が頑丈でなければならないという理屈だろうか。もちろん限度はあるだろうが、シンとしての実績や交渉次第ではそれを実現する事は、制度がガチガチに固まって抜け道を探す事が困難な現代日本においては容易でないだろう。それが、国家全体を運営している政府であってもだ。

 だから、そういった無理を無理としない制度を実現するための、表向きの制度がガチガチに定められている事も分かる。


「……とまあ、こういう風にですね、シンの要望であっても実現できない案件に微妙に掠っていてゴリ押しが難しいというか、できないわけじゃないけどやりたくない点が複数重なって、万が一コレを押し通したら破綻するというか……」


 用意された資料を閲覧し、詳細な説明を受けても、それらは納得できるものだ。できるんだが……。


「…………」

「な、なんです?」


 ……それだけじゃないなとも思う。

 十和田さんは上手く誤魔化しているつもりだろうし、実際資料や説明に粗はないのだが、口から出た制度のアレコレは表面上取り繕ったものでしかないと分かるのだ。

 確かにそれらを噛み合わせれば滝沢の地雷を踏み抜く可能性と滝沢の姪をシンにする事のメリット・デメリットで、ギリギリ後者が勝る事は理解できる。

 ……だが、ギリギリだ。説明に見られるこれまでの政府の対応なら、臭い物を隠すための蓋をもっと頑丈にしようと動くはずだ。実際、その傾向も見える。

 それがすでに限界を超えているからできない? そんなはずはない。露見すれば大スキャンダルで政権が揺らぐくらいならまだしも、容易に国自体が……ひょっとしたら世界秩序が崩壊するレベルの基盤がそんなに脆いはずはないからだ。

 政府に処理能力がないなんて言い訳も通じない。何故ならこれはシン由来の問題であって、確実にセルヴァ案件だからだ。宇宙外知性体の技術を使えばどうにでもなるなんて、さんざんその技術を見せつけられてきた俺なら理解できる。

 むしろ、なんでその方法を使わずに既存の枠組みだけで対処しようとするのか。……できれば使いたくない? シンという言葉を使わないなど、政府に隷属者らしからぬプライドや反骨心が未だ見え隠れしているのは確かだが、その何に引っ掛かっているのか? ……分からん。

 とはいえ、俺がシンとして成長した結果か、優秀な官僚でも所詮は若造に過ぎない十和田さんだからか、あるいはその両方か。隠し切れていない微細な綻びが見え隠れしているのは確かだ。


「なるほど、ある程度は理解しました。最低限、滝沢を納得させる材料が揃っていると言えなくもない」

「え、ええ……そうなんです」

「で、何を隠してるんです?」

「…………」


 緩んで笑顔になりかけた表情がそのまま固まった。……俺が気付いている事は薄々気付いていただろうに、あざとい。


「は、話せば手伝ってもらえます?」


 急に杜撰な取引を持ち掛けられて、つい笑いそうになってしまった。さすがに、その落差はないだろと。


「話さないなら手は貸しません」

「言質が取れないっ!?」


 当たり前だ。


「別に全部を話せって言ってるわけじゃないんです。この件について理屈が通じないだろう滝沢じゃなく、俺が納得できる分だけでいい」


 むしろ、一から十までベラベラ喋られても困る。俺だって、できれば政府の闇には触れたくない。

 そう言って十和田さんの反応を待つが、返って来たのは想像と違うものだった。


「実はその……政府でも省でもなく、私のやらかしでして……」

「……何をどうやらかしてそうなるんですか。詳細は知りませんけど、十和田さんって相当な権限持ちですよね?」


 一見、左遷に見えなくもないこの島への派遣だが、シンとの窓口役な時点で官僚としては尋常ならざる権限を持っているはずだ。むしろそうじゃないと回せるはずがない。使命感だけで続けられる立場じゃない。何かしら飴は受け取っているだろうし、強大な権限はそれを兼ねているはずだ。シンのようにとは言わずとも、多少強引でも政府内で無理を押し通す事くらいはできそうだ。

 自覚がないのならともかく、結構な期間ここにいるって事は、自分の立場を理解しているという事でもあるだろう。


「それはそうなんですが……だからこそというか……それがむしろ良くない方向に結び付いてしまったというか……」


 超歯切れが悪い。自分のやらかし案件ならそうなるのも無理はないというか、本当にそうだとしか見えないというか。

 ……自分以外の何かを庇うとか押し付けられたとかじゃなく、マジで十和田さんのやらかした結果なのか?

 隠すのを諦めたのか、額どころでなく噴き出している脂汗がそれを物語っている。化粧落ちそう。


「じゃあ、聞かなかった事にするんで頑張って下さい……と言いたいところですけど」

「……本気で崩れ落ちそうになりました」

「十和田さん以外に担当変わられても困るので、できる限りは助けるつもりですけど、限度はありますよ?」

「実際、この件で問題起きたらクビが飛びます。多分、物理的に」

「…………」


 ……マジかよ。実はそんな空気感だったのか。

 だったらシンにしてしまえとか、そんな雰囲気じゃないじゃん。




-2-




「件の姪っ子さん……滝沢アカネさんは不可解な点が多かったんです」


 そうして十和田さんが語り始めた内容は確かに不可解なものだった。


「一つ二つなら偶然で済ませられる。というか、それ以外の何物でもないような出来事なんです。でも、それが大量に重なれば別の何かを疑わざるを得ない。あきらかに彼女に纏わる事象すべてがシンになるよう誘導されている」

「……実は本人が狙ってやっているとか?」


 説明を受けていない以上、それら事象の詳細は分からないが、偶然でないのなら疑うべき箇所は限られる。本人が偶然を装い、意図的にそれらを引き起こしているとすれば分からなくもない。むしろそれが本命だろう。

 しかし、俺の疑問に十和田さんは首を振った。


「当たり前ですが、彼女はシンを知りません。滝沢コウがここにいる事も知らないし、それどころか叔父がいる事も、生まれ故郷の事すら知りません。滝沢さんが全力で痕跡ごと消し去って欲しいと望まれた結果、情報の断片にすら辿り着けるはずがないんです。実際、複数回行われてるテストでも怪しいところはありませんでした。これは特殊な技能持ちだろうがシンだろうが誤魔化せない、直接脳をスキャンするような検査です」


 そこまでやっているとは思ってなかったが、ならその線はないのか。


「本人以外の誰かが干渉した線は?」

「それもありません。一切の痕跡が確認できませんでした」


 いや、まあそうなんだろうが、俺が言いたいのはもっと別の……。


「セルヴァか、それ由来の力による干渉でもありません。……直接否定されました」


 口にしようとした問いを、何も言わないまま否定された。

 ……そうなのか。セルヴァについては未だにほとんど分かっていないが、滝沢の立場を考えればギリあり得るかなぐらいの事は考えたのだが。


「って、あれ? 直接?」

「はい、直接です」

「セルヴァに?」

「……はい」


 普段りんごとやりとりしている俺が言うのもなんだが、セルヴァってそう簡単にコンタクトとれるものなのか?

 相手がいるのは基本的に宇宙の外側だぞ。


「実を言うと、政府……というか、セルヴァ所属の国家は、その規模に関わらず窓口を抱えています」

「そうなんですか」


 もっと放置気味かと思ってた……と言うと、何故そう思ったか疑問を持たれそうなので黙っておく。

 俺が知るセルヴァの印象は、日常的に接しているりんごのものが基本になってしまうからだ。変なボロが出るかもしれない。


「と言っても定期連絡ですらなく、基本的には向こうから一方的な干渉か、こちらから質疑を投げかけて反応を待つだけのものですが」

「ああ、そういう。……それで、聞いてみたと」

「いえ、もちろんそのものではなく、非常に回りくどく、知りたい事の焦点をズラしつつも的には入れている、いつもの手法ですが」

「いつもの」

「いつものです」


 いや、知ってはいるんだが、セルヴァ相手でもそんな回りくどい対応してるのか、日本。断言したくないのは分かるが、限度があるだろう。


「なのに、すべてお見通しとばかりに、滝沢アカネの件についてセルヴァ、及びセルヴァ由来の力による干渉の痕跡なしと」

「どストレートに返って来たわけですか」

「返って来ちゃったんですよー」


 さすがと言わざるを得ない。元よりそんな小細工が通用するとも思えないが、ちゃんと宇宙の外側から監視してるぞと釘まで刺してきたわけだ。

 俺としては、思った以上に主人としてちゃんと隷属対象を管理しているなという意見だ。好感度は上がらないが、評価は上がる。


「でも、やっぱりそれだけじゃ別に、強制的に滝沢の姪をシンにするような話でもない気が」

「それに加えて、滝沢アカネに興味を持ってしまったのか、情報提供を求められました」

「…………」


 ……ああ、なるほど。それで、何もしないわけにはいかなくなったか。どの道バレていた可能性は高いが、タイミングが悪かったと。シンとセルヴァ、政府はどちらにも忖度しているが、重要度が高いのは間違いなくセルヴァだ。

 そして、だからこそ十和田さんのやらかし案件として扱われているわけだ。政府もそれは理解しているだろうが、流れ的にそう見えてしまうならぶん投げてしまえ、シンにしてしまえという言い出す人が出るのも頷ける。元々、ルール上はシンにする事が決まっているような相手なのだからという前提もある。


「どの程度の興味かは分かりません。向こうからどうこうしろという話はありません。それ以降、この件について何か言ってくる事さえありません」

「十和田さんが何も言わずとも、元々探りを入れていたのかも」

「そうだといいんですけどね」


 一応フォローするが、そんな事は政府も十和田さんも織り込み済みで、今はその上でどうするかって段階に移行しているから、あまり意味はなさそうだ。


「政府からは、滝沢にセルヴァの事を持ち出してでも了解もぎ取って来いって言われたのでは?」

「その通りでございます」


 なるほどな。十和田さんとしては頭が痛いだろう。藁にもすがる思いで俺の裾を掴んだわけだ。

 だが、ここまで聞いてしまった事で、俺が間に入ったほうがマシになるだろうという事も理解できてしまった。覚悟はしてたが、なんてこった。



「死ぬほど嫌ですが、滝沢への説明役は引き受けます。多分、そのほうがいいでしょうし」


 日本のシン管理体制は、いろいろな問題を孕みつつも妥協点を模索した結果という事が分かる代物だ。俺もそこまで不満は抱いていない。だから、それを壊さないように手伝うのはやぶさかじゃない。

 ただ、これは個人間のお願いで済まされるものではなく、また、シンとしての職分を大きく逸脱している。

 ……実際のところ、コレってシンの活動よりよほどしんどい仕事なんじゃないだろうか。


「ほ、本当ですか?」

「タダ働きは嫌なんで、何かしら補填は欲しいところですが……別になんにも欲しいものはないんですよね」

「こ、困りますよね……ほんと」


 政府が用意できる金や物で欲しいものはなく、現在制限されているルールにしても、実態を知った上では覆したいものはない。見返りなんて名目じゃなくとも、シンとしての活動を続けていれば望むものは手に入るのだから。それこそ、人道倫理に反するものだろうが関係なく。

 仕事するのは仕方ないにしても、ここら辺はいずれはっきりさせたいところだ。


「ただ、どうしても気になるのは滝沢アカネについて。結局、何がどうなってるんですかね?」


 ここまで聞いた限り、セルヴァですら理解不能って結論になってしまうわけだが。

 勘違いですべてが偶然って線も未だなくはないが、セルヴァが干渉してきた時点でかなり薄いだろう。何か変な力が働いているのは間違いないはずだ。


「皆目検討が付かないというのが本音ですが……」

「ですが?」

「妄想レベルで良ければ、予想……のような何かは思い浮かびます」


 奇遇だ。俺も妄想レベルの何かでいいなら思い至るものはなくもない。


「あなたも同じ事を考えているようですが……滝沢家の悲願にあるのではないかと」

「バカげてる。インブリードし続けたところで、祖先と同じになるはずはないでしょう」


 確かに同じ事を思い付きはしたが、それが正解と思えるはずもない。

 そんな事は誰が考えても分かる事だ。それを分からない、分かっても認められない狂人たちの成れの果てが滝沢の故郷の惨劇だろうに。


「それはもちろんそうなんですが……それについては結局、状況証拠でしかないんですよね」

「状況証拠?」

「滝沢君の証言、村の惨状、わずかに残った資料。そんな欠片から、おそらくそうだろうと結論を出したにすぎません。それが正解なんて誰も言っていないのに」

「そりゃ、正解を知る者がいないんですから……」


 あるいは他に誰か生き残りがいれば……なんて考えたが、それでもあまり意味はない。

 滝沢の父親だろうが姉だろうが、真実を知っているなんて保障はないのだ。それこそ、そうだろうと結論付けたものを信じていた可能性だってある。

 資料だって同じ。本当の意味で真実を知りたければ、それを始めた者……あるいは始めるよう促された者を連れてくるしかない。


「実にオカルトですよね……」


 オカルトなのは間違いない。行われていた儀式のような何かも、滝沢アカネの周囲に起きる事象についても。


「オカルトっていえば、一般には秘匿されているだけで、たいていのオカルトは体系付けられてるんですよね? 超能力とか」

「はい。軍での実証実験も成功してますし、他国での成功例も報告されています」


 過去においてオカルトとされていたいくつかの事象は、現代においては科学として確立している。もちろんすべてではないし、そもそもがほとんど偽物だったわけだが、それらはセルヴァの知識によって暴かれ、解析され、体系付けられた技術として整理された。

 知識としてすら扱いが困難なもの、危険なものでなければ一般社会に向けて公開されているものも多く、科学的に定義されている。

 一方、表に出せないものについても、政府などのセルヴァ関係者やシンに対しては公開されている。

 なんなら俺自身、それっぽい相手と戦った事もあるし、一朝一夕とはいかずとも俺が修得する事すら可能だろう。


「でも、滝沢家で行われていた事やアカネさんの事例はこれらに該当しません。セルヴァ由来の力でない事を否定された時点で違うもののはずです。だからこそ……」


 ……興味を持たれたのか。セルヴァからもオカルト認定される事象だと。

 ただまあ、セルヴァにとって未知ではあっても特別ではないだろうとは思う。それならもっと強く反応するはずだろう。

 これだけ大事になっているのは、あくまで政府が忖度した結果に過ぎないはずだ。


「こうなってくると、十年前のあの日、滝沢君がただ一人だけ手をかけなかった事にすら意味を感じてしまいそうです」

「そうですけど、そこまでいくと滝沢が暴れた事やシンとして大成している事実すら疑ってかからないといけない」

「……それらも含めて否定し切れなくなっているのがなんとも」


 その理屈なら、俺にまで繋がってしまう。大成した滝沢が言い出さなければ俺はここにいないのだから。

 ……キリがないな。


「とりあえず、滝沢アカネの周囲で何が起きているかについては保留として、滝沢……滝沢コウへの伝達と説明については了解しました」


 当たり前だが、どっちも滝沢だから区別が面倒だな。


「えーと、こちらでできる事は文字通り可能な限りフォローしますので」

「どっちかと言えば、失敗した場合の尻拭いの用意をしておいて下さい。その場合は俺も死んでそうですが」

「シャレになってなんですが」


 だって、シャレじゃ済まんもの。




-3-




「……直接会うべきだな」


 地下に向かうエレベーターの中で呟く。

 身の安全だけを考えるなら通信などの間接的なやり取りのほうがいいのは間違いないが、今後の事を考えるならそのほうがいい。俺が殺される可能性は上がるが、意図が正確に伝える事のほうが重要だ。

 ……今更だが、死に対する感覚がすでにぶっ壊れてるな。本物でないにしてもすでに一度は死に、数え切れないほど死にかけた結果だろう。

 シンにとって必要な変化だから許容するしかないが、コレも良し悪しではあるだろう。死への恐怖を無視して危険に飛び込む事へのハードルが下がってしまっている。


 ただ思考に沈んでいると余計な事を考えてしまいそうなので、エレベーター内のソファに座ったまま十和田さんからもらった資料を読む事にする。

 そこに記載されているのは、俺が滝沢に伝えないといけない者の名だ。

 滝沢茜。また基礎教育校卒業前の未成年者だが、すでに卒業資格は得て名前申請も受理されているから漢字名でいいだろう。


「……どう見ても普通の子だよな」


 十和田さんから言われた通り、その内容は極めて平凡なものだった。

 もちろん、最短で基礎教育校を卒業している時点でかなり優秀なのだが、それは俺や美柑も同じだし、美柑に至っては相当なハンデを抱えた上での結果だ。

 つまり優秀といってもその程度しかなく、首席や次席での卒業というわけでもない。

 身体面についても同様。セルヴァによる医療技術のジャンプ進化によるものか、遺伝子異常などの問題も見られず、極めて健康。運動能力も、飛び抜けたものはないが全体的に好成績という、評価に困るものになっている。

 それらが本人の手加減などによって巧妙に調整された結果という線についても調査が入ったようだが、おそらくシロ。少なくとも調査が入って以降にそういう様子はないとの事だ。

 ただ、性格については少々判断に困る部分も多いらしく、簡単に言ってしまえば能天気。何を考えているのか分からず、掴み所のない行動が目立つとの評価。

 あえて言うならここが目立っているくらいで、その他はどこを見ても平凡の領域に留まっている。

 友人・知人のコメントもあるが、そのどれもが滝沢茜が普通か、せいぜいちょっと変な子くらいの評価に落ち着いている。


「自分が出自不明な捨て子、施設育ちである事はコンプレックスと……」


 それに関しても当然と言わざるを得ない。むしろ、シンになってしまったらいろいろと知る事になってしまうんだろうが、それ場合にも問題が発生しそうだ。

 ちなみに、今回の騒動の発端となった美柑との邂逅についても調査結果が綴られている。


「あー、うん、そうなるか」


 美柑の行動については多少の納得感がある。

 小笠原合宿に失敗し、半ばで帰還した事で、今期の残り課程をそのまま受ける事に疑問を持ったのか、目覚めてから一切していなかった旅行を計画したらしい。

 学校の行事や、それこそ小笠原合宿でこそ遠出しているものの、自分からというのは確かに初だろう。俺もちょっと記憶にないというか、俺自身も似たようなものだ。

 行き先は自身の故郷という、旅行というか里帰りに近いものだったようだが、それについては少々意外だった。

 あいつは目覚めてからこちら、故郷どころか自分の過去と関わりのある事全般に対して距離を取っていたように感じていたからだ。あいつが生きた時代の出来事などについては赤裸々に語るものの、家族の事や友人の事、故郷の事についてになると急に口が重くなる。長い付き合いだから、俺はそれらについても把握しているが、普段の雑談ではまず話題に上げない。

 まあ、意外ではあるが、いろいろあって心変わりしたというなら普通に納得できるものだ。

 このあたりが気になってしまうのは、滝沢茜の話が絡んでくる故だろう。その後の展開も含めて、どうしても誘導された感が拭えない。

 調査……というか本人の供述によれば、美柑と滝沢茜は二度邂逅している。

 かつて美柑の通っていた小学校が母体となった基礎教育校の分校にて、そして何故か建設途中で立入禁止になっていた駅前ビルの高層階にて。

 何かがあったなら限界はそのどちらかと考えるの自然だ。特に、二度目のビルなんてあきらかに不自然なシチュエーションである。

 しかし、調査にそれらしい内容はなく、供述にも不自然な点はない。

 ビルに登った理由については怪しい点もあるが、なんとなく、若気の至りと言われればそういう事があるかもしれないという程度のものだ。

 もちろん、二人ともあとで怒られたらしいが、厳重ですらないただの注意である。


「……しかし、やっぱりあいつの実家なくなってるのか」


 親戚まるごと没落したわけだから、そうなってるだろうとは思っていたが……。

 ……いや、そうじゃない。つい美柑のレポートを読みふけってしまったが、今重要なのは滝沢茜のほうだ。


「とはいえ、だ」


 結局、滝沢茜は多少怪しい部分はあるにしても、どれも多少の範疇を逸脱しないという結果は変わらない。細かい資料でそれを突き付けられただけだった。

 ただ、俺にとってそれらは直接関係ない。

 今重要なのは滝沢茜のシン就任がほぼ不可避である事と、それを滝沢コウに説明しなければいけないという事の二つだ。美柑のシン就任など、付随するいくつかの問題については後回しにして、とにかくコレをどうにかしないと始まらない。そういう状況なのである。


「……情報整理と、覚悟を決めるのには良かったかな」


 そう考えてみると、この長いエレベーターも悪くない……いや、やっぱり長いよコレ。まだ中継階にも着いてない。

 結局、自室に辿り着くまで、資料を熟読する事になってしまった。



「りんご。滝沢と直接会う場をセッティングしてくれ」

「かしこまりました」


 自室に戻り、りんごにスケジュール設定を依頼する。俺がやってもいいが、ちょっと確認したい事があったからだ。

 理由を聞かずに即対応してくれるのは良くある事なので、そこまでは予想通り。しかし、そこからが少し違った。


「その場には私も同席させて頂きます」

「…………」


 同席については意外だが、そりゃまあそうだろうなとは思う。当然の事ながら、唐突にりんごが出席の意思を見せた事そのものについてではない。


「滝沢茜の件については私の個人的に興味があります」


 セルヴァにバレているのだから、当然りんごにだって筒抜けであるという事実。セルヴァ内の情報伝達の仕組みやりんごの立ち位置は分からなかったから、探る意味合いも兼ねて直接は言わなかったが、どうやら予想通りという事だ。


「滝沢コウの短慮で私のシンを殺させるわけにもいきませんし」

「ちなみに、どれくらいの可能性を見積もってる?」


 怪我を負ったとしても、俺たちはすぐに治せる。傷を負う事に慣れたシンにとって、痛みだって対価に過ぎない。滝沢の精神的ダメージを天秤にかけるなら、俺の肉体的ダメージのほうが、俺の心情的にもはるかにマシと考えるほどだ。

 その認識はおそらくりんごも共有していて、りんご自身大怪我と死の間には巨大な差があると考えているだろう。死ななければ別にいい程度に。

 ……だから、この対応が出てくる時点でよほどの事なのだ。わずかでも死の可能性があると見込んでいるという事なのだから。


 俺個人として正直な事を言うと、いくらなんでもとは思っている。

 不機嫌になるだけで済むの可能性。しばらく没交渉になる可能性。怪我を負わされる可能性。色々と思い付きはしても、滝沢がそこまで短慮とも思えないのだ。

 もちろん、本人の人格形成に関わる部分のトラウマ。それも超ド級のモノだっていうのも加味した上でだ。

 ……一発もらう覚悟くらいはしておかないとな。


「私が出席する事で不信感がマイナスされる結果、滝沢コウが直情的に行動する可能性は若干上がりますが、それでも一割程度でしょう。その一割でシンが死ぬ可能性は私が出席する事で大きく減らせるはずです」

「……一割も可能性があって見込んでるの?」

「極限まで悲観的に捉えた場合ですが、可能性がある以上は考慮すべきでしょう」


 りんごの体は高機能なメイド基準でしかないわけだが、壁にでもなってくれるんだろうか。

 ……ポッド内じゃないから、さすがに死んだら蘇生してもらえないよな。


「一応問いますが、シンが直接対応されるという事でよろしいのですね? 通信での伝達、あるいは私が代理でという方法もありますが」

「一応って付けているって事は、俺がそのつもりって分かってるわけだろ」

「シンの決断が日本政府や関係者、あるいは滝沢に対して最良とも判断していますが、シン個人についてはどうでしょう? あなたは自分を軽んじていませんか?」


 純粋に俺個人だけを見るなら確かに怪しいな。それならやりようはいくらでもある。実際、全体としてのメリットに引っ張られている感はある。

 ……まあ、そこは性分だな。最早どこら辺がサイコパスなんだか分からんが、そのほうが俺らしいって思うし。


「りんごは俺の事心配してくれんの?」

「……心配。どうでしょうか、良く分かりません」


 メイドの見た目で誤解しがちだが、りんごは誤魔化したり嘘を付いたりしない。情報開示に問題がある場合は口にしないかその旨を伝えるだけだ。

 だからこの反応もそのままで、奇妙な事だが本当に分からないようだった。少なくとも、義体から見える反応においてはだが。


「シンたち人間の感情についての調査・研究は進んでいますが、この場合は私の事なので同様に扱っていいかどうか」

「……少なくともセルヴァにも感情はあると」

「それはもちろん。以前も言いましたが、我々は担当を決める際に共通点の多い文面を割り振られるのです。この場合はつまり人間ですね。なので、そのものでなくとも精神的概念は共通部分が多くあるのではないかと。そもそも、ここまで共に過ごす中で感情の発露はそれなりに見せていたと思いますが」

「少なくとも日本ではアンドロイドは心を持たないとされているぞ」

「ああ、なるほど。シンが言いたいのはこの義体についてではないでしょうが、確かにそういう文明も……おっと」


 何がおっとだ。お前がそんな情報開示ミスするはずないだろうに。

 ……まあ、明言されていないだけで、セルヴァにもいろいろいるんだろう。人間と共通点の多いりんごの文明の中で性格が違うとかでなく、根本からまるっきり別の。

 そういう無数の文明がそれぞれ近しい隷属文明を担当して戦わせているって事だ。多分、りんごはそれを情報開示制限の内で露骨に匂わせてくれている。




-5-




「なんか物々しい雰囲気だな、おい」

「ちょっと面倒臭い話なんだよ」


 応接室にやって来た滝沢は、りんごの姿を認めると一瞬だけ眉を顰めたのの、すぐにいつもの雰囲気に戻った。最初に会った時に見られた重い気配すらない。

 ある程度付き合いができて俺との距離感が縮まった事が大きな理由だろうが、りんご本人に対する評価もあるだろう。セルヴァって時点で警戒の対象からは外れていないが、その中でりんごはかなりマシな位置にいるという事である。


「あんたがそう言うって事は、シンの活動絡みじゃないな。……政府案件?」

「……シンも関係なくはないが、そうだ」

「政府にとって扱い易そうだからな。あんまりいい様に使われるのは感心しないぞ」

「激しく同感なんだが、コレに関しちゃある程度納得して使われている面が強いんだよな」


 できれば緩やかに話を持っていきたい。勘のいい滝沢の事だから、こうして話しているだけでもある程度汲み取ってもらえるだろうが。


「りんごがここにいるのは俺が許可した。政府の傍聴がセルヴァに無意味って事の現れでもある」

「それはまあ……そうだろうな。それでもあんまり同席して欲しくはないけど、あんたは同席して問題ないってだけでなく必要と判断したわけだ」

「ずいぶん評価されているようで痛み入る」

「俺、割とそういうの得意だから」


 そうだろうな。それは最初に会った時から知ってる。


「……つまり、そういう予防線や保険が必要になると。相当に言い出し難い案件だな」


 加えて、実に察しが良くて助かる。


「めっちゃ言い出し難い。だって、絶対滝沢は不機嫌になるもの」

「多少の事じゃキレない自信はあるが……ようするにそういう事か」

「……そういう事なんだ」


 俺が認めると、それだけで室温が数度下がったように感じる。

 滝沢は表面上穏やかにしているが、そう見えるように努めているだけだ。滝沢にとってコレは触れるだけで爆発する危険物だと、改めて実感させられる。


「間違いなくお前の地雷原を踏み抜く話なんだよ」

「単に言い出し難いだけじゃないな。何も知らなかった時ならいざ知らず、今のあんたはそれが俺にとってどういうものか良く理解している」

「ああ、これだけ前置きをしても、お前がキレるんじゃないかって覚悟してる」

「マジで言ってんの?」


 単に故郷の事や滝沢家の事を聞いただけなら不機嫌になるくらいだろう。知った上で滝沢家の闇に触れたとしてもそうはならない確信はある。

 俺がそれを理解し、確信している事を滝沢はちゃんと分かっている。


「その核心となる部分が、お前の中でどういう立ち位置にあるか分からないから判断に困っている部分もある」

「……核心?」


 滝沢は思い至っていない。尚更どういう扱いなのか判断に困るが、これは一段階置く必要があるな。


「滝沢茜。お前の姪の件だ」


 ブワッと、物理的になんらかの力場が発生したように錯覚するような気配が部屋に満ちる。

 まるで滝沢が数倍の質量に膨れ上がったような錯覚に囚われる。すでに俺はビビっている。ここまでの戦いを経験していなかったら口を開けなかっただろう。


「……アレがなんだって?」


 とはいえ、ここまでなら許容範囲なのだ。ただ、想像よりかなり反応が良い……というか悪いというか、状況はあまり良くない。

 そして、ここで話題を止めるというのも難しい。損得感情や義務感からくるものではなく、滝沢が問う言葉に強制力を感じて抗えない。


「……シン」

「りんご?」


 その時、りんごが俺の肩に手を置いた。

 実は滝沢の殺気に押されて同席していた事すら忘れていたくらいだが、それでわずかに正気を取り戻せた。


「口を挟むつもりはありませんでしが……滝沢コウ、それではこの場を切り上げざるを得ません」

「……ああ、悪い。確かに正気じゃねーな」


 わずかに、空気が軽くなった。


「俺自身、自分の中にこんな激情が眠ってたなんて気付いてなかったよ。……でもそうか、存在自体忘れてたが、そんな地雷原がいたな」


 さすがにど忘れではないだろう。意識的に、あるいは本能的に記憶から消し去って見ないようにしていた過去という事だ。


「それで、アレがどうしたって? 死んだとか? ……いや、そんな報告ならわざわざこんな事にならないよな。故郷の事に気付いて政府に探りを入れたとか……まさか俺やここの事に気付いたって話じゃないだろうな」

「それなら、政府が速やかに処理するだけだと思うが」

「ああうん、そうだよな。……悪い、思考が働いてないな」


 大分、圧力は薄れたな。ただ、少なくとも滝沢茜に対して特別な感情……肉親由来の愛情だとか執着はなさそうだ。

 むしろ、死んでいても構わない。下手をすれば殺しておけば良かったとすら思っているかもしれない。

 それはそれで問題はあるんだが、唯一残った親族には普通の社会で幸せになってほしいとか考えていたよりはよほどマシだろう。


 ……そんな事を考えていたから、わずかでも気が緩んでしまったのかもしれない。


「滝沢茜がシンになる事がほぼ確定している」


 すでに精神的に限界を迎えていたのか、それでこの場を終わらせたかったのか、俺は迂闊にも核心へと切り込んでしまった。



「……あ゛あっ?」



 ……あ、俺死んだ。




ネタバレですが、死にません。(*´∀`*)


リクエストは三回分なので、敗北はあと二回続くぞ。

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― 新着の感想 ―
!!!続きがよみたいです……
こっわ!まじか。
迂闊!w
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