第30話:悪女と悪魔
ダルタニアンを背に庇い、ヴェロニカはシグルドを侵す悪魔と対峙した。
(……どうする?)
ごくりと、息を呑んだ。
シグルドが目を見開くと、瞬時に地から槍が湧いた。おびたたしい数が、ヴェロニカとダルタニアンめがけて射出される。
(どうするの!?)
結界魔術で防ぎながら、ヴェロニカは必死に思考を巡らせた。勝ち筋がなにも見えないままに、戦いが始まってしまった。
「ヴェロニカ」
視線をシグルドに向けたまま、ダルタニアンが問いかけてきた。
「どうすれば兄貴を助けられる?」
「それは……」
返事に詰まったが、隠すのは得策ではない。
「……聖女以外の人間には、悪魔を倒すことはできません」
ダルタニアンが、奥歯を噛みしめる。
「……兄貴は死んだのか?」
ヴェロニカは大きく首を振った。
「いいえ。悪魔の苗床になっても、しばらくは魂が生きています」
原作がまさにそうだった。
シグルドが生き残るルートでは、苗床と化した後に聖女に祓われて正気を取り戻していたのだ。
(今すぐ悪魔を祓えれば、助けられるかもしれないのに……!)
「だったら俺が呼びかける」
「え?」
ダルタニアンは、剣を構えてそう言った。
「生きているんだろう? 近くで呼べば、正気に戻るかもしれない」
「ですが……」
上手くいくとは思えない。
しかしダルタニアンは、すでに覚悟を決めている様子だ。
「やらせてくれ」
……賭けるしか、ないのかもしれない。
ヴェロニカはうなずいて、ダルタニアンの行く手を見据えた。
「分かりました。援護いたします」
ダルタニアンが、シグルドめがけて駆け出した。
魔術で生み出した炎を盾のように振るい、襲い来る槍を燃やして突き進む。
シグルドの目が赤く光ると、ダルタニアンの足元に槍が噴き出した。飛びのいて躱せば、着地点からさらに湧く。
「ダルタニアン様!」
ヴェロニカの放つ突風が、槍を根こそぎ薙ぎ払った。
しかし行く手を塞ぐように、黒い穂先がさらに地面を埋めてゆく。
さながら、茨の森である。
ダルタニアンがそれを飛び越え、剣で断ち切る。追いつかないものはヴェロニカが風で削った。
「――シグルド!!」
至近距離に迫ったダルタニアンが、喉張り裂けんばかりに叫ぶ。
けれど、シグルドに動じる様子はまるでない。自らの手に槍を握ると、ダルタニアンへと刺突を繰り出す。
「くっ」
ダルタニアンが刃で穂先を弾いた。槍の間合いをくぐり抜け、シグルドの懐へと迫る。
そしてシグルドの肩を掴み、真正面から見据えて呼んだ。
「目を覚ませ、シグルド!!」
シグルドの動きがぴくりと止まったのを、ヴェロニカは見逃さなかった。
(……分かるの?)
シグルドの目に光が戻る。その身体が、支配に抗うようにわずかに震えた。
だがそれは一瞬のこと。
――どっ。
シグルドの背から、甲冑に覆われた悪魔の上半身が滑り出してきた。
悪魔騎士の腕がシグルドの肩ごしに迫り、その手に黒い穂先が生まれた。勢いそのまま、ダルタニアンを薙ぐ。
「っ、あ――!」
飛びのいたダルタニアンから、おびただしい鮮血が散った。
(……だめ!)
ヴェロニカの風が炸裂した。ダルタニアンの身体が横殴りに吹き飛び、積み上げられた石材を掠めて地面に転がる。
シグルドは追撃しようとしていたが、ヴェロニカの炎に行く手を阻まれた。
「くそっ」
ダルタニアンが立ち上がり、悔しげに歯噛みしている。
(やっぱり……効かないわ)
ヴェロニカ自身も襲い来る穂先を躱しながら、冷たい汗を流していた。やはり呼びかけたくらいでは、正気に戻せないようだ。
(でも、さっきのは何? 一瞬、シグルドの背中から悪魔が滑り出してきた)
原作ゲームの戦闘はミニキャラがちょろちょろ動くだけの簡略化されたモノだったし、悪魔が姿を現すモーションなんて見られなかった。
あれは、一体……。
「きゃ!」
ヴェロニカは、悲鳴を上げた。
なにかに足首を掬われ、地面に倒れ込む。何本かの槍が蛇のようにうねり、両足を絡め取っていた。
(しまった……)
ハッとしてヴェロニカは顔を上げた。
頭上の空を、埋め尽くす黒。上空に浮いた無数の穂先が、すべて自分へと向いている。次の瞬間、それらがこちらへ一斉に――。
「ヴェロニカ――!」
ダルタニアンが絶叫する。
――避けられない。
ヴェロニカはきつく目を閉じた。
けれど。
いつまでも、その瞬間は訪れなかった。
「……?」
おずおずと目を開けると……。
あの長い黒髪が、夜風になびいて揺れている。
「……モルス?」
彼がゆるりと右手をかざせば、迫りくる黒槍は次々と朽ちていった。ぼろぼろと形を失い、崩れて地面に落ちていく。
ヴェロニカは、愕然としてつぶやいた。
「…………どうして?」
『決まっている』
肩越しにヴェロニカを一瞥した彼は、ものすごく文句を言いたげな顔をしていた。
『貴様が死んだら私まで死ぬからだ、この愚か者が!』








