第26話:悪女と聖女は同担拒否
ここは、ヘスト・トロニカにあるヴェロニカの住み家。
「うまく通信が繋がって、良かったですわ」
寝室にある大きな姿見の前に立ち、ヴェロニカは心の底から安堵していた。鏡面に向かって、優雅にカーテシーをする。
『あんた……、ヴェ、ヴェロニカ・ベルトラン!?』
鏡に映っているのはヴェロニカ自身ではなく、聖女アリアだ。顔面を引きつらせ、酸欠の金魚みたいに口をパクパクさせている。
(……アリアの雰囲気、変わった気がする。まあ、どうでもいいけれど)
『なっ、なによ、これ! どうしてあんたがいる訳!?』
「わたくしは今、あなたの夢に語り掛けております。『恋の夢鏡』という魔導具をご存じでしょうか? 素材が手元にあったので、模造品を作りましたの。急ごしらえですので、話せて5分程度ですが――」
『こ、恋の夢鏡ですって!?』
恋の夢鏡。
原作ゲームのイベント限定魔導具だ。
眠っている攻略対象の夢へ入り込んで会話することができる。
『なんであんたが恋の夢鏡なんて知ってるのよ! あれって、攻略対象の夢に入れる激レアじゃないの!』
ヴェロニカは、ぴくりと眉を吊り上げた。
「……アリア様。あなた今、『攻略対象』とおっしゃいましたか」
鏡の向こうのアリアも、目を血走らせてこちらを睨みつけてきた。
『そういうあんたこそ……まさか転生者じゃないでしょうね!?』
「『………………』」
まさか同郷だったとは。
ヴェロニカは内心驚いていたが、今の話題はそこではない。
「まあ、細かいことはどうでも良くてよ?」
『どうでも良くない!!』
アリアがしつこく食い下がってきた。
『まさか悪役令嬢まで転生者だったなんて!! あんたがおかしな行動ばかりしてた理由、やっと分かったわ。今だってそう!』
「………………はい?」
思わず、首をかしげてしまった。
『とっとと悪魔の苗床になって街ぶっ壊しなさいよ! わたし、予言しちゃったんだから。外れたら大変なことになるじゃない!』
聖女にあるまじき暴言である。
(同じ転生者なのに、アリアは自動変換されないの? まあ、十人十色っていうものね)
アリアのことはどうでもいい。今はともかく、シグルドだ。
「単刀直入に申し上げます。アリア様に救っていただきたい者がおりますの。限界が近づいています……苗床と化す前に、どうか今すぐヘスト・トロニカにお越しくださいませ」
『……なによ、それ』
「アリア様の力が必要なのです。悪魔と契約した者は、聖女でなければ救えません」
『あんたでしょ? いやよ、絶対に助けないわ!』
ゲスが。と、思ったけれど顔には出さない。
「わたくしではありません」
『じゃあ誰よ』
「シグルド・ドゥです」
ヴェロニカが彼の名を口にした瞬間、アリアは目を輝かせた。
『シグルドですって?』
(食いついた。……もしかしてアリアも同担? だったら話が早いわ)
期待を胸に、ヴェロニカは話を続ける。
「アリア様も転生者なら、彼のことはご存じですわね? 彼は悪魔契約者です。どうか、お救い下さいませ」
『シグルドね。もちろん助けるわよ』
(よかった!)
ところがアリアは、得意げな顔でこう付け足した。
『――わたしが、『シグルド・ルート』を選んだらね?』
ヴェロニカは、思わず息を呑んだ。
「どういう意味ですの?」
『だから。シグルド・ルートならシグルドが生き残る。ダルタニアン・ルートならダルタニアン。片方しか生き残れないシナリオでしょう? だから、わたしに選ばせなさい』
――片方しか、生き残れないシナリオ。
そう。
原作では、そうだった。
「アリア様……」
ヴェロニカは拳を握った。ぎりぎりと、爪が食い込む。
(だから私は、どっちのストーリーも大嫌いだったわ……)
ヴェロニカは、まっすぐにアリアを見据えた。
「わたくしは、ふたりとも救いたいのです。アリア様、どうかご助力を」
『は? 絶対にイヤよ! 片方死ななきゃ、わたしに恋する流れにならないじゃない』
ぎろりとヴェロニカが睨みつけると、鏡越しのアリアが身を竦ませた。
――知っている。そういうシナリオだ。
「恋、ですか。死に別れた心の傷に、聖女が寄り添う恋愛シナリオでしたわね。ですがそんな展開が、あの兄弟の幸せと呼べるでしょうか」
ヴェロニカは、怒りに声を震わせた。
「兄弟がふたり揃って生きる未来のほうが、よっぽど素敵ではありませんか!」
『どこが素敵なの? そんなの、原作からの逸脱じゃない』
「逸脱のなにが悪いのですか? あんなくだらないシナリオは、逸脱すれば良いのです」
『うるさいわね、このカプ厨! わたしはハーレムENDが良いの!』
ヴェロニカは奥歯を噛みしめた。
同じ作品を推す者同士でありながら、こんなにも噛み合わないとは――。
『ともかく! シグルドを助けたいなら、まずはあんたが原作通りにヘスト・トロニカを壊しなさい。兄弟が王都に流れてきたら、わたしがルートを選んであげる。それ以外は認めないから!』
「――クズ聖女」
びきり。と、姿見に亀裂が入った。
『はぁ!? ちょっとあんた、今なんて――』
ぶつん。
通信が途絶える。
「…………」
鏡の中のアリアが消えて、ヴェロニカ自身の姿が映り込んでいた。
鏡に映る自分は、怒りで顔が真っ赤になっている。
「あの聖女、まったく役に立ちませんわね」
ならば、どうすればシグルドを救えるだろう?
考えろ。
考えろ――。
『きゃん! きゃんきゃん!!』
寝室の外では、モルスが激しく吠え続けていた。扉に防音魔法を掛けてあるのに、ずいぶんと響く。
「……集中できませんわ」
モルスが何を叫んでいても、犬ではさっぱり分からない。
思考が、まとまらない。
シグルドの残り時間は、あとどれくらいあるのだろう?
聖女を呼びつける気でいたが、そもそもそんな時間はあるのか? あんなに具合が悪そうだったのに。
(シグルドは今、どうしているの?)
眠っているとは限らない。
それでもヴェロニカは、亀裂の入った姿見に手をかざした。
ひび割れはさらに広がっていく。
急ごしらえの模造品では、あと一度がせいぜい。
無事を祈りながら、ヴェロニカは鏡面に魔力を流した。








