第21話:悪女、修羅場に巻き込まれる
シグルド、またキタ――――!
久しぶりの来訪だ。
前回同様にお茶を出しつつ、ヴェロニカはシグルドの様子をうかがっていた。
(さてさて、今日は私服シグ! シンプルなのに仕立てが良すぎて優勝です! ……てゆうか腕まくりした二の腕よ。古傷多すぎ! いったいどれだけの修羅場をくぐり抜ければこんなことに? 情報量が多すぎる! その全身が芸術品!)
そして、ふと思った。
(……ところで、何のご用かしら)
シグルドは今日も仏頂面で、何を考えているのか読めない。
用向きを尋ねようとしたそのとき、
『きゃん! きゃんきゃんきゃんきゃん!!』
屋根裏部屋から、けたたましい犬の吠え声が響いた。
「まったく、モルスったら」
やたらとシグルドを噛もうとするから、さっき檻の中に入れた。
屋根裏部屋にいるのに、階下まで鳴き声が響いてくる。
「どうして今日はこんなに騒がしいのかしら」
ヴェロニカは風の魔術の呪文を唱えた。
屋根裏に通じる階段に空気の壁を作り、即興の防音処理を施してみる。『きゃんきゃん』という声が、気にならない程度になった。
「わたくしの犬がお騒がせいたしました」
「…………」
優美に微笑みかけてみても、シグルドは口をつぐんだままだ。何を思っているのか、やはりさっぱり分からない。
ヴェロニカは、静かにシグルドを見つめ返した。
(……この前のダルタニアンみたいに、組員の暴走の件で私の責めに来たのかしら)
だとしたら誤解だが、何をどう説明すれば納得してもらえるだろうか? などと考えていた矢先――。
「単刀直入に言う。悪魔を従わせる方法を教えてくれ」
シグルドが、切り出してきた。
「……え?」
「身に宿る悪魔に支配されず、自らを保つ手段を。お前は知っているんだろう」
「悪魔……? いいえ、前にお伝えした通り、わたくしは――」
「茶番はもういい」
シグルドはヴェロニカの腕を掴んだ。
「……っ。シグルド様?」
ぎりり、と強く握られて、ヴェロニカは思わず顔をしかめた。
「お前の知ることをすべて話せ。悪魔との契約について」
ヴェロニカは、息を呑んだ。
シグルドの声は地を這うように低い。
虚偽も沈黙も許さない、真実を告げなければ命はない、そう言わんばかりの威圧感――まさにマフィアの貫禄だ。
だがヴェロニカが押し黙ったのは、恐怖ゆえではなかった。
(……どうしたの。シグルド)
その精悍な面立ちには、一切の焦りも苛立ちも滲んでいない。……だが、それでもヴェロニカは、言葉にできない違和感を覚えた。
そう。
どことなく、違う。
(今日のシグルド。なんか余裕ない)
ヴェロニカにとって、シグルドは尊い推しカプ兄弟の片方だ。なにか困っているのなら、全力で手を差し伸べたい。
「落ち着いてくださいまし、シグルド様」
握られた腕をそっと解こうとするが、シグルドは力を緩めようとしない。
「まずは、その手をお放しくださいな」
シグルドの瞳の奥に、苛立ちの色が差した。
「そう言って、お前は煙に巻こうとするのだろう。この前もそうだ。のらりくらりと躱して、追及を逃れようとする。もう付き合っている暇はない」
「あっ」
ぐい。と腕を引かれた。
視界がぐるんと回る。
――気づけば、仰向けでソファに押し倒されていた。
左右の手首をひとまとめに掴まれて、シグルドに組み伏せられている。
「シグルド様?」
「証拠を暴けば白状するか?」
その大きな手が、ヴェロニカの襟元へと伸びる。
「お前も、胸元にあの痣を持っているだろう」
ヴェロニカは身をよじった。
「おやめくださ――」
しかし、その手は止まらない。
「悪魔との契約の証を!」
襟元のリボンを解かれ、白い素肌が露わになる。
シグルドは目を剥いた。
ヴェロニカの胸元に、契約の痣がなかったからだ。
「……な、ぜ」
掠れた声を絞り出すシグルドを、ヴェロニカはまっすぐに見上げた。
(うわぁ、びっくりした! どうしたのシグルド、本当におかしいよ?)
という心の声は、唇から出たその瞬間に悪役令嬢として相応しいものに変換されていた。
「……ずいぶんなご無体ですこと」
落ち着き払った声で、ヴェロニカは続けた。
「わたくしは、悪魔と契約などしておりません。これでご納得いただけましたね?」
「……………………」
シグルドは明らかに狼狽していた。
――そのとき。
「………………兄貴」
扉のほうで、声が聞こえた。
そこにいたのは、ダルタニアンだ。
表情の失せた顔で、ソファの上でもつれ合うシグルドとヴェロニカを見つめていた。








