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【完結】推し活悪役令嬢は悲劇の原作シナリオを駆逐する~尊い兄弟のためなら、街ごと救ってしまいましょう  作者: 越智屋ノマ@コミック2巻発売『氷の侯爵令嬢は魔狼騎士に甘やかに…
4章:わたくしの推しが詰んでいる

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第20話:奈落候の悪夢

――守らなければならない。腕の中の、この命だけは絶対に。



奈落候シグルド・ドゥは、しばしば同じ悪夢を見る。

10年前に起こった、あの日の悲劇をそのままに。

夢だと理解しているのに、自分では決して目覚めることができない――()と契約を結ぶ、あの瞬間までは。


   *


燃え落ちる城。剣戟と悲鳴。

シグルドは走った。

王も王妃も、すでに討たれた。

シグルドの腕の中で気を失っているのは、返り血に染まる幼い王太子。齢5つにも満たない彼だけが、我が国に遺された最後の希望だ。

走る。

ただ走る。


『いたぞ! あの子どもを殺せ!!』


――殺させるものか。

絶対に守らなければ。


書庫へ逃げ込んだが、時間稼ぎに過ぎない。

逃げなければ。

生かさなければ。

歯を食いしばって思考をまとめようとしていた、そのとき。


ばさり、と。一冊の本が落ちてきた。


『……悪魔、召喚?』



禁術指定の魔導書か?

なぜこんなところに――。考える暇はない。

『……力をくれ。このお方を守る力を、俺に』



魔導書の中の魔法陣を、シグルドは必死に描いた。傷口から溢れる血が、インクの代わりだ。

記されていた呪文を唱える。瞬間、魔法陣から黒い光柱が噴き上がる。


やがて光は消え失せて、魔法陣の中央に現れたのは――首のない騎士。

首の代わりに、黒い炎がゆらりゆらりと燃えている。



シグルドは、息を呑んだ。

首なしの悪魔は一言も発さず、甲冑の右手をこちらに差し出してきた。

契約を。

と、誘われているのが分かった。



――この命など、くれてやる!


シグルドは、迷わず悪魔の手を取った。





   ***


「――――っ、ぁ……!」


呻きを上げて、シグルドは目覚めた。

ここは奈落(アビス)の最奥部、ワルプルギスの『王』の寝室だ。


心臓がドッ、ドクリ、と不規則な早鐘を打ち鳴らす。今にも破裂しそうだった。

この異変は悪魔と契約をして以来、何度も経験していた。

だがそれにしても、ここ数日はあまりにも多い。

全身がひどく重く、息をするにも苦労する――それでも周囲の者には決して気取られぬよう振る舞ってきたが。


……いよいよ、無視できなくなってきた。


「3か月は、もたないかもしれんな」

組織の長を引退すると告げたのは、つい先日のことである。3か月程度の猶予はあると思っていたのだが……。


「なあ、悪魔。俺の命は、そろそろ終わりか?」


胸に手を当てて問いかけても、悪魔は何も答えない。

契約を交わしたあの日から一度も姿を見せず、意志の疎通も叶わなかった。


そもそも悪魔との契約とは、そういうものだと思っていた。

尋常ならざる力を手に入れる代償に、いつか悪魔に殺されるのだと。

それでかまわないと思っていた。

――《《あの女》》を見るまでは。



「ヴェロニカは悪魔を従わせていた。なぜ、そんなことができる?」


悪魔と会話し、下僕扱いしていたヴェロニカ。彼女のように、自分も悪魔を御せないだろうか。

……本当はもっと早く教えを乞うべきだった。

組織の引継ぎを優先して、「3か月もある」と高をくくってしまった。

だが、もはや一刻の猶予もないようだ。



「もし生き長らえる道があるなら。たとえ浅ましくても、俺はそれにすがりたい」


自分の命は惜しくない。

だが、許されるならまだ生きたい――あの方はまだ若いのだ。すべての過去を知りながら、守れる者が必要だ。



シグルドは、クローゼットから私服を取り出した。私用で外に出るときは、マフィアの軍装ではなく私服を着用することにしている。


寝衣を脱いだ。

胸や腹には、無数の傷跡。そして左の胸元に刻まれているのは、異質な痣。

薔薇の花弁に似た痣は、この数日で急に赤黒く変色し始めた――まるで、命の終わりを予告するかのように。


「鍵を握るのはあの女――ヴェロニカ・ベルトラン」


   ***


奈落から出たシグルドは、ヴェロニカの住まう俗界(マンダン)へ向かった。動悸がひどく身体も重いが、まったく顔には出さない。


だが目的地にほど近い区画に足を踏み入れるや、シグルドは微かに首をかしげた。

(……なんだ、この違和感は)


何かが違う。

だが、何が――?

やがてシグルドは気が付いた。ヴェロニカの住み家に近くなるほどに、町内がきれいに片づいている。


つい先日まで、ゴミや壊れた壁材が打ち捨てられていたはずなのに。なぜか今では、塵ひとつない。


それに子どもが走り回ったり、老人たちが雑談をしたりしている。

(……人通りも増えたな。閑散とした区画だったはずだが)

ふと見やれば、住人たちが街路に野草を植えていた。別の者はゴミを拾い、また別の者は掃き掃除をしている。

こんな光景を見るのは初めてだった。


――そのとき。


『きゃんきゃんきゃんきゃん!!!』

向こうから、けたたましい鳴き声が聞こえてきた。


(なんだ、あの毛玉は)

ちっぽけな黒い獣が、吠えながら猛スピードで近付いてくる。


『ぐるるるる! きゃん!!』

あと数メートルの距離に迫ると、毛玉は猛然とジャンプした。

なかなかの跳躍力だ。

空中で、それはカパッと口を開けた。小さな牙を剥き、シグルドに噛みつこうとしている。


噛まれる寸前、シグルドはその首根っこを摘まんだ。

『きゃう――!!?』

「犬か」

『ぐるるるるぅぅ!!!』




そのとき、聞き覚えのある女の声が響いた。

「お待ちなさい、モルス!」


通りの向こうから、ヴェロニカが近づいてくる。その手には、ペット用と思しき引き綱が握られていた。

(犬の散歩でもするつもりだったのか)

どうやら首輪をつけ損ねて、犬に逃げられたらしい。



「あら、シグルド様ではありませんか」

シグルドの目の前に来て、悠然とカーテシーをしてみせるヴェロニカ。

すると周囲の住民たちが一斉に集まり、緊張の面持ちで頭を垂れた。


「魔女様!」

「魔女様、おはようございます!」

まるで領主にひれ伏す民のように、緊張感がみなぎっている。

一方のヴェロニカは煩わしげに見やると、「面倒な挨拶は結構よ」と素っ気なく言い放った。


「……お前。街の連中に『魔女様』と呼ばせているのか」

「この者たちが勝手に呼び始めたのですわ。実は先日、このあたりで人攫いが起こりまして」


「それで?」

「潰しました。お使いを頼んだ子たちも攫われたので」

今日の献立でも話すような口調で、ヴェロニカは言ってのける。


「それを見ていた者たちが、勝手に集まり出したのです。べつにわたくし、面倒を見る気はございませんのよ」


シグルドは閉口した。

(掃除も花も、魔女のご機嫌取りということか。……相変わらず、理解の及ばない女だ)


頭の中がまるで読めない。

だが――。


(俺は、この女に賭ける)


自分が生き延びる術を知る者がいるとすれば、きっとヴェロニカしかいない。



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