第1章 1話 盗まれたリンゴと可哀想なネコ
秋葉原駅から少し歩くと電気街に出る。
大通りには街路樹と同じかそれよりも短い間隔で、女の子達が様々な格好をして、客引きをしている。
何度かメイド喫茶やコンカフェに行ったことのある人ならわかると思うが、基本的には客引きの女の子に引っ掛かる方がハードルが低くて良い。
いきなりお店に行くことも出来なくはないが、気に入った女の子に相手してもらうにはやはり釣られるが吉である。
十鷹は歩きながら何となく周りを見渡すそぶりをする。
一生懸命声掛けをする子、ただこちらの人混みを見るだけの子、疲れたとばかりにスマホを見る子、様々な女の子がメイドや猫、神父、巫女のコスプレをして並んでいる。
「お兄さん、どうですかー、可愛い子いっぱいですよー」
「ねえねえねえ!、うち来て、楽しいよ!」
「かわいい猫ちゃんいっぱいですよー」
「一緒にドロン!修行しましょ!」
十鷹は内心いつもの帰り道を行くように、大通りを歩きながら女の子達を見る。そんな中で、不意に目の合う子現れる。
「あっ!目の合ったお兄さん、どうですかー」
引き寄せられるように、メイド姿にネコのカチューシャを付けた子に歩みを進める。女の子は手に持っているチラシを十鷹に見せて話す。
「ありがとー!えっとね、うちのお店は『Sweet Memory』(スイートメモリー)って言います」
「へー、どんな感じ」
「40分2,000円でソフドリ飲み放題、女の子の飲み物も選んでほしくて、ボトル1本3,000円からなので、最低でも5,000円あれば大丈夫!どう?」
「うーん。お姉さん可愛いから、行こうかな」
「ホントに!じゃあこっちこっち、着いて来て」
十鷹は女の子の後に続いて人混みを横切る。表の大通りから脇道に入り、裏通りに向かう。
コンカフェの店舗は2種類ある。別に名前が付いている訳では無いが、一つは店舗の位置や内観が外からちゃんと分かるオープンタイプと、もう一つは看板一枚で全く分からない隠れ家タイプがある。法律的な良し悪しは分からない。
一本裏通りに行き、右に曲がる。すぐ目の前にスパゲッティ屋さんがありその横にある階段を降りる。今回は隠れ家タイプの様だ。
「着いたー!お兄さん先どうぞー」
女の子がお店のドアを開けて入るように促す。
「お客様御来店でーす」
「「いらっしゃいませ!」」
店内は大きなコの字型にカウンターテーブルが置かれ、内側に女の子達が立っている。コの字型のカウンターの外側には、数人のお客さんが座り、1対1あるいは1対2で会話を楽しんでいる。
「いらっしゃいませ、こちらへどうぞ!」
十鷹は店内に居た別の女の子の誘導で店内の奥の机へと向かう。
「お荷物隣の席に置いて大丈夫ですよ」
「ありがとう」案内してくれた子に軽く会釈する。
案内してくれた子と入れ替わるように、釣られた子が戻ってきた。
「来てくれてありがとう。とりあえず飲み物選んじゃおっか、何が飲みたい?」
十鷹の前でメニュー表を開く。
「じゃあ、このカシスオレンジにしようかな」
「オッケー!」
女の子はメニューを捲りシャンパンの絵が幾つか描かれたページを見せる。
「次に、女の子、私のドリンクを選んで欲しくて、この中から一つ選んでね、その間に作って来るから」
そう言って女の子は調理台のエリアに行き飲み物を作る。
「決まった?」
「とりあえずこのシャンメリーで良い?」
「いいね!ありがとー!持ってくるね」
女の子がボトルを持って戻ってくる。
「お待たせでーす。じゃあ3,2、1で開けるね!」
女の子はボトルの栓を捻りながらタイミングを計る。
「いくよー!3,3,2,2,1、1」
ポン!
「ありがとうー」
「イェーイ!」
女の子は自分のグラスに注ぎ、前に突き出すような仕草をする。
「「かんぱーい!」」
「そういえば名前言ってなかったね。私は『ねる』って言います。よろしくー」
ねるは胸元の名札を持って強調する。
「お兄さんのお名前は?あだ名?ニックネームでもいいよ」
「そうだな、柚城って言うんだけど、あだ名とか思いつく?」
ねるは手元の伝票に名前を書こうとする。
「『ゆずき』かー。・・・え!?ちょっと待って、漢字で書くとどう書くの?」
「食べものの柚子に、お城の城だよ」
柚城は空中に指で書くジェスチャーをしながら教える。
「え!それ本当!?」
ねるは伝票に言われた通りに書いて柚城に見せる。
「この字であってる?」
「うん、そうそう合ってる」
「え!マジで言ってる?」
「?、マジマジ」
ねるは何か心当たりがあるのか異様に驚いている。
「私知ってるかも!探偵みたいな人でしょ!」
「え?なにそれ」
柚城はカシスオレンジを一口飲む。
「いやいや、とぼけなくても良いよー!悩み事?を相談すると解決してくれるでしょ?コンカフェの女の子達の間で周ってきてね、知る人ぞ知るみたいな感じかな」
「マジで!そんなことある!?」
「え!?違う?名前が『柚城』でこの漢字の人で、大学生だよね?」
「大学生。うん多分合ってるよ」
「え、そうでしょ!そうでしょ!」
柚城は渋々認めるが、過度な期待を持たせまいと弁明する。
「でも探偵なんて大層なもんじゃないよ。不思議なこととか変なことがあったらその話を聞いて、こんな感じだったら面白いねって話してるだけ」
ねるは頷いて話を聞いている。
「だから探偵みたいに根拠とか理屈があって、解決するみたいなことじゃないよ。・・・そうだな推理、いや妄想を話してるだけだから・・・その・・・」
柚城はだんだん言葉に自信が無くなっていく。
「えー!そうなんだ」
ねるはシャンメリーを一口飲む。
「でさ、でさ!私も最近あったの不思議なこと、聞いてくれる?」
「まあ、良いけど、解決できるかはわからないよ」
「いいよ良いよ」
ねるは柚城の弱気な様子に目もくれず話し始める。
「最近ここのお店であった話なんだけど、お店の女の子の水筒が無くなったの」
「うん」柚城は頷く。
「営業終わりにねみんなで片付けして、帰り支度してたら『水筒が無い!』ってキャストの子が言い始めたの。でね、本人のカバンの中はいくら探しても無いし、このお店は女の子1人1人にロッカーがあるんだけど、その中にも無いの」
柚城は相槌を打ちながら頭の中で状況を思い描く。
「水筒だしあれば直ぐにわかる大きさじゃん、だから別に嘘とかついて騒いでるわけじゃ無いのは直ぐに分かったの。だから、みんなでお店の中めっちゃ探したんだよね。でも全然見つかんなくて」
「どのくらいの時間探したの」
「うーん多分1時間くらい?」
「結構探したね」
「そう、でも全然見つかんなくて。そしたら、その子だんだん怒りだしちゃって『誰か盗んだでしょ』って、当然みんなそんなことないって否定するじゃん」
ねるは当時のことを思い出し再び怒りが込み上げてきた。証拠に少し語気が強くなっていた。
「でも聞かないから、みんなの荷物検査始まっちゃって。結局誰も持ってなくて、それでも『盗んでどこかに隠したんでしょ』って怒るんだよね。でもお店探してもないから、みんなでとりあえず落ち着かせるために、水筒を見たタイミングをその日の朝から辿ったんだよね」
朝から水筒の所在を辿ることがよほど名案だったのだろう、ねるは得意げに話す。
「最後に使ったのはお店に出勤してすぐ飲んだ時って分かったんだけど、お店探しても無いから、もうどうにもならないから、一旦みんな帰るしか無くて、それ以降その女の子出勤してないんだよね」
ねるは話し終えてシャンメリーを一口飲む。
「そっかー。それは大変だったね」
「でね、後から聞いたらその水筒結構高いものだったらしくて、いわゆる限定品みたいなやつで売ったらそれなりに値段がつくんだって。だから盗んだとか敏感になってたらしいんだよね」
「じゃあ、それは今も見つかってない感じ?」
「うん。・・・でもね、ここからは誰にも話してないんだけど、実は私見ちゃったんだよね」
ねるは声のトーンを一気に下げて小声になる。
「何を?」
「事件のあった日の2日後?くらいにそのリンゴの柄の水筒を持って、この店の女の子が出て行くの見ちゃったんだよね」
「マジで!」
「でも一瞬だったし咄嗟のことだったから、見間違いかもしれないし、あんまりこの事大きくしたくないから、見なかったことにしちゃったんだよね
「うーん、そうか」
柚城はカシスオレンジを飲み頭の中で事件を整理する。
「持って出てったのはこの店の女の子?」
「うん」
ねるは周りを見渡す。
「今日は出勤してるんだけど、外みたいだね」
「水筒の大きさってどれくらい?」
「大きさ?えっとね」
ねるはスマホを取り出して、無くなった水筒を画像検索する。
「あ、これこれ」
ねるはスマホの画面を柚城に見せる。どこかのブランドの商品ページで、可愛らしいリンゴのイラストが水筒の表面に散らばって描かれていた。値段もそこそこする様だった。
「確かに高いね、でもこれ一個盗んで売った所でたかが知れてる感はあるよね」
「まあ、そうだよね。あっ、オークションとか!?限定品なら高値がつきそうじゃない?」
「うーん、その可能性はまあ、なくは無いか」
柚城は頭を捻る。
「え〜!無いんだけど」
何処からか、女の子が唸っている。
「ちょっと待っててね、様子見てくる」
「うん、大丈夫」
柚城は考える時間が欲しかったので、丁度良かった。
ねるは唸っていた女の子の側へ何事か聞きに行った。
「えみる、どうしたの?」
「ねる先輩。聞いてくださいよ、ここに置いてあったリキュールがないんですよ〜」
「リキュール?そんなのあったけ?」
「ありましたよー、店長に買ってもらったんです」
「どんな見た目なの」
「キラキラで、こんな感じです」
えみるは両手の人差し指を使って空にボトルの外径を描く。ボトルの口から鉛直に10センチほど下ろし、半円を描き終端で指をくっつける。
「うーん。よくある形だね」
「でも見た目キラキラなので直ぐわかるはずなんです」
「でも、見当たらないし、とりあえず今日は別のアレンジで作るしかないね」
「はーい、わかりました」
えみるは残念そうな顔で別のボトルを持ってドリンクを作った。
ねるは柚城の席に戻ってきた。
「ごめんなさい、とりあえず大丈夫になったみたい」
「何か無くなった感じ?」
「聞こえてた?」
柚城は頷く。
「なんかね、特別なリキュールが無くなったみたい。私は見たことないけど、店長に買ってもらったんだって」
「無くなって大丈夫なの?」
「まあ、一旦?そもそも買ったのかとか確認してからだね」
「それで、それで。さっきの話し何か推理思いついた?」
「そうだね、これは推理なんて言えないただの飛躍した想像に過ぎないよ」




