第32話:ヴェロニカの推し活
乙女ゲーム『Sweety Lovers』の攻略対象、シグルドとダルタニアン。
偽りの兄弟である彼らは、片方しか生き残れない宿命だった。
シグルド・ルートでは悪魔に操られたシグルドがダルタニアンを殺め、ダルタニアン・ルートではシグルドが自刃するも悪魔は止まらず――。
前世の自分は、どちらの分岐も嫌だった。
ふたりが互いに支え合う未来のほうが絶対に幸せなのに――。
*
「ん……」
ヴェロニカは、目を覚ました。
視界に移り込んだのは、高い天井。
上等なベッドに、横たえられていた。
なんだか身体がひどく重い。
「なんだ、目覚めたのか」
と、素っ気ない声が響いた。
「モルス……」
首を向ければ、窓際のソファで本を読んでいるモルスの姿が見えた。なぜか人間に化けている。
「ここは?」
「奈落だ」
「奈落…………」
ぼんやりしていたヴェロニカは、やがてハッとして目を見開いた。
「あのふたりは!?」
飛び起きようとしたが、やはり身体が動かない。……きっと、魔力切れのせいだ。
「生きている」
「よかった!」
ヴェロニカは、ホッと胸を撫で下ろした。あからさまに喜ぶヴェロニカが珍しかったのか、モルスがしげしげと眺めている。
「ありがとう、お前のおかげで何とかなったわ」
「……ふん」
モルスはそっけなく鼻を鳴らすと、手もとの本にふたたび視線を落とした。
「そういえば、なぜ人間の姿なの?」
「いちいち騒がれるのが煩わしい」
……なるほど。
悪魔なりに、どうやら学ぶものらしい。
「貴様はあれから3日眠り続けていた」
そんなに? と目を見開いた瞬間に、頭がずきりと傷んだ。
「……頭が痛いわ」
魔力切れなんて久しぶりだ。このぐらぐらする感じ、二日酔いとよく似ている。
「いい気味だ、少しは私の苦労を知れ」
この悪魔、意地悪そうににんまりしている。
「ひどいわね、モルス。そういえばお前、前より肌の色つやが良くてよ?」
「久しぶりに『食事』をしたからな。魔力が満ちると心地よい」
「そんなにあるなら、少し分けてくださらない?」
「契約すればな」
「なら結構よ」
「……」
食い下がって来るかと思ったが、モルスは無言で本のページをぱらりとめくっている。……本の表紙には、『女性心理学』と書いてあった。
「お前、どうしてそんなものを読んでいるの?」
「貴様を攻略するためだ」
――はい? と、思わず首をかしげていた。
「言ったはずだ。必ず貴様のほうから契約したいと泣きつかせると」
だから、まずは人間を理解しようというのだろうか? 正気だろうか、この悪魔。
(シグルドの件であんなに大変だったのに、契約なんてするわけないじゃない)
でも、そういうあきらめの悪さは嫌いではない。
しつこくて執念深くて、目的のためなら何度も挑む。この悪魔、『良い悪役』の素質がありそうだ。
「……ふ。おもしろいわ。これからもせいぜい知恵比べと行きましょう」
そのときノックの音が響いた。
入ってきたのは、ダルタニアンだ。負傷した肩を吊っているが、その足取りはしっかりしている。
「ヴェロニカ! 目覚めたのか」
ぱっと顔を輝かせた。
(わぁ。ダルターにゃん、なんてかわゆいご尊顔……!)
ようやく日常に帰ってきたような気がする。……実に、良き。
「今、重湯を持たせる」
呼び鈴を鳴らしながら、ダルタニアンは言った。
それからベッドの脇まで来ると、ひざまずいてヴェロニカの手を取った。
「ダルタニアン様……?」
「ありがとう」
まっすぐに向けられた瞳は、どこまでも澄んでいる。
「――お前がいなければ、兄はあのまま死んでいた」
ダルタニアンは、そのまま静かに頭を垂れた。
と、再びノックの音が響く。
「……兄貴!」
重湯を運んできたのは、シグルドだった。顔色はまだ悪いが、衰弱している様子はない。
「ヴェロニカ」
重湯をサイドテーブルに置くと、シグルドはダルタニアンと反対側の脇に立った。
「感謝してもし切れない」
「シグルド様――」
「お前たちの助けがなければ、悪魔に呑まれて弟や街の者たちを殺していたはずだ。――ぞっとする」
それからシグルドも、ヴェロニカの手を取った。
「魔力切れでは、つらかろう。俺の魔力でよければ、受け取ってくれ」
しっかりと手を握り、シグルドはそう言ってきた。
(――さすが、義と礼節の忠騎士シグルド。自分も死にかけたのに、気遣うなんて良き良きよ)
けれどヴェロニカは、きっぱりと首を振った。
「いいえ、結構ですわ。わたくしはむしろ、あなたの魔力をダルタニアン様に差し上げるところを拝見したいです」
兄弟カプの魔力分与。ぜひとも拝みたいものだ。
なのに今度は、ダルタニアンが口を挟んできた。
「どうして俺なんだ。むしろ俺の魔力も、お前に捧げたい」
「え……?」
両脇から「構わないか?」と真剣に問われ、つい頷いてしまった。
(自分が挟まるのはヘキじゃないけど……。まあ、兄弟の共同作業が見られるのなら、ありがたく)
「……ふん」
と、モルスが鼻を鳴らすのが聞こえた。
左右の手から伝わる魔力が、じんわりと全身を満たしていく。身体の重さが幾分やわらいできた頃、シグルドが口を開いた。
「我々は、お前の恩に必ず報いる」
「――でしたら、どうかお二人そろって末永くお幸せに」
ヴェロニカの目が、きらりと輝く。
「わたくしの野鳥観察のために」
「「……」」
兄弟は、どちらからともなく「ふっ」と息を漏らした。
やがて十分な魔力を分け与えてから、兄弟は立ち上がった。
「無理はしないでくれ」
「何かあればすぐに呼べ」
「ご配慮、いたみ入りますわ」
ぱたん、と扉が閉まるや満足げにヴェロニカはつぶやいた。
「……ふふ。大変よろしくてよ」
解釈一致だ。
大変、すばらしい。
「色欲とは違うのか?」
モルスが、不意に声を投じてきた。
「え?」
「貴様の望みはあの男どもを手に入れるでも、愛されるでもないらしい。……まったく理解が及ばない」
モルスは、首をひねっている。
「結局、貴様は何がしたいんだ?」
ヴェロニカは説明の言葉を探していたが、やがてきっぱりこう言った。
「――推し活」








