第23話:悪女、真相に気付く
うずくまっていた老婆が、魔獣めいた叫びを上げてのけぞった。充血した目は焦点が定まらず、完全に正気を失っている。
(これは……!)
頭で考えるより早く、ヴェロニカは口の中で結界魔術の呪文を唱えた。
老婆が両手をかざすと同時、四方八方におびただしい数の火球が発せられる――ヴェロニカの結界魔術があと一秒でも遅ければ、あたり一面火の海になっていたところだ。
火球が尽きるとほぼ同時、老婆は気を失って倒れた。その様子もまた、ワルプルギスの夜に暴れた幹部の男と酷似している。
人々が悲鳴を上げた――真っ青な顔で逃げ出す者、腰が抜けて動けない者。声を上ずらせ、ダルタニアンが叫ぶ。
「なんだ、これは!? どうして奈落の外でまで、こんな……!」
――原作ゲームの光景が、暴れ出す数万人の暴徒の姿がヴェロニカの脳裏によぎる。
「これは……悪魔の瘴気?」
でも、どうして?
……自分ではないはずだ。瘴気は、悪魔と契約した者が苗床と化す前後に生ずるものなのだから。
ハッとして、ヴェロニカは顔を上げた。
視線の先のシグルドは、やはり胸を押さえて苦しげに息をついている……。
そのとき。
背後に迫る殺気を感じて、ヴェロニカは大きく横に跳躍した。
次の瞬間、襲い掛かってきた老人の手が空を切った。
(この症状……やっぱり、原作の瘴気そのものだわ)
「あ“ぁあ“あ“あ“――――!」
苦悶とも怒りともつかぬ叫びを上げながら、老人は執拗にヴェロニカへと迫る。
牙を剥いて噛みつこうとする老人の背後で、今度は稲妻が光った。もう一人の発症者が、けいれんしながら雷を撒き散らしている。
(ともかく、止めなくちゃ!)
ヴェロニカが腰を沈めて構えたそのとき。大きな影が目の前に滑り込んできた。
シグルドだ。
老人の腕を捻り上げ、勢いそのまま首筋に手刀を打ち込んだ。老人の身体がぐらりと傾き、シグルドは懐から出した手枷を老人の腕へと嵌めた。
その動きにはよどみがない。
疾風のごとく残るひとりに迫り寄り、雷撃を躱してみぞおちに拳を打ち込む。先ほど同様、手枷を嵌めた。
淡々とした表情で、シグルドは左右の腕でひとりずつ発症者を担ぎ上げる。唖然としていたダルタニアンに、抑揚を欠いた声を落とした。
「ダルタニアン。お前はそちらの老婆を運べ」
ダルタニアンの表情はいまだ硬く、状況を飲み込めずにいるようだった。
「……どこへだ」
「周囲に害の及ばぬ場所へ。奈落の地下牢なら安全だ――互いにな」
混乱している住人たちを、シグルドは見つめた。
「この者たちの身柄は預らせてもらう。……正気を取り戻したら、必ず返そう」
住民たちから目を逸らさず、平静な声でそう告げた。
「行くぞ」
発症者たちを抱えて去ってゆく『兄弟』の背中を、ヴェロニカはじっと見つめていた。
(私じゃあない)
――分かってしまった。
奈落でワルプルギスの幹部が暴走し、今は住人たちが正気を失くした、その理由。
(瘴気を放っているのは、私じゃなくてシグルドだったのね……?)








