第37話:再会のお茶会
愕然とするセドリックとアリア。
ふたりを澄まし顔で眺めつつ、ヴェロニカは正直言って困惑していた。
(……ええと。これはどういう状況なのかしら?)
王太子たちの来訪日が今日なのは知っていたし、シグルドからは茶会に招待されていた。
セドリックやアリアと今さら絡むなんて面倒なことこの上ないが、ドレスまで用意されては断れない。腹をくくって指定の時間に来てみたら、すでに気まずそうな雰囲気が仕上がっていた。
……不穏すぎる。
面倒ごとに首を突っ込む趣味はない。
ふとエスコート役のダルタニアンを見やれば、ちらりとウインクを返してきた。
(あ、かわいい。……じゃなくて。何ですか、そのウインクは)
シグルドは席から立ち上がると、ヴェロニカの隣に並び立った。
「すでによく存じておられるだろうが――彼女はヴェロニカ。もはや家名を捨てた身ゆえ、ただのヴェロニカと呼んでくれ」
(……なんとも強火なご紹介)
とりあえず自分も、無難な挨拶だけは済ませておこうと思った。
そう。無難に。
しごく無難に「お久しぶりです」だけでいい。
と思っていたのだが――
「ふっ。ご無沙汰しておりますわ、セドリック殿下、アリア様。まさかこのような場所でお目にかかろうとは、運命とは分からないものです」
唇から滑り出たのは不敵な声と笑みだった。
「……」
セドリックの顔面がこわばっている。
平静を取り繕っているが、「生きていたのか……?」とでも言いたげだ。とっくに死んだと思われていたらしい。
もっとも、ヴェロニカもセドリックなんて思い返すことすらなかったのでお互い様である。
一方でアリアは、混乱を隠しきれずに唇を噛みしめていた。
(……うわぁ。アリア、怒ってる)
シグルドの中の悪魔が見当たらず、ヴェロニカに偽情報を掴まされたと思っているのかもしれない。
今すぐ罵倒したいけれど、皆の前ではそれもできない――といったところか。押し殺した怒りが、顔面に浮かんでは沈み滲んでは隠れていた。
「縁あって、ヴェロニカと我が組織は懇意な関係にある」
ヴェロニカを自分の隣に座らせながら、シグルドはセドリックに涼しく微笑みかけた。しかしその目は笑っていない。明らかな牽制の笑みだ。
「…………さようか」
「ところで、聖女殿の顔色が優れぬようだが?」
不意に名を出され、アリアの肩がビクッと揺れた。
「いえ……」
「王都の噂は我が街にも届いている。ヴェロニカが王太子殿下との婚約を失い、追放刑に処された折に聖女殿との諍いがあった件についても」
アリアの目が、うろうろと彷徨っている。
「ヴェロニカの罪状はすべて偽証だったのでは――という噂まで漏れ聞いているぞ。しかも『悪魔との契約』などという重大犯罪の疑惑があったそうだな」
「……その件は」
アリアをかばおうとしたのか、セドリックが声を挟んだ。それと同時、シグルドが「ところで」と低い声を重ねる。
「聖女殿は、いかなる根拠でヴェロニカの悪魔契約を指摘なさったのだろうか?」
「……あの……悪魔の、気配が」
「だがヴェロニカには契約の証が見つからなかったそうだな。どうやら聖女の固有能力は、いろいろと不確定なものらしい」
シグルドの笑みが、いっそう冷ややかになった。
「だからこそ、つい余計な懸念を抱いてしまう。本日、聖女殿はいかなる目的で私のもとへ参られたのか――とな」
アリアの喉がひくりと鳴る音が、ヴェロニカの耳にも届いた。アリアの隣では、セドリックが言葉を失っている。
「まさか私を悪魔契約者として摘発し、自身の功績とするつもりではあるまいな?」
伸びやかな声に恫喝の響きを孕ませて、シグルドは続けた。
「もしそのような噂が広まれば、聖女殿もさぞやお困りになるだろう? ヴェロニカを罪人に仕立て、予言を理由に民に重税を課し、今度は私に矛先を向けたとなれば――『聖女は自分の都合を通すために悪魔の脅威を振りかざしている』などと疑われても、反論できまい?」
びくり、と。セドリックの肩が震えた。弾かれたように顔を上げ、アリアを見つめている。
一方のシグルドは「せいぜい気をつけることだ」と囁きながら、ティーカップに口を付けた。そしてゆっくり飲み干すと、音もなく席を立った。
「せっかく祈祷まで授かった縁だ。聖女殿にひとつ尋ねるとしよう」
アリアの前まで歩み寄り、わずかに身を屈める。口元の笑みはそのままに、尋問めいた鋭い目つきでシグルドは問うた。
「私に悪魔を感じるか?」
「ひっ」
逃げ道を塞がれた小動物のように、アリアは震えあがっていた。
「………………いいえ」
やがて絞り出されたのは、聞き取れないほど小さな声だった。セドリックが、瞳を大きく揺るがせている。
「兄上、そのあたりで」
そのとき、ダルタニアンが横合いから穏やかな声を投じた。
「それ以上は、聖女殿への非礼に当たります」
いつになく優しげな物腰で告げると、ダルタニアンはさりげなくアリアのほうに視線を流した。
「――ああ、そうだな」
シグルドも、態度をわずかに和らげる。
「つい話し込んでしまった。此度の使節はあくまで表敬訪問であったな。どうか、ゆるりと過ごされよ」
――茶会では、その後も当たり障りのない会話が続いた。しかしアリアは最後まで顔を上げず、隣のセドリックもどこか上の空だった。
ヴェロニカは、彼らとシグルドを交互に見比べながら思った。
(……ダンディ!)
澄まし顔で見学しつつ、胸がじんわり熱くなる。
(なるほど。恩返しって、こういうことだったの……)
ヴェロニカ自身はセドリックたちに恨み節を言う気はなかったが、きっちりと釘を刺すのがこの兄弟の流儀だったのか――。
思わず、顔がにんまりしていた。
推し兄弟の恩返し、ありがたく頂戴するとしよう。
だが。
ヴェロニカはまだ知らなかった。この『恩返し』にはまだ続きがあったということを。
*
――その夜。使節一行は奈落の城で夜を迎えた。
あてがわれた客室にひとり、アリアは頭を抱えてうずくまっていた。
(どうしよう。わたし、どうしたらいいの……!?)
シグルドの中に悪魔は見つからず、功績を立てる計画は台無し……。あげくの果てには『都合よく悪魔疑惑を利用しているだけでは?』とまで言われてしまった。
(シグルドのあの態度……ヴェロニカのせいに決まってるわ。セディさまだって……)
あのあと晩餐会も催されたが、セドリックはずっとよそよそしかった。アリアとどう接するべきか戸惑っている様子で、話しかけても「今後の話は帰国後にしよう」と取り合ってもらえなかった。……このまま、見放されてしまうのだろうか?
(こんなはずじゃなかったのに。これから、どうしたら……)
――と、そのときノックの音が響いた。
「セディ様!?」
縋る思いで入口に駆け寄り、アリアは急いでドアを開けた。しかし、そこにいたのは――。
「このような夜分にすまない、聖女殿」
立っていたのはセドリックではなかった。金髪碧眼の美しい少年――ダルタニアンだ。
(ダルタニアン!?)
どうしてここに――と尋ねる前に、ダルタニアンは誠実そうな瞳で見つめてきた。
「俺はダルタニアン・ドゥ。奈落候の弟だ」
誰かに見られていないか確かめるように、ダルタニアンは一瞬廊下に目を向けた。
「少し、ふたりで話せないか?」
「わたしと……?」
「ああ」
――どういうことだろう? アリアはごくりと息を飲んだ。
(もしかして新ルート……?)
シグルドに突き放されても、『弟』のほうはもしかしてまだ攻略可能なのではないか……。万が一セドリックに愛想を尽かされても、ダルタニアンを味方にできれば最悪ひとりぼっちにはならずに済むかもしれない……。
「……わかりました」
アリアが頷くと、ダルタニアンは花開くように笑った。――こんな笑顔は、ゲームの中でも好感度が最大になるまで見られなかったのに。
(助けて……)
藁にもすがる思いで、アリアは部屋を出た。






