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【完結】推し活悪役令嬢は悲劇の原作シナリオを駆逐する~尊い兄弟のためなら、街ごと救ってしまいましょう  作者: 越智屋ノマ@コミック2巻発売『氷の侯爵令嬢は魔狼騎士に甘やかに…
4章:わたくしの推しが詰んでいる

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第25話:一方、聖女は……③

――民衆の空気の変化を、聖女アリアは敏感に感じ取っていた。



ここは、神殿前広場。

今日は月に一度の、人々に神の祝福を授ける祈祷の日だというのに。


前より人の数が減った気がする。アリアが壇上に上がったときの歓声も、前ほどではないと思った。少し前までは、アリアの姿が見えた瞬間にみんな熱狂していたのに。


(どうしてこんな空気なの?)

いつも通りの笑顔を浮かべ、けれど胸のざわつきが止まらない。


(……もしかして、わたしを疑い始めたんじゃあ)

そんなことを考えながら、両手いっぱいの回復魔術の光を天に散らそうとした矢先――。



「「「――聖女様!」」」

民衆の一角に、悲痛な声で叫ぶ者たちがいた。

「聖女様、予言の災厄はいつ来るんですか――!?」

「もとの暮らしには、いつ戻れますか……?」


アリアは笑顔を貼り付けたまま、立ち尽くしてしまった。


「税の負担が増えて、このままだと暮らせません!」

「なんとかしてください、どうか……!」



警備兵が、声の主たちをなだめようとしている。


――いつも通りにきれいな笑顔を浮かべられていただろうか? アリアは全然、自信がなかった。



   *


「……なんなのよ。もう」

祈祷の時間を終えて、王宮に戻る馬車の中。

ひとりきりで座っていたアリアは、必死に心をなだめていた。


「ちょっぴり時期がズレているだけじゃない。……きっと、そうよ」


――そう。

シナリオの時期から2か月くらい過ぎてしまったけれど……。

さすがにもうすぐ、ヘスト・トロニカは滅ぶはず。

もうすぐ。

もうすぐ……。


「って、もうすぐっていつよ!?」

こらえきれなくなって、馬車の壁を殴りつけた。


「このままじゃ、どんどん立場が悪くなっちゃう……!」


アリアの予言を信じた王家の判断で、全国各地から食料と兵士が王都に集められて久しい。無意味な戦時体制に、各地で不満や疲弊の声が日に日に広がっているようだ。


最近では「この戦時体制はいつまで続くのか」「予言は本当に当たるのか」と囁かれることも増えてきた。


(セディさま……。わたしのこと、嫌いにならないよね……?)



馬車が王宮に到着した。

不安でたまらなくなりながら、アリアは王太子セドリックの執務室へと向かう。


ノックの後に入室すれば、いつものようにセドリックと側近の令息たちが迎えてくれた。しかし空気は重たくて、全員が疲弊しきっている。


「……ああ、アリア。お帰り」

作業の手を止めたセドリックが、覇気のない笑みを向けてくる。


「セディさま……」

端正な顔に、暗い影が落ちていた。目の下のクマも、昨日より濃いように感じる。


アリアはごくりと息を呑んだ。

(……やっぱり、そろそろ言ったほうがいいわよね)

本当は、シナリオにない発言なんてしたくない。相手がどう動くか分からないし、原作のシナリオから外れてしまったら困る。


――でも。待つばかりではマズいと、アリアもさすがに感じていた。

「あの。セディさま。お願いがあります」

「ん?」

セドリックが、小首をかしげる。


「南の国境線を越えた街――ヘスト・トロニカを、調べてもらえませんか」


セドリックの肩が、ぴくりと強張った。

「……ヘスト・トロニカ?」


ドキドキと騒ぐ自分の心臓の音を聞きながら、アリアは続けた。

「嫌な予感がするんです。だからどうか、あの街に調査団を派遣してください。――お願いします、セディさま」


緊張に声が上ずった。

(でも、調査さえすればきっと異変が見つかるはずよ……そうすれば、わたしの予言が正しかったと信じてもらえる)

セドリックなら、絶対にお願いを聞いてくれると思った。


――けれど。


「……アリア。調べるとは、どういうことだい?」

(え?)

セドリックの声は、これまで聞いたことのないほど硬かった。


3人の令息たちも、気まずそうな顔をしている。

「ヘスト・トロニカですか……」

「よりにもよって、どうしてあの街を」

口にするのも忌まわしい、と言わんばかりの表情でつぶやいている。


「あそこは軽々しく口に出してはいけない場所だ。……《《わかるだろう》》? アリア」

「……?」


アリアが返事に困っていると、セドリックは戸惑いの表情を浮かべた。

「……もしかして、アリアはあの街のことを知らないのか?」


(え……なんの話?)


ハリソンが、フォローするように口を開いた。

「無理もありません、殿下。貴族には常識ですが、アリア様は……」

ハリソンは許可を求めるようにセドリックに目配せをした。セドリックが頷いたのを確認するや、アリアへと向き直る。


「我が国にとって、ヘスト・トロニカは火薬庫です」

「……火薬庫?」


「あの街はかつて我が国の領土でしたが、今は違います。高い軍事技術を要するあの街は、マフィアに支配された事実上の独立都市です。潰すに潰せず不可侵条約を結んでいるのが実情なのですよ」

我が国の汚点であると言わんばかりの表情を、令息たちもセドリックも浮かべている。


アリアは言葉を失った。

(そんな街だったの……? 知らないわよ、そんなこと。 だって原作は、『ヴェロニカが滅ぼした』っていう話しかなかったもの)


「分かったね、アリア。あの街に踏み入るなど、もってのほかだ」

「……でも!」

アリアは、必死に食い下がった。


「わたしが感じた悪魔の匂い、その源はきっとあの街です。危機が迫っているはずです……きちんと突き止めてください」


――悪魔が。

民を憂える聖女の表情で、アリアが訴えた瞬間。セドリックたちの表情が凍った。



「悪魔が、ヘスト・トロニカに?」

「はい!」

「本当なのか……?」

「……確かです」


鉛よりも重い沈黙が、室内に落ちた。



「……殿下。それが真実であれば、看過できません」

やがて、セドリックは苦虫を嚙み潰したような顔で応えた。

「…………分かっている。だが、精査が必要だ」


セドリックは、ふとアリアを見つめた。気遣うような口調でこう付け足す。


「アリアの話はもちろん、信じたい。だが、さすがにヘスト・トロニカとなると迂闊には踏み込めないんだ。先の予言の件もあり、慎重にならざるを得ない。今後の対応は、いったん預からせてくれ」





   *


その夜。

(……やっぱり嫌われ始めてる気がする)


王宮内の自室で、アリアはベッドに突っ伏していた。先ほどのセドリックの煮え切らない態度が、気掛かりでたまらなかった。


前の予言をしたときは、セドリックは即座に信じてくれたのに。「世界中が敵に回っても、自分だけはアリアを信じる」と。「責任はすべて自分が背負う」とまで言ってくれた。


なのに今回は、精査が必要……?

(場所が場所だとしても、前のセディさまならきっとすぐに信じてくれたわ。それに、さっきの顔……)


ヘスト・トロニカを知らずにいたアリアへの戸惑いの表情。「その程度の常識を……?」とでもいうのが本音だったのだろう……。



面白くない。

なにもかも、面白くない。

この世界は、いつからこんなクソゲーになってしまったのだろう?


アリアは枕に顔をうずめた。

とても腹が立っているのに、瞼が重くてたまらない。最近、全然熟睡できなかったから……。


いつのまにやら、意識が闇へと沈んでいった。



――。


――――さま。



――――――アリア様。



足元も見えない暗闇の世界に、アリアはひとりで立っていた。

「なに……この夢」

真っ暗で、気持ち悪い。誰かが遠くで呼んでいる。


「なんなの……」

女の声だ。しかも、どこかで聞き覚えがある。


『――アリア様』

背後ではっきりと聞こえ、アリアはびくりと振り返った。

「誰!?」



『ごきげんよう』

アリアは目を剥いた。

あり得ないと思った。

だって、そこに立っていたのは――。



水面に映る姿のように、輪郭が揺らぐその女。金の巻き毛を優雅なびかせ、落ち着き払った様子でカーテシーをするその女は――。



「あんた……、ヴェ、ヴェロニカ・ベルトラン!?」


『うまく通信がつながって、良かったですわ』

女王の如き風格で、ヴェロニカが佇んでいた。


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