第34話:推しの恩返し
茶会を切り上げてシグルドの執務室に移ったヴェロニカは、王家からの書状を見せてもらった。
「大変申し上げにくいのですが……外交使節の件は、わたくしが原因かと思います」
「というと?」
執務室には、自分とシグルド、ダルタニアンの三人だけ。ヴェロニカは少し声を落とした。
「聖女は、シグルド様が悪魔と契約していたことを把握しているので」
兄弟の顔に、わずかに緊張が走る。
「シグルド様の悪魔が暴走しかけたとき、わたくしが聖女に通信を送りました。『この街に来て悪魔を祓ってほしい』――と。それが、聖女派遣の理由ではないかと」
街を牛耳るマフィアのボスが、悪魔と契約していたのだ。事実であれば、アウグスタリア王家としても放置できない。
書簡では本題を伏せ、表敬訪問という形を取っているのかもしれない。
「それにしても、すっかり終わった話だと思っていましたわ。まったく来る気がないような態度でしたし……」
シグルドたちは眉をひそめながら、ヴェロニカの声を聴いていた。
「結果的に悪魔はこちらで排除しましたし、余計な連絡を取るべきではありませんでしたわね」
「いや。ヴェロニカに非はない」
「しかし……。悪魔契約を疑われては、シグルド様にご迷惑となりましょう」
「心配は無用だ。王国では悪魔契約者は処刑だそうだが、この街に法を持ち込ませるつもりはない」
シグルドの目つきに、一段と鋭さが増した。
「それに、聖女たちが善意で来るとは限らない」
「どういうことでしょう」
「闇ギルドからの情報だが、国内が荒れているらしい。聖女の予言で戦時体制が敷かれたものの、何も起こらず不満が王家と聖女に向いている。――この時期に功を立てるため、俺を利用する意図かもしれない」
(……国内、そんなことになっていたんだ)
そういえば、通信のときにアリアが「予言が外れたら困る」と騒いでいた気がする。
「それに王家を揺さぶっているのは、聖女の予言だけではない。――ベルトラン侯爵家も動いている」
「わたくしの実家が?」
今さらの実家である。
とっくに縁が切れたと思っていたが。
「実際に、ベルトラン侯爵家の手の者が何人か街に侵入していた」
「……え?」
「捕えて尋問したところ、ヴェロニカの生死を探るためだと答えた。冤罪で殺されたとして王家を責める材料とするため――あるいは、生きていれば価値ある駒として連れ戻すために」
……ありうる。
野心家の父は、実の娘を政治利用するくらいは平然とやるはずだ。どこまでも面倒くさい。
「だから、改めてお前に確認しておきたい」
執務机に指を組み、シグルドはヴェロニカを見据えた。
「王国で返り咲く気があるのなら、これは好機だ。ベルトラン侯爵家を足掛かりにすれば、王太子との婚約を取り戻す道さえ開けるかもしれん」
「戻るつもりはありません。わたくしの居場所はヘスト・トロニカです」
ヴェロニカは即答した。
自分が欲しくて手に入れた場所だ。聖女や王太子にかき回されるのも、実家に連れ戻されるのも冗談じゃない。
「もうベルトラン侯爵家の娘ではありませんし、しいて名乗るなら『ジェーン・ドゥ』――以前、お伝えしましたでしょう?」
自信たっぷりに言い放ったヴェロニカを見て、兄弟は顔を見合わせてフッと笑った。
「何がおかしいんですの?」
「……本当に、理解の及ばない女だ」
「兄貴、今さらだ。ヴェロニカはそういう奴じゃないか」
「そうだったな。――ヴェロニカの腹が決まっているのなら、それでいい。恩の返し方が決まった」
――どういうことだろう?
兄弟が、意味ありげに笑っている。
「この街の統治者として、王家の御一行を《《丁重に》》もてなしてやる」
シグルドのその一言を皮切りに、街は静かに動き始めた。歓迎に向けた整備が進み、奈落では宴席の準備が始まる。
それとは別に、兄弟は何やら計画しているようだったが――
(……何を考えているのかしら?)








