第1章 2話 盗まれたリンゴと可哀想なネコ
柚城は新しいドリンクにカルーアミルクを選んで注文した。
「はい、おまたせー」
「ありがとう」
「それで、何があったんだと思う?」
柚城はねるを落ち着かせ、状況を整理する。
「順を追って話すよ。先ず、いちご柄の水筒が無くなった日のこと」
「うん」ねるは頷く。
「正確には水筒は持ち主の手元から無くなり、店の中からは無くなっていなかった。これはねるが後に見たことから分かる。じゃあその日何処にあったのか」
柚城は少し口角を上げる。
「多分金庫とかじゃないかな」
「金庫なんてこの店にあったかな?」
ねるは純粋に疑問を口にする。
柚城はねるの疑問をスルーして続ける。
「金庫って誰でも触れるものじゃない。ましてや店に元々置いてあったものだったら余計に皆んな見て見ぬふりをする。だから水筒を探した日に多分誰も金庫には触れなかった」
柚城は更に続ける。
「そして今回の事件はおそらくその金庫を中心としている」
柚城はこの事件の根幹たる水筒に、何か鍵になる要素があると踏んでいた。
「そもそも、その水筒自体に盗んで売るほどの価値があるのかそこが疑問なんだ」
「でも限定品だし」
「確かに限定品だ。だけど、使用済みならどうしても価値が下がる。だから、その水筒には水筒以上の価値があったんじゃないかな」
「水筒以上の価値?」
「たとえば、中に現金が入っていたとかね」
「ええ!!」
ねるは驚き一瞬声のボリュームが最大になる。周りの女の子や客が何事かとこちらに視線が集中する。
「ごめんなさい」ねるは周りに小さく謝る。
「現金って、なんでそんな所に入れるの、だいたいどこからそんなお金が」
ねるは柚城の突拍子もない発想に少し前のめりになっていた。
「落ち着いて、これは僕の想像だから」
「ああ、そうだったね」
柚城はねるを落ち着かせて話を続ける。
「そのお金の出所は恐らく金庫で、元は店長が店から横領したお金なんだよ」
柚城は事件を整理し、ねるに解説する。
「事件の発端は水筒を持っていた女の子、名前はなんて言うのかな」
「サラちゃん」
「そのサラさんは見てしまったんだよ、店長が店に隠していた金庫を開けているところを。そして知ってしまった、その中にお金が入っていることを」
柚城はカルーアミルクを一口飲み続ける。
「サラさんはお金に困っていた。理由は多分・・・ホストとかかな、推しに貢いで生活費まで使ってしまった」
柚城は話しながら少し理由づけが雑だと感じてはいたが、そこは重要ではないと割り切り話を続けた。
「そんな状況で偶然、サラさんは店長が金庫を開いている所を見てしまう。そして、その金庫にお金が入っていることも同時に見えてしまった。サラさんにとっては喉から手が出るほど欲しかったもの。でもただ持ち出せば何かの拍子にバレてしまう。だから、まずなんのお金か探る必要があった」
柚城はサラがどうやって調べたかまでは想像がつかず、一旦保留とした。
「色々調べた結果、それは店長が長年横領していたお金だったことが分かった。当然、横領のお金であれば、サラさんが盗み、無くなったことがバレても店長は言い出せるわけがない」
「そして、盗み決行の日、いつもより少し早めに出勤したサラさんは金庫のお金を、持っている水筒に入れた。裸で現金を持つのはリスキーだし、新しいケースなんか持ってきたら誰かに『見せて』とか言われて面倒なことになる。だから持っていても他人に中を見られることがまず無い水筒を使った」
柚城は事件のあった日その後何が起きたのか推理を、ねるに話す。
「その日は普通に仕事をこなして、いざ帰り支度をしてる時、ねるの言っていた事件が起きる」
「水筒が無くなった事件ね」
「そう、サラさんからすれば一大事だよね、大量の現金が入った水筒が無くなった。もし店長にお金を盗んだことがバレれば何をされるか気が気じゃ無いはず」
ねるは柚城の話に追いついてきて自身の考えも話したくなっていた。
「だから必死になった。限定品という言い訳はその時思いついたんじゃ無いかな」
「ピンチの時ほど人は冷静に前後関係を考えた嘘をつけるようになるって言うよね」
柚城もねるの限定品という言葉で事件当時のサラの行動がより明確になった。
「サラさんはどうにか見つけたい一心で、水筒を盗まれたことにして全員の荷物も探した、でも誰も持っていないし、店のどこにも無い。ただ店長もサラさんに何かを言ってくる様子も無い。だからその日は諦めて帰るしか選択肢はなかった」
「じゃあ、水筒はどこにあったの」
「水筒は金庫に戻されたんだよ」
柚城は人差し指を立ててねるに見せる。
「実はもう1人金庫の存在と水筒にお金が入っていることを知っている者がいたんだよ」
「誰それ?」
「それこそ、ねるが言っていた水筒を持って出てったこの店の女の子だよ」
「え!ミミちゃん」
「ミミさんっていうんだ」
「うん、ミミちゃんが営業前に水筒持って店を出てったの」
「因みに僕の想像が正しければミミさん、実はサラさんのことが好きだったりして」
「え!なんで分かったの!怖いんですけど!」
ねるは前のめりになっていた体勢を一気に引く。
「マジで言ってる!?」
柚城は面白そうな展開の一つぐらいのつもりで、2人の関係性について言及した。
「うん。まじ、この店の女の子の中でも数人しか知らないけど、ミミちゃん実はサラちゃんのこと好きみたいで。いわゆる同性愛?女の子が女の子を好きになるみたいな、でもミミちゃんの片想いなんだよね。・・・でもなんで分かったの?」
「分かったと言うよりは、サラさんの水筒をミミさんがどうにかするって考えた時に思いついたんだ。好きな子のリコーダーを吹く男子の話を参考に、ミミさんがサラさんの水筒を隠れて飲もうとしたんじゃないかって」
「まじ、ちょっとそれは引くわ」
ねるは柚城の思いつきに、明らかな嫌悪感を示す。
柚城はねるの反応に少し傷ついたが、気にせずに続ける。
「その時にミミさんは偶然知っちゃったんじゃないかな、その水筒にお金が入っていることに」
「まさかそんな偶然、起こりっこ無いって!」
「そして、ミミさんはそのお金に見当がついてしまった。いったい何故か、それはミミさんがサラさんより前から金庫の存在と、その中のお金のことを知っていたから」
ねるは柚城の突拍子もない推理について行けず、信じたくないという思いから2人を庇う。
「でもでも、ミミちゃんがお金の事を知っていたなら、金庫に戻して無かったことにして、サラちゃんを注意して終わりでよかったんじゃない」
「そこだよ、ミミさんは水筒のお金を見て咄嗟に思いついたんだよ、これをネタにサラさんを自分のものにできるって、ついでにお金もゲットできるってさ」
「そんなひどいこと、、、」
柚城はミミの当日の行動を想像し始める。
「ミミさんはまず証拠を押さえるために水筒を盗む。でも絶対バレてサラさんの性格的に大騒ぎすることは分かっていた。だから隠すために自分のバックとかロッカーは使えない、咄嗟に思いついたのは金庫に入れること。まさか盗んだ所に戻っているなんて思わないからね」
「そして、ミミさんは騒ぎが終わってから個人的にサラさんに連絡をとる」
「どんな会話をしたのかは分からないけど、多分『あなたの弱みを握った、まだ誰にも言ってない、だからずっと一緒にいてね』みたいな趣旨のことを話したんだと思う」
「そんな、、、」
ねるは続く言葉が出なかった。
「そしてねるが見た『ミミちゃんが水筒を持って外に出るところ』多分この時外にサラさんが来ていて水筒とお金を渡したんだと思う」
「ええ、返しちゃうの?」
「うん、だってそれを持っていたら自分が犯人にされるかもしれないからね。あくまでもお金を盗んだのはサラさんでそれを知っているミミさんという立場が大事だから。ちゃんと写真かなんかでサラさんが盗んだことが分かるように証拠を残していると思うよ」
柚城は一息つき、カルーアミルクを多めに口に含んだ。
「なんて言ったらいいか分からないけど、、、すごい」
ねるはなんて言ったらいいか分からず、気持ちをそのまま口にした。
柚城は手を顔の前で振り否定する。
「いやいや、全部想像だから、適当にこんな感じだったら面白いなって思ったシナリオを簡単に繋げてるだけだし」
ねるは柚城の謙遜をよそに気になった事を聞く。
「その話がもし全部本当だとしたら、何を確かめたら本当だって言えると思う?」
柚城は少し考え、ねるの目を真っ直ぐ見る。
「そうだな、まずはこの店に金庫があるかどうかじゃないかな。あと聞ければ、ミミさんにサラさんと連絡をとっているか、どんな会話をしたかとかかな。でも全部こっそりやるんだよ。表沙汰になるようなことになれば色々聞かれて面倒なことになると思うから」
「そうだよね、んー」
ねるは手を額に当てて、頭を抱える。
「まあ、僕は本当か想像かどっちでもいいから、ねるが気になるなら確かめてもいいと思うよ。ねるの判断に任せるし、僕がねるにまた会えるか分からないから結果も聞けないだろうしね」
「えー、せっかく出会えたのにまた会いに来てくれないの?」
「凄い、急にコンカフェ嬢感出してきたね」
「はは、すっかり話に聞きって完全に忘れてた」
「はは、だね!」
「ねね、SNSとかやってないの?よかったらフォローして欲しいな」
「ごめん、やってないんだ」
「えー今時珍しい!」
「確かに、それこの間も友達に言われた!」
「そろそろ時間だね!延長とかする?」
「いや、いいかな。とっても楽しかったよ」
「こちらこそ!ちょー楽しかった!また会えるといいな」
「だね、また道で見つけたら声かけてよ」
「うん!ありがとう」
柚城はお金を払って帰り支度を済ませる。
ねるは最後まで笑顔で柚城を見送った。
柚城がお店を出て階段を上がっていると前からねると同じような衣装の女の子が降りてくる。女の子とすれ違う瞬間、立ち止まり柚城は少し狭い階段を左に避ける。女の子は小さい声で「ありがとうございます」と言い通り過ぎた。
柚城は不意に気になり、階段で少し立ち止まり、様子を伺う。
女の子はそのままお店の扉を開くと、中から「あ、ミミちゃんおかえりー」とねるの元気な声が聞こえた。




