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【完結】推し活悪役令嬢は悲劇の原作シナリオを駆逐する~尊い兄弟のためなら、街ごと救ってしまいましょう  作者: 越智屋ノマ@コミック2巻発売『氷の侯爵令嬢は魔狼騎士に甘やかに…
5章:推しカプ救ってみた

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第29話:推しカプと不届き者

――奈落を出てゆく『兄』の背を、ダルタニアンは密かに追った。


夜更けの工房街は、ひっそりと静まり返っている。

身を引きずるようにして、シグルドは足を運んでいた。何度もよろめき、それでも決して止まらない。


(何が起きているんだ……)

どんな窮地でも揺るがなかった兄が。その背中が、今にも消えてしまいそうだ。


(どこへ行くつもりだ?)


あの背中を見ればわかる――兄は、この街を去ろうとしている。


兄の様子は今朝から急におかしくなった。街の老人まで暴れ出して、何が何だか分からない。

あのときの、ヴェロニカの呟きが耳に残っている――『これは、悪魔の瘴気?』


なんだそれは。

分からないことだらけだ。

ダルタニアンの知らない所で、何かがどんどん崩れてゆく――。



工房街を抜けた先、資材置き場に差し掛かったそのとき。

シグルドがぐらりと身をふらつかせた。

踏みとどまることも叶わず、そのまま地面にくずおれる。


「――兄貴!!」

ダルタニアンは駆け寄った。

「しっかりしろ!!」


抱き起そうとするダルタニアンを、焦点の定まらない目でシグルドが見返す。浅い呼吸の合間に、苦しげに唇が震える。


「どうしたんだ、兄貴。一体何が――」

「……離れろ」


ダルタニアンは、ぴくりと顔をこわばらせた。


「俺から、離れてくれ。……お前まで、瘴気に」

「なんなんだよ、それは!!」


シグルドは何も答えない。

答えようとはしないのに、力のこもらぬ腕でダルタニアンを押しのけようとしてくる。



「答えろ! ……――命令だ、《《シグルド》》!!」

ダルタニアンが鋭く命じると、シグルドの瞳がわずかに焦点を結んだ。


「私に隠し事をするな! 燃え落ちる城を前に、あの日誓い合ったはずだ!」

ダルタニアンの叫びに、シグルドも掠れる声を重ねた。

「「……互いを、決して偽らぬと」」


シグルドの顔には、いつもの威圧感はない。

「不忠を、お許しください、ダルタニアン殿下。……俺は、」

その美貌には、深い苦悶が刻まれている。


「許されざる罪に、手を染めました」

「……悪魔か」

ダルタニアンの腕の中で、シグルドは弱くうなずいた。


――悪魔について、ダルタニアンはほとんど無知だ。

知っているのは、契約した者に凄まじい力を与える代わりに魂を喰らうこと。

それが、今なのか……?


「どうすれば助かる!?」

「……術はありません」

諦めきった静かな声で、シグルドは言った。


「俺を……街の外へ。…………遠くへ。ここで死ねば、災厄が……」

「ダメだ!」

自分にはシグルドが全部なのだ。父母や祖国の記憶は遠く、この『兄』だけが温もりだった。



しかし。

「う、――ぁあっ!」

シグルドは苦鳴を上げた。

瞬間、シグルドの腕がダルタニアンの胸を突く。

「……っ!?」

瀕死と思えぬ異様な強さで突き飛ばされて、ダルタニアンは地に転がった。

シグルドがうずくまっている。

その背から、漆黒の気が噴き上がる。


――ずるり。


羽化する蛹が殻を割るように、漆黒の腕が背中から生えた。


「……なに、が」


黒い甲冑の上半身が、シグルドの背から這い出してくる。首から上はない。首の代わりに、黒い炎が燃えている。


ぎ、ぎぎ――。

甲冑から軋んだ音が響いた直後、悪魔はシグルドの身体に沈んだ。


「シグルド!!」

立ち上がったシグルドは、地をしっかりと踏みしめた。先ほどまでの弱った様子はまるでない。こちらをまっすぐに見つめる、シグルドの瞳――けれどそれは、すでに兄の目ではなかった。


シグルドが片手をゆらりとかざすと、周囲の地面から漆黒の槍が沸き上がった。それらの穂先が一斉にダルタニアンを狙う。


「――っ」

横飛びに飛んで危うく躱せば、さらに追撃が放たれた。


「おのれ……悪魔め」

ダルタニアンは腰鞘の剣を引き抜いた。

無数の槍をくぐり抜け、一足飛びにシグルドへ迫る。



眼前のシグルドに剣を振り上げる。だが――

(――ダメだ)


その一瞬の躊躇を悪魔は見逃さなかった。地面から伸びた漆黒の槍が、鞭のごとくしなる。

「――!?」

横殴りの一撃に、容赦なく弾き飛ばされていた。

叩き付けられた資材置き場の壁が、轟音とともに崩れていく。


「か、はっ」


ダルタニアンの顔に絶望が浮かんだ。震えて剣が握れない。


一方のシグルドは、感情のない瞳でダルタニアンを見つめていた。

やがてニタリと唇が吊り上がる。

そして周囲に、再び漆黒の槍が湧き上がってゆく。

一本。また一本。

数えることすらできない無数の穂先が、瓦礫の中のダルタニアンを向いた。


すべてが一斉に襲い掛かる。ダルタニアンはきつく目を閉じた――。


その瞬間。


ごう、と一陣の風が吹き荒れた。

軌道を乱された無数の槍が、散り散りになって地面に刺さる。

「…………!?」





「――わたくしの推しカプを引き裂こうとする不届き者は、こちらですか?」


頭上から、大胆不敵な女の声が降ってきた。

「そのような暴挙、認めるわけには参りません」


見上げれば、倉庫の屋根に一人の女が立っている。赤い月を背負い、金の巻き毛を夜風になびかせている。


彼女は屋根を蹴り、すたりと地上に降り立った。


ダルタニアンが呆然と問う。

「……お前。なぜ」

「当然でございましょう」

金の巻き毛をなびかせて、ヴェロニカ・ベルトランはそう言った。


「ご兄弟のどちらが欠けても、解釈不一致でしてよ」



ダルタニアンを背に庇い、ヴェロニカはシグルドを侵す悪魔と対峙した。


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