第35話:一方、聖女は――④
一方、アウグスタリア王国では――。
王城の門前、王太子セドリックのエスコートを受けて、アリアが馬車に乗り込んでいた。
「出立――!」
騎士の号令とともに門扉が開かれ、隊列が城外へと延びてゆく。アリアとセドリックを乗せた馬車も、車輪の音を響かせながら動き出した。
「緊張していないか、アリア」
「大丈夫です」
気づかわしげな声をかけてきたセドリックを、アリアは満面の笑みで見つめた。
「それにしても、まさかヘスト・トロニカの長が悪魔と契約していたとは。悪魔の暴走を未然に防ぐことができれば、この国は救われる。――君にしかできない役目だ。頼んだよ、アリア」
「おまかせください、セディさま」
(……これでようやく巻き返せる。ここからは自分の力で新しいハーレムENDを作るんだから!)
アリアは心の中で拳を握り締めていた。
――負けるものか。ヴェロニカに勝手にシナリオを変えられたまま、泣き寝入りなんて絶対にできない。
恋の夢鏡でヴェロニカと通信した夜のことを、アリアは思い返していた――。
***
――夢の中の暗闇で。
ヴェロニカはアリアを『くそ聖女』と侮辱するや、姿を消してしまった。
夢から覚めたアリアは、悔しさのあまり枕を殴りつけていた。
「……許せない!!ヴェロニカがシナリオを歪めていたなんて! それに、あの余裕ぶった態度。まさか悪魔と契約しなかったんじゃあ……」
ありうる話だ。
ゲームの知識があったなら、わざわざ自滅するような契約を結ぶはずがない。
「もしそうなら、このまま待ってもヴェロニカが街を滅ぼすことはない……予言が外れちゃう」
予言が外れれば聖女アリアはただの虚言者だ。セドリックになんと申し開きをすればいいだろう……。
失望されたら、好感度が下がったらどうしよう。いったい、どうすれば――?
しかし、ふと閃いた。
「でも、シグルドは契約しているのよね……?」
そうだ。
さきほどの通信でヴェロニカが言っていた――『シグルドの悪魔を祓ってほしい』と。
「だったらいっそ、わたしがシグルドを助けに行けばいいんじゃない……?」
彼が王都に流れてこないなら、アリアのほうから罪人の街に出向けばいい。シグルドの苗床化を未然に止めれば、「災厄を防いだ聖女」という実績が作れるはずだ。
「そうよ。……それしかないわ!」
翌朝、アリアは足早にセドリックの執務室へと向かった。
「セディさま。神から、さらに詳しいお告げが降りました! ヘスト・トロニカに潜む、悪魔契約者の正体です」
目を瞠るセドリックに、はっきりとアリアは告げた。
「悪魔契約者の名前は、奈落候シグルド・ドゥ。へスト・トロニカを支配するマフィア『ワルプルギス』の頭領です」
「……なんだって?」
絶対にセドリックを説得しなければ。
アリアは、シグルドの年齢や容姿、家族関係などを次々に言い当てていった。
「……っ!? な、なぜそんなことまで知っているんだ」
セドリックは目を白黒させていた。ここまで動揺している姿は初めてかもしれない。
「ワルプルギスの情報は、宮廷でも秘匿されているのに……」
「それはもちろん、神のお告げですから」
やっぱり神託だったのか――! とセドリックが目を輝かせるのを見て、アリアは内心ほくそ笑んでいた。
***
「やっぱり神託だったのか――!」
声を震わせながら、セドリックは暗闇の中に一条の光を見いだしたような心境だった。ずっと抱えていた不安が今度こそ拭える。そう思うと救われた気がした。
かつてアリアから災厄の予言を聞いたとき、セドリックは疑いもしなかった。戦時体制の必要性を各地の貴族に説いて回り、兵と物資を集めた。今なお民に重い負担を強い続けている。
なのに予言された災厄は兆候すらなく、各地で不満が噴き上がっている。予言を口実に聖女と王家が結託して、搾り取っているだけなのでは――最近ではそんな声まで聞こえてくる。
アリアを信じ続けてきたセドリックでさえ、不安に襲われる瞬間があった。
――まるで、愛を試されているかのようだ。
不安が浮かぶたび、セドリックは必死に打ち消してきた。
アリアは神に選ばれた聖女。
清らかでひたむきで、いつも民を思い遣っている。
その美しさに初めて出会った瞬間から惹き付けられていた。
――だから、ヴェロニカの断罪を決意したのだ。婚約者の席を空けて、アリアに愛を乞うのが自分の信じる『誠実さ』だった。
つねにアリアを信じ、国家一丸となって災厄に備えた。
こんなにも信じてきたのだ。
今さらアリアを疑うなんて、そんなことは許されない。
「……奈落候シグルド・ドゥ」
セドリックは、アリアが言い当てた名を繰り返した。
奈落候の素性など、本来はアリアが知るはずのない情報だ。けれど容姿も年齢も、すべて正確に言い当てていた。
――やはり、アリアは本物だ!
神はアリアを遣わして、この国を救おうとしているのだ。
「……わかった。今すぐ父上に掛け合ってみよう」
セドリックは、迷いを断ち切るような声音で告げた。
*
やがて王家から奈落候に、外交使節を申し入れる正式な書簡が送られた。使節代表は王太子セドリック、同行者として聖女アリアの名も連ねられていた。
受け入れの返答を受け、とうとう現地に向けて出発する運びとなったのだ。
馬車の中、セドリックは背筋を正してアリアに告げた。
「街に着いたら、まずは奈落候と会談だ。折を見て私が『聖女の祈祷を捧げたい』と申し出るから、アリアは奈落候に悪魔が宿っているか見極めてくれ」
アリアの手を両手で包み込み、セドリックはまっすぐに見つめた。
「頼んだよ、アリア。……私は、君を信じている」
――アリアが奈落候の悪魔を祓いさえすれば、国難は回避される。予言の正しさが証明され、自分が彼女を信じる気持ちも報われる。
そう。
もうすぐすべてが解決するのだ。








